第三章・戦闘④
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「ガッ⁉」
黒の創喚者・紫苑拓海によって創喚された騎士・相坂亮は青の騎士・寺本明の大槍――正確には銃槍だったそれの砲撃を受け、少し距離があったはずの真後ろにある木の壁にまで吹き飛んでいた。
背中を壁に強打した亮は、地面に転がり込みながら悶絶する。
「ウッ、グゥ………」
痛みに悶え、耐え忍びながら立ち上がろうと奮闘しつつ、亮はドジッたと悔やむ。
先ほど能力を使われ、砲撃を受けたのは紛れもない自分が油断していたからだ。
やってないと思いながら、それなりにダメージを与えているだろうと、慢心した結果。
(それがこの有り様、か。我ながら笑えてくるぜ)
あの野郎が見てたらなんて言ってたろうな、と自身の宿敵。倒すべき男を思い出しながら、立ち上がり、身体の調子を確認する。
(まだ所々痛むが、骨は折れてない。動いても違和感はないし、まだ戦える)
よし! と意気込みながら、吹き飛ばされながらも離さないでいたカリバーンを片手に明を見据えると――、
明は既に亮の目の前にいて、銃槍を振り下ろす態勢にあった。
「―――⁉」
背筋が凍るようなその光景に声のない悲鳴を上げながら、咄嗟に横に跳び込み、間一髪のところ回避。
無事回避できたという安堵と共に、迫っていた死を実感したせいか、亮の身体から冷たい汗が噴き出し始めている。
「チッ、そのまま気付かずにやられてくれればよかったものを……」
「はは……悪いね、そう簡単に脱落するわけにはいかねぇんだ」
「そう言ったって、オレがこのまま逃がしたりしねェ事も分かってンだ、ろッ!」
「そりゃ、ねッ!」
(さて、どうする……?)
額にも滲みだす汗を拭う暇もなく、明の振り回す銃槍を片手のカリバーンで逸らし、逸らし、逸らし続けながら、一切の余裕のない亮は思考をフル回転させる。
誤算続きで調子を乱され、カラドボルグは地面に刺さったまま。
仕方ないとはいえ、自身の創喚者と違って扱いに覚えが見得る明の創喚者がいるのも気掛かりだ。
(これをどうにか打破するにはまず、我が創喚者に少しでも扱いに慣れてもらって、青の創喚者を妨害……は、できないかもしれないから、せめて技能でオレの強化を――)
そう結論付けながら振り下ろされた銃槍をカリバーンで防ぎ、その場でせめぎ合っていたその時、
「拓海⁉ どうしたの拓海! しっかりして‼」
その場で白の創喚者、赤羽真里華の悲鳴にも似た声が一面に響き渡った。
声に反応した亮と明、そして未来はその方向に顔を向ける。
「最悪だ……」
そこには拓海がぐったりと倒れ、真里華がそんな彼を抱えて涙目ながらに呼ぶ光景があった。
もうマズいなんて言うものじゃない。詰みも詰み。絶望的な状況となってしまった。
「おめでとう、相坂亮。テメェはここで果てる事になるようだ」
「くっ………」
ニヤニヤと笑みを浮かべて言う明の言葉に、亮は歯ぎしりしながら、返答代わりに剣で銃槍を押し上げる。
「おっ?」
僅かな間であるが無防備となった明に、瞬時に行った自身の身に宿る力の一つ《龍血》の身体強化によって鉄柱のように硬くなったキックで、明の身体を蹴り飛ばす!
「ガッ、ァァァア――⁉」
大したことないと高を括っていたのか、抗うことなく喰らい後方へと吹き飛ばされた明。そんな彼に更なる追撃に喰らわすべく追い疾走する。
(確かに、絶望的。勝つどころか失格にならずにこの場から去る事すら不可能に等しいさ。でもな、だからと言って、そのまま諦めて敗北を大人しく受け入れる程、オレは人間として出来ていない!)
策なんてない。いくら考えても思いつきやしない。
だが、いくつか突破口を開けるであろう裏技が、必殺とも言える手はある。
個人的にはあまり使いたくないモノだが、こんな状況ではそうも言ってなれない。
「武装強化、炎」
亮は決意と共にもはや残りカスしかない魔力を全て使い切り、手にあるカリバーンを強化。
薄っすらと色を塗ったように炎を纏わせる。
薄っすらとはいえ、炎を纏わせているにも関わらず熱を感じない。
しかし炎によって、近くの木が焦げている事から、別に幻影でない事が見受けられる。
そうしてカリバーンが炎に包まれたと同時に、魔力が一滴残らずなくなると、
「………ッ」
――突如、亮の身体に変化が訪れた。
肌は青白く、髪は肩にかかるくらいまで伸び出し、さらに耳が少し長く、尖るのを最後に変化は終わる。
その姿は、ファンタジーに良く登場する《エルフ》のようだ。
この変化こそが、亮が特異者としての本質。
突然変異体質だ。
この体質が表れる条件は単純、気以外の何か一つの力を使い切ればいい。
そうすれば、使い切った力を持つ本来の種族の肉体的特徴が一時的に現れるようになっている。要はオーバーロードだ。
なぜこんな体質を持ってしまったのか。
それはまだ、恐らく創喚者たる拓海しか分からない。
だが、一応純粋な人間である亮としては、こんな人間とも他の種族とも言えない化け物のようなもの、ない方がよかった。
「こういうことがなければの話だけど――ねッ!」
だが傭兵としては最高の仕事技能だった。
現に今、一時的にエルフとなったおかげでさらに疾くなる事ができ、明が態勢を整える前に、地面に降りてくる前に追いつく事ができたのだから。
そうして追いついた亮はカリバーンを逆手に持ち替えながら、目標がいる方向に勢いよく跳び込む。
そしてその勢いのまま、未だ空に浮く明の胴目掛けて聖剣を突き立てる。
「ッ! させッかよォ‼」
「⁉」
――寸前、明はその状態のまま身体を捻り、貫こうと迫る剣を間一髪避けながら地面に手を付いて、前転しながら着地。
そのまま距離を置かれてしまった。
「チッ……失敗か」
すんなりといかないとは思ってはいたが、悔しいものだ。
「あっぶねェ……もう少しでやられる所だった。これは、訂正しないといけねェな」
汗を腕で拭いながら立ち上がり、真っ直ぐに亮を見る明に最早、笑みは浮かんでいない。
「嘗めて掛かって悪かったな、相坂亮。テメェを弱者だと見下していた。――だが、もう安心しろ」
変わりに浮かぶのは闘気にも似た殺気。
それを真正面からぶつけられて察した亮は、冷や汗を流しながら聖剣を手離さないよう、強く握る。
「ここからは一人の戦士として、全力を持って、テメェを叩き潰してやる‼︎」
その言葉を合図に、二人は地面を蹴り、槍と剣が再び交わる!
「楽しそうなところ申し訳ないけど、邪魔するよ」
――事は、なかった。