第三章・戦闘⑥
「お察しの通リ! キミ達にとって余計なおまけが青いのと一緒に登場ー‼」
いない理由に気付いたその時、一人の少女が明の腕を掴みながら現れた。
(なんだ、今のは――⁉)
今のは、速いなんてものじゃない。速すぎて見えなかったというレベルでもない。
あれはまるで、何の予兆もなく突然目の前に現れたような……
「――キャハッ!」
「ッ⁉」
鳴り響く轟音で我に返ると、白いロリータ服を着た少女が血を浴びて乾いたようなマゼンタ色の腰まで伸びた髪を靡かせつつ、唸りを上げるチェーンソーを亮に向かって捧げるかのように振り上げていた。
無数の刃を歯車のように回るそれは、血に飢えた化け物のようで、今にも死という名のプレゼントを捧げようと震えている。
「というわけで消ーえテッ」
愛らしい笑顔を浮かべながら、まるで虫でも潰すようにその巨大な人刈機を打ち下ろした――!
(普通なら、間に合わない)
これだけの至近距離に加え、重いチェーンソーを持っているとは思えない程の振り下ろす速度。
どう足掻いたところで、ただの人間にこれを凌ぐ術はない。
(だけど、それはただの人間であればの話)
強靭な身体能力と、反射神経を持つエルフであれば別だ!
「フッ――!」
迫りくる回転刃を前に亮はしゃがみ、足を払う。
「はぇ?」
キョトンとした表情のまま、前のめりに倒れてくる。手にあるものは、手放そうとしない。
ならば、と亮はカリバーンを前に防ぎ、空いている手で胸倉を掴む。
「う、くぅ……お、オオオオォォォォ――!」
ガリガリと削られる音と散り続ける火花に耐えながら、そのまま力いっぱいに誰もいない方向へ投げ飛ばした!
「あーレー」と飛んでいく少女から目をそらし、ある一点の方向目掛けて走り出す。
その先にあるのは――勿論、カラドボルグ。
「させるかってンだよ、ふっ――」
「飛ぶのは貴方だ」
「⁉︎ チッ!」
明は照準を亮に合わせようとした刹那、迅雷の如し速さで来華は彼の懐に潜り込んだ。
流石にここで撃った瞬間、致命傷を受けるのは避けたい。
仕方なく断念した明は、元の青色になっている槍の柄で風穴を開けようとする細剣を防ぎ、そのまま鍔迫り合いが始まる。
「邪魔すんな!」
「そういうわけにもいかない。なんせ、私達は敵同士だ」
「清々しい程の模範解答をどうも!」
「それ以外にないしね……っと、目標達成か」
「なに――⁉︎」
明が亮の方を向けば、カラドボルグの柄を掴んでいる後だった。
既に熱は冷めている。今は無機質な冷たさを宿しているのみ。
「弾丸、装填!」
笑みを浮かべ、引き抜けば即座に呪文を口ずさむ。すると耳に馴染む装填音が鳴り渡り……
「全自動、発射‼︎」
蜂の巣にしようと、弾幕の引き金が引かれた!
無数の弾丸が高速で迫りくる中、その危機的状況に少女は笑みを浮かべる。
「どこ見てるノー?キャヒヒ!」
「ッ⁉」
すれば一瞬にして元いた場所から消え、亮の真後ろに現れた。
驚いて生じた隙を見逃すことなく、少女は握るチェーンソーを一振り。
「くっ⁉」
だがそこは亮。エルフ持ち前の反射神経で直撃する寸前に跳躍。軍服が少し破れるが、傷一つなく回避した。
「……そういうことか」
安堵しながら、彼女の不可解な移動法を理解した。
なんてこともない、騎士ならば持っていてもおかしくない能力。
(姿が見えない創喚者か、この騎士か。どっちが能力を発動しているかまでは分からないけど)
これは、一言でいえば瞬間移動。つまり。
「……転移能力とは、また反則的だな。見たところクールタイムもないし、余計にそう思うぜ。自分でもそう思わないか? お嬢ちゃん」
「うーン、まぁ思わないこともないけド、そもそも騎士って存在自体が反則だと思うんダ。現実世界では特にネ」
「ごもっともな意見だ」
「あっ、それとワタシはお嬢ちゃんなんて名前じゃないヨ。ワタシにはミラーナっていう素敵な名前があるんだかラ」
そう少し怒った口調で訂正する少女――ミラーナの表情は、それでも笑顔。
まるでピエロのような笑みを浮かべ、亮は何処かうすら寒いものを感じる。
「それは失礼した、ミラーナ嬢。して、君の創喚者はどこにいるんだ?」
「ワタシの真後ろに、透明化して居るけド」
「……聞いてみただけだったんだが、まさか本当に教えてくれるとはな」
「別に構わないもン。だって……今から消える人に言ったって別に問題ないかラ」
ミラーナの後方。何もない所から、茶髪のサイドテールで純粋な黒い瞳。青いネクタイと白いブレザー、黒いスカートを着用した少女が現れ、手にある紫のグリモワールからなぞらず。
「選択っ」
可愛らしい声で宣言しながら一つトン、とタッチし、指先に浮かび上がった一コマを目前に浮かせる。
(あれは、漫画タイプか)
一つ一つ選択していかなけばならない小説タイプとは違い、やろうと思えば一コマから騎士、従騎士、武具、能力、技能を一気に選択できるタイプ。
しかし慣れていないと、文字だけで書く小説とは違い、漫画と言うのは描き続けるのは難しい。
それだけでなく、小説タイプと同じようにしっかりとした描写が必要。
さらに絵の質も関わるという鬼畜設定故、あまり漫画タイプは有利ではないと、情報として記録しているが……
(あの強さからして、その条件を難なく突破したってことだろう)
創作であろうと現実であろうと、前例と言うものは当てにならないものだ。
「え~っと、じゃあまずぅ……従騎士・創喚っ! 《ローラ・オブライエン》‼︎」
それを改めて実感していた時、茶髪の少女は呪文を紡ぎ、コマは魔法陣に移行する。
今からでも阻止したいが、どうやってもミラーナが邪魔をして創喚を防げないだろう。
(ならば、創喚後に攻撃の余地もなく斬ればいいだけだ!)
そう自然と剣に力を入り、その魔法陣の向こう側に剣先を向ける。
「!」
その時、魔法陣から我先にと手が飛び出してきた。思わず踏み込もうとした足を抑える。
まだだ、耐えろと頭に命じていると、ミラーナは笑みを深くしその手を掴み、
――ゴスロリを来たツインテールの小さき少女、ローラを連れ、ミラーナは亮の懐に転移した。
「なに⁉︎」
この少女、まさか魔法陣から出ていた手の……⁉︎
「すまない」
「くっ⁉」
隙を突かれ、持ち手が二つある剣をローラは振るうが、未だエルフのままである亮は間一髪受け止める。
安堵しつつも、拭えない違和感が三つ。
一つ、なぜあの剣の柄は二つあるのか。
二つ、なぜローラは斬りかかる寸前に謝罪したのか。
三つ、なぜ、その虹彩異色の眼は――
(なんでそんなにも希望に満ちた色をしながら、血の臭いが濃いんだよ⁉)
「ボク達の正義の為に、消えてくれ」
「ッ⁉」
その一言と、二方向から向けられる殺気と刃に戦慄する。
一方は現在進行形で止めているローラ。もう一人は? ――そう、ピエロを被る女ジェイソン。
「キャハァ!」
振りかざすはミラーナの得物。血を求めんと人刈り機は、豪々と吠えながら迫る!
「チッ」
舌打ちを一つ。しかしその表情には余裕があった。
いくら別の方向から、二つ目の攻撃が来ようとも、それを亮は既にその光景を見飽きている。
「ほんの少し手を加えただけの、殆どさっきと変わらない戦法。そんなの馬鹿だってできる!」
その程度でこのエルフ化した亮を捕まえる事など、万が一にもあり得はしない――!
「……キヒヒッ」
だというのに、ミラーナはピエロ笑みでそんな亮を嘲笑った。




