第四章・夢③
ちょっとえぐい描写(?)あり
――そして静寂する茶の間。この場にいるのは拓海と亮だけとなった。
「………お前は、出て行かないのか?」
ふと、その場で体育座りして塞ぎこむ拓海は亮に問う。そして亮はそれに失笑して返した。
「バーカ、自分の創喚者を置いてどっかいけるわけないだろ? せっかくこうして顕現出来たっていうのにさ」
「あぁ、そうか。騎士にとって、創喚者はもう一つの命だったな……」
なら、例え気に入らなくても傍で守らなきゃいけないわな。俺のせいで満喫出来ないまま終わるのだろうけど。
考えれば考えるほど、拓海は卑屈な感情ばかりが募らせていく。自分の中にある良心が、自分が創喚者となってしまった亮を思って痛み、更なる悪循環を生みだしている。
そんな拓海を見かねた亮はため息を吐くと、頭を掻きながら言った。
「……アンタ、ヒーローになりたかったんだって?」
驚愕した。思考が途切れた。顔を上げざるを得なかった。
なぜ知っている? その事で頭がいっぱいとなった拓海はじっと亮を目で問い詰めるも、答えを至極単純なものだった。
「赤羽真里華から聞いた。流石に怖いからって、吹っ飛んだ所を見て気絶するなんておかしいだろ? その事を尋ねてみたら、それを聞かされた」
まぁ、疑問に思うのも当然か。
「その先は、聞かされなかったけど、それが原因の一端なんだろ?」
「……まぁ、大体合っている」
拓海があの日あの時、ヒーローに憧れなければ、きっとこんな思いをしなくても済んだのかもしれない。
亮の目が聞かせてほしそうにしている。煩わしいから、とっとと話してしまおう。
「――俺が、小さい時。公園で遊んでいたら大きな犬に襲われてさ。その時、周りにいた大人たちは飛び火を来るのを恐れて助けてくれなくて、でも諦めず助けを呼んでたら、偶然通りかかった人が助けてくれたんだ」
その人は、大型犬を追い払えるのか心配なほど細くて。でも、それでも拓海を助けようと必死になってくれていた。
「それで、ボロボロになりながら俺を助けてくれたその人が、凄くカッコよく見えてさ。特撮ヒーローよりも、アニメの主人公よりも。だから、その人が誰なのか、どういった人なのか聞きたかった。で、聞いたその時の答えが」
「ヒーローだと?」
「そう。ちなみにその人は真里華のお兄さんでもある」
それに関しては、小さいながら拓海も、その人も驚いた。お互い初対面なのに、実は会おうと思えばいつでも会える距離に家があったなんて。
「その前から真里華とは遊ぶ仲だったけど、それ以降は家族ぐるみで仲良くなってさ」
あの事が起きるまで、二つの家族は笑いが絶えなかった。
「俺もその人を真似るように《ヒーロー》に憧れて、弱きものを助けるみんなのヒーローになろうとした。そのおかげか、その公園にいた子供たちのリーダーをやる羽目になってたよ」
「……今では想像もできないな」
全くだ。自分でもそう思える。
「でも、その時はそれが当たり前で、そんな日々がずっと続くと思ってた」
けど、いつも現実と言うものは残酷だった。
***
拓海と真里華が、小学三年の頃。真里華の兄が大学生の時だった。
その時、何処か疲れた様子の真里華兄は、気晴らしにと拓海を連れて外に出ていた。
最近のあの人は、疲れている顔ばかりしていたから、誘われなくても拓海から無理にでも連れ出していたと思う。
外に出た二人はいろんな事をして遊んだ。
公園でキャッチボールしたり、ゲーセンで格闘ゲームしたり、とにかく楽しんだ。
そして、一通り遊んだあとの帰り道。歩道用信号機が青になる。勿論、車道の信号は赤に染まっている。
右見て、左見て。そしてもう一度右を見てを律儀にやる拓海を見て、ようやく笑った真里華兄が、渡ろうと一歩二歩踏み出したその時。
――一台のワゴン車が信号を無視し、彼を巻き込んで通過した。
『―――えっ?』
何が起きたのか分からなかった。呆然とした。鼓膜に響くのは悲鳴と、何かが軋み折れる音。
見たら駄目だ、駄目だ、駄目だ駄目だ駄目だっ!
そう心が叫ぶ。しかし首は道路ど真ん中の方へと向いた。そこには、
『―――――』
赤が広がっていた。
周辺に散らばっているのも赤。未だに広がり続けるも赤。その中心には、見慣れた、しかし無残な姿となった青年。
青年だったモノ以外何も見えない、聞こえない。
ただ拓海はゆっくりと近付き、その顔を見る。
目は開き切って、頭からは熱い熱い赤が流れる。恐怖やら何やら入り混じった顔。
最近は曇っていたけど、いつも笑顔だった顔は、見たことがない表情をしていた。
触れる。
温い。人の温度じゃない。しかも少しずつ、確実に冷たくなってるみたい。
左腕を持ち上げてみた。普通は曲がらない方向に曲がった。見た感じ、右腕と両脚も同じだ。
その時、無音だったこの空間に、掠れた声が響く。その声の主は、最期の言葉を紡いだ。
『―――だ――か―――たす――――」
――誰か、助けて。
その瞬間、気付いてしまった。
今ここに、助けを求める人がいるのに、助けられなかった自分は――
もう、ヒーローを名乗れないんだって。




