第三章・戦闘⑦
「何を笑って――」
「きっかり、三〇分」
「は? 何を言って………」
(待て。オレはその時何をしていた? 何を使った? ――何に、成った?)
そうだ、明と戦っていた。魔力を使い切っていた。――エルフに、成っていた。
それが何を意味するのか。変異化のタイムリミットに関係がある。
変異のタイムリミットとは、魔力の回復を意味し、回復までの時間は丁度一時間。本来なら、まだ半分しか過ぎていない。
しかし、それは本来ならばの話。今の亮にはネックレス型の古代武具《クロノスの首飾り》、その量産物がある。
この古代武具の効果は、自分の身体的能力のみに関する時間の限定操作。簡単に言えば、三十秒間だけ思考速度の加速したりできるものだ。
人々からすれば大したことのないと思われがちの古代武具だが、亮にとってはお宝も同然……なのだが、そこはレプリカ。デメリットというか制限がある。
それは現在の持ち主が死ぬまで、最初に定義したこと以外には使えないという事。
亮で言うなら、『魔力などの力全ての回復時間短縮』と定義した以外の用途には使用不可という事。
そしてその効果で、亮の力の回復時間は半分になった。
その効果は確かに仕事上として最高の仕事道具だ。だが、今この状況で致命的なものとなった。
なぜかは、もう分かるだろう。
「不味――⁉」
その時、魔力の回復が終了。亮の身体が、巻き戻っていくように、人間の肉体へ戻っていく。
同じように、エルフ化の恩恵たる反射神経と身体能力は徐々に消え失せていき、迫り来る死に今頃気付いたかのように恐怖する。
(こんなところで消えてたまるか!)
覚束ない脚を動かし、二人から遠ざかろとするが、既にそれは遅く――
チェーンソーは亮の脇腹を貫き、肉を抉り、骨を削った。
「ガッ――アァァアアアアアアアア⁉」
血が舞い、想像を絶する痛みが亮を絶叫させた。
貫かれた部分はまるで燃え上がったように熱く、ぽっかりとなくなった感触は不快感を催す。
それは致命傷にもなり得る一撃。それでも、
「むー、動かないでヨ。せっかく楽に消してあげようとしたのニ」
「そ、う、かい……悪い、ねぇ」
亮はまだ、生きていた。
咄嗟に動いたのが、功を奏したらしい。急所から外れて消滅に至らなかったようだ。
(だが、危機的状況にあるのは変わりない……)
少し距離は置けても簡単に詰められ、背後を取られてしまう相手。
彼女がピエロのように前振りが長いのが幸いだが、いつ仕掛けてくるか全く見当がつかない。
(考えろ……この状況を打開するにはどうすればいい? どうすればオレはまだ現実にいられる?)
選択肢はある。
一に、拓海を起こして従騎士を創喚してもらう。
二に、火事場の馬鹿力を発揮してこの場をくぐり抜ける。
三に、手はない、現実は非情である。
(って、どれもこれも賭けに等しいし、最後に至っては諦めてるじゃねぇか!)
しかし、もうそれくらいしか手がないのが現状。大怪我を負った時点で殆ど詰んでいるくらいなのだ。
出来る限りの希望を持って出た案を元に、考えて、考えつくしたその時。
突如、鉛玉の雨が降り注いだ。
『はっ?』
唖然。
それがここにいる一同が、初めて一致した感情だった。
ミラーナの、ローラの、明の頬に掠り、一筋の血が流れた途端に一斉に動き始める。
明は未来の前に立ち、銃槍を回して傘とし。
ミラーナはローラと創喚者の手を掴んで、安全地帯まで転移する。
そんな中、亮や来華達の場所には降ることはなく、ジッとその場に動かずにいた。
「……再生」
天使の力たる輝力の術を用いて、なくなった脇腹の肉だけでも再生させつつ、疑問を浮かべる。
どういうことだ、と。
一応、来華やその創喚者の方を見てみても、何も言わずただ首を振るのみ。
(では、一体――)
「お楽しみのところ、失礼するわ」
前方上より、女の声。
静かで、しかし張りのある凛とした声は、全員の視線をしっかりと掴む。
その先の木の上にいるのは、やはり女性。
二〇代前後だろうか? 長い茶髪をポニーテールで結び、緑に染まるその瞳は、亮達を射抜くように鋭く、白のノースリーブジャケットと、黒いシャツ。それからチェックのミニスカートに身を包み、その場で佇んでいる。
「私は大森美月、緑の騎士。……単刀直入に言わせてもらうわ」
手に持つは、黒のサブマシンガンと白のハンドガンの二色の双銃。
形状としてはベレッタM12とベレッタM92に似ているが、全く違う二挺。
静かに前置く彼女、美月はその銃口をこちらに――正確には明とミラーナに向け、
「貴方達、此処で消えたくなければ戦闘を中止し、立ち去りなさい」
引き金に指を掛けながら告げた。
(このような乱戦の最中に。しかも疲労が溜まりに溜まっている時にまた乱入されるとは、案外気の早い人間多いらしい)
それはそれとして。もしもこのまま戦っても一、二組殺れる自信は、明にはある。
だけど、その後には莫大な疲労が蓄積される。その隙を突かれて乱入者にやられては目も当てられない。
……選択肢はないようだ。
「……チッ、今日のところは帰るぞ」
「仕方ないネ。でも、次は逃がさないかラ」
――どうやら、助かったらしい。
まさか別の活路が舞い込んでくるとは思わなかった。あえて言うなら、
「第四のルート。第三者ならぬ、第四者の登場で結果的に助かる、かな?」
渋々未来を連れてどこかに跳んでいった明と、ピエロ面を崩さず、創喚者とローラの手を掴んで転移していったミラーナを見届けた亮は呟きながら脱力し、
「ごめんなさい、ちょっといいかしら」
「あん?」
「――そこの貴女と、寝ているそこの男が赤羽真里華と紫苑拓海で良いのよね?」
……それでもまだ休めないのは、創作とはいえ主人公だからなのかねぇ。
「はぁ………」
座り込もうとした自分を抑え込むと、跳び寄り聞いてくる美月を見ながら嘆息し、頷くのだった。