第一章・創喚①
「―――み、――くみ、拓海!」
身体を揺らされながら、名前を呼ばれた拓海は、強制的に意識が浮上させられた。
未だ襲い掛かる眠気を我慢しながら、いつものように眼鏡を掛け、開かれたカーテンから差し込む光に目を細めつつ、揺らすその人を見上げる。
そこで眼に映ったのは、長く伸びた艶やかで細い黒髪の少女。
その髪は陽射しが乱反射したせいか粒子舞うように錯覚させ、更なる美しさを際立たせる。
少しむっとした表情を魅せるその顔は、それでも尚端麗で、小さくとも分かるその真珠の如く綺麗な黒い眼はより一層輝く。
彼女の身体を包み込むのは黒いブレザーと白いスカート。
その上に添えるように着るエプロンは、バランス良く成長した肢体に家庭的だからこその魅力を与え、少なからず晒されている肌は、いつものように艶々と彩を放っている。
「………はよ、真里華」
「おはよう、拓海。さぁ早く起き上がって、仕度しなさい」
そんな彼女の名前は赤羽真里華。
拓海の幼少期からの幼なじみで、今この家に長い間いない両親の代わりに世話を焼いてくれている少女だ。
そのおかげで制服姿の彼女に起こされると、今日も朝が来たのだと実感するようになっている。
「んー」
真里華に身体を起こすよう催促されるが、今日も今日とて夜更かしをしていたから相当眠い。
いつも起こされる時間から予測するにまだ三時間ほどしか寝ていない。
もう少し寝かせてほしい、そう言おうにも口すら動かず、そのまま再び眠りに――
「って、なにまた寝ようとしてるのよ! ほら、起きなさい!」
就く寸前、再び寝息を立てようとした拓海に気付き、慌てて揺り起こそうと奮闘する。
しかしいつもなら優しく起こしてくれる彼女にしては心なしか、いつもより荒っぽい。
というより、気のせいかアニメとかに良く見るツンデレヒロインっぽさがあるような……
「もう! いい加減に、しなさーい!」
ぼやけた頭に疑問符を浮かべていると、しびれを切らした真里華に布団をはぎ取られる。
「あぁっ」
「全く、さっさと起きなさいって、何度、も………」
布団に対しての名残惜しさに声を上げている拓海に、怒鳴りつけようとした真里華は、何を見たのか徐々に声が小さくなってトマトみたく真っ赤になる。
どうしたのか、真里華の視線の先である真下を見る。
「………」
……いろんな意味で朝を実感しました。
「そ、それじゃあご飯の準備できてるから、学園行く仕度したら来なさいっ」
気を取り直して、起き上がった拓海を見届けると、真里華はそそくさと先に茶の間に行ってしまった。
さっきの恥ずかしいワンシーンを忘れるべく、物語を脳内で思い描きながら、細い故に少々ぶかぶかな制服に袖を通す。
着替え終わり、あらかじめ準備しておいた鞄を手に部屋から出る。
茶の間に向かう前に洗面所で顔を洗い、コンプレックスである顔を隠すように前髪を下して根暗セットが完了したら、ようやく茶の間へ。
そこで待っていたのはエプロンを脱いだ真里華と、良い匂いを香らせる朝食だ。
真里華の誘う手に応じるように、ソファーに腰かける彼女の横に座る。
目線を向けてみると、さっきの事は忘れたように平常で、何事もなかったようにさえ錯覚する。
(……ふむ、今日も良い脚。良き黒ストじゃ)
どうでもいいが拓海は脚フェチである。
「? 拓海、どうしたの?」
じーっと見ながら黒ストを穿いた真里華の脚に元気をもらっていると、真里華が怪訝そうに……いや、心配そうに見ている事に気付く。
ポンポン痛い? とでも言ってきそうな目だ。
これ以上黙ってこれ以上心配させるのもあれだし、理由もくだらないので、このくらいにしておこう。
「いや、別になんでもない。ほら、時間も時間だしさっさと食べよう」
気付いたらもう七時半だ。そろそろ急がないと危ない。
「それは拓海のせいでしょ! 全くっ」
「ははは……えっと。それじゃあ、いただきます」
「いただきます」
日本特有の礼をして、まず明らかに手作りの野菜炒めを一口。
「……うん、いつもの事ながら美味い」
「よし! ――じゃなくて、えと。と、当然よ! 私が作ったんだから」
なんでそこまでこだわろうとするのか知らないが、可愛いだけなので今は放っておく。
「ごちそうさま」
「おそまつさま。食器、台所に置いてくるから先玄関行ってて」
「あいよ」
それからそのまま綺麗さっぱり完食。
いつものように機嫌が良くなった真里華にほっこりしつつ、言われた通りに二人分の鞄を持って玄関に向かう。
真里華がやってきたら鞄を渡し、靴を履いて外に出る。
既にもぬけの殻だが、今日もいつもと同じこの一言で一日を始めよう。
「行ってきます」
今日は、何かありそうだ。