第三章・戦闘⑤
『なっ――――』
心地よい少女の声と共に、突如二つの刃の間に、何かが投げ込まれたのだ。
亮はこれに見覚えがあった。
確かこれは人間の国……劇中でもあったもの。
別名パイナップルと呼ばれるそれはグレネード、手榴弾。
つまり、小型爆弾だった。
「くっそ!」
「チッ!」
正しく理解した二人は武器を引き、急いで後退しようとするが既に遅く。
手榴弾はガワを破り、火薬の塊を撒き散らした。
「グッ⁉︎」
「――ッ⁉︎」
亮は気で、明は魔力で。
各自いつも使う力を用いて身を包み守るが、咄嗟の即興品ではすぐに壊れ、爆風によって吹き飛んでしまい、受け身を取れないまま地面に背中を打つ。
まぁ、爆発そのものを防げたのは幸いだろう。防げなかったら、もしかすれば今亮達はここにいなかったかもしれない。
「いっ! ててて………」
そう思い、背中に何かゾッとするものを感じながら立ち上がった亮は、明ではなく先ほど爆発した現地に目線を合わせる。
爆風によって体の節々に火傷を負ったがそこは騎士。大したことないし、すぐに治る。
それより。
(いつの間にかあの中心に立っている人物は誰か……というより、味方か敵なのか、だな)
――何時あそこに立ったのか。爆発現場には人影が一つ。
手榴弾の、というより、土が舞って起こった砂煙によって人相は見えないが、そこには確かに人がいた。
亮と明を出し抜く程のスピードであそこに立てるものは、騎士以外にはいない。
騎士、だと確信した亮は思わずカリバーンを握る手に力が入る。
なんせあの騎士は十中八九、亮達の間に手榴弾を投げ込んだ人物。
であれば、亮側でも明側でもない第三者――敵という事になる。
マズいな、と一人愚痴る。
明だけでも手一杯なのに、他の騎士まで現れるとなるとますます手に負えなくなる。
(せめて、カラドボルグを回収したいところだけど……)
そんな暇はないか。亮は諦めて防戦一手で凌ぐことに決め、構える。
「チッ、アイツが来る前に黒いのを仕留めたかったのに…………」
そこでふと、明が呟いた。
その額には血以外に汗を滲ませ、表情は一層険しくなる。
「寺本明、知り合いか?」
「まぁ、知り合いと言えば知り合いだな……さぁ、喜べ黒の騎士」
「えっ?」
キョトンと惚ける亮を尻目に、明は銃槍の先を人影に向け――
「奴は、テメェの味方だ、ァラアッ!」
言いながら、その人影目掛けて砲弾を解き放った!
「属性強化、風…………創喚者!」
「技能発動、速度上昇――!」
着弾する様をジッと目視しながら、明は自身の創喚者に声を掛け、強化の重ね掛け……それもスピードバフを二重で強化する。
そしていつの間にか刃が真っ赤に染まっていた銃槍を振りかぶりながら、一瞬の内に砂煙の場にたどり着き、振り下ろす――
「残念、もうそこに私はいないんだ」
「――⁉」
が、そこにはその人影の主はおらず、その人物……声からして彼女は明の真後ろにいた。
先の明は確かに速かった。疾風になっていた、と言っても差し支えないだろう。
だが、今回は相手が悪かった。
――なんせ彼女は、まるで雷になっていたとしか言いようがなかったのだから。
「クソッ――!」
流れのまま、何やら左手に身に着けた小盾らしきものを明に押し付けようとするも、その前に二度三度疾風の如き速度で、後方に向かって跳び距離を取った。
「当たらなかったか……まあ良い。良い感じにアプローチにはなったみたいだし」
そう言いながら、彼女は手に持つ細剣を軽く振り、
「さて、騎士のお二人さん。この最初の催しに、私達も混ぜてくれる?」
そう言う彼女の姿は、可憐かつ優雅だった。
後ろ結びの金色に輝く長い髪。それを彩るように、ルビー色に輝く瞳。
そこにそっと添えるように、ピンク色の唇は笑みを浮かべ、それらは整った美しいその顔に更なる魅力を与えている。
着ているものが黒スーツではなく、純白のドレスかなにかであれば、正しく聖女と呼ばれていたに違いない。
「………………」
右手に持つ刀身が細い片手剣のようにも思える細剣と、先の十字を描いた銀の小盾は、その妄想が一層膨らませ、そんな彼女を見た亮はボーっと見惚れてしまっている。
「出来れば、お帰り願いたいモンなんだが――」
「それは無理」
「だよなァ……全く、来てほしくなかったぜ」
「白の騎士として、来ないはずがないでしょ」
「白の……?」
それって我が創喚者の幼なじみの……?
「来華!」
その時、ふと拓海を介抱する真里華が、予想通り自分の騎士だったらしい彼女の名を呼び、
「あぁ、創喚者。ゴメン、遅れた――」
「貴女何やってるのよ!」
そして大きな声で怒鳴りだした。
「……へっ?」
理由の分からない少女――来華はキョトンとした顔で真里華を見つめる。
「さっき貴女が手榴弾投げて怪我した白いジャケットを着た騎士、その人味方なの! 自分の創喚者を守るついでとはいえ私も守ってくれてたのよ!」
それを聞いた来華はぎこちなく亮の方に振り向くと、「それ、ホント?」と聞いてくる。
その問いに素直に頷くと、来華は勢いよく頭を下げた。
「ホンッッットーにゴメンなさい! まさか味方だったなんて……」
「い、いやぁ、逆の立場なら同じ事しただろうし良いよ。ほら、頭上げて」
そう言って笑うと、若干申し訳なさげだが頭を上げると少し微笑んで「ありがとう」と感謝の意を伝える。
「そういえば自己紹介してなかったね。私は神崎来華。我が創喚者、赤羽真里華に付き従う白の騎士だよ。よろしくね」
「オレは相坂亮。あそこで寝ている創喚者、紫苑拓海の黒の騎士だ。こちらこそよろしく」
そうして握手し、お互いを正しく認識すると、当面の問題に目を向ける。
「色々と気になる事はあるけど、とりあえず今は」
「この場を切り抜けないとな……で、だ」
そう言い合いながら背中を合わせ、周りを見渡しながらさっきからずっと気になっていた事を口にする。
「寺本明はどこに行った……?」
そう、この場にいた筈のもう一人の騎士。明の所在だ。
亮と来華が話していた……いや、正確には真里華が来華を怒鳴った辺りから姿が見えなくなっていたのだ。
――創喚者である、未来を置いて。
「逃げた……?」
「ああ言った輩が、尻尾を巻いて逃げると思うか?」
「……ないね」
第一に、自身のもう一つの命と言って差し支えない者を置いて逃げる馬鹿な騎士がいる訳がない。
絶対に何処かにいるはずだ。
(創喚者を残したのも、罠にかける餌の可能性もあるし、迂闊に手を出すのは危険か……)
「……まさか」
下手に動けなくなってしまった二人の内、来華がふと呟いた。
「なんだ、どうした」
「ごめん、相坂さん。いうのすっかり忘れてたんだけど」
「?」
「実は、私ここ来る前に他の騎士と遭遇してて……」
――まさか⁉




