第三章・戦闘②
気付けば、行動は早かった。
真里華の言う準備。それは手持ちにあるもので一つしかない。
そう拓海は、自身の本にグリモアの種を挟む――
「――させねェよ」
「ぁっ――――」
寸前、彼は地面を蹴るとあっという間に拓海の懐に潜りこみながら、大きなその槍を振り抜こうと――
「それは、こっちの台詞でもあるぜ?」
「⁉︎」
する直後に、真っ白な剣が縫うように間に入り込み、槍の行く手を阻んでいた。
その場に鉄と鉄がぶつかり合う甲高い音が響く中、青い彼は舌打ちして後ろに跳んで退避すると、割り込んできた相手を睨む。
「まさかあの距離から追いつかれるとは……なかなか速い。敵ながらあっぱれだ、双剣士」
「そいつはどうも……でもオレはそんな大層なもんじゃない。ただのしがない傭兵だよ」
「ただの傭兵にしちゃァ、速すぎると思うがな?」
「ごもっとも」
尻もちをつき、下を向いていた拓海は、青い男と言葉を交わす声に聞き覚えがあった。
それもついさっき聞いた声。
さらに言えば、割り込んできたあの白い剣。
あれも……見たことはないが、知っている。この世で誰よりも知っている。
あれはカリバーン。知る人ぞ知る、アーサー王伝説に登場する伝説の武具の一つ。
アーサー王を王者と定めた、選定の剣が元ネタの剣。
あの白いカリバーンはアーティファクト。
古代武具であり、心無き意思が持ち主を選ぶ聖剣だ。
決して折れる事はなく、一切の穢れを知らず。
そして汚れを纏う事もない。文字通りの純白の剣。
生き物を斬っても、それは変わらず、血に染まった筈なのに染まってないように真っ白のまま。
人によっては、それは美しいと言い、人によっては狂ってると言うだろう。
そんな剣は、なぜ白いままなのか。
それは前の持ち主がそう願ったから。
『自分の手が穢れようとも、心が折れようとも、騎士の誇りたる剣は決して穢れないで欲しい、折れないでほしい』……と。
それ以外に聖剣らしいところは何もない。
ただ折れず、ただ穢れず。
何者を斬り捨てても、それは変わらない。
血に染まっても、なかったような白のまま。
――故に気高い。それが、この聖剣カリバーンなのだ。
なぜそんな聖剣などというものを拓海が知っているのか。
それはこの剣を生み出したのは拓海だから。
そしてその剣を持つ男など、彼は一人しか知らない。
「お前、なんで……」
拓海の前に立ち、作者を守る一人の傭兵。
相坂亮を見て、拓海は驚愕と困惑の表情を露わにする。
まだ本は分離させたままで、グリモワールに戻していない状態だというのに。
なぜこの男はこのまま現世にいる?
「なんでって……あぁ、そういやあのジジイ肝心な事話してなかったな」
亮は男から一切目を逸らすことなく、説明し始める。
「オレ達騎士は、アンタ達創喚者と同じように、撃破されれば失格という重要のユニットになっている。だが考えてほしい、そんな要となったものを出したり帰したりするのは、極めて不自然だと思わないか?」
「…………まぁ、確かに」
「だろ? で、だったらと奴等は考えた。なら騎士だけはずっと現世に留まらせて、祭りが終わるまで、もしくは失格になるまで顕現させておこう……ってな」
「……つまり?」
「祭りが閉幕するまで、オレ達と一緒に生活してもらうってこと。つーわけで、終わりまでよろしく頼むぜ」
「マジかよ……」
拓海は、彼の説明を受けてその場で項垂れた。
それを早く言えと。早く創喚しないと、と思って焦ったではないか。
「後、空き部屋の掃除もしなくちゃなぁ……」
帰ってからもやる事山積みで、少し億劫である。
「……もう良いか?」
それを考えてはぁ、とため息を吐いていると、目前にいる敵がそう尋ねてくる。
その声に驚いた拓海はハッと起き上がり、すぐさま本に種を挟み、一瞬の眩い光と共にグリモワールと至らせる。
「………分かんねぇな」
ふと、亮は呟く。
「何がだ、黒の騎士」
「アンタの行動が、だよ。さっき不意打ち気味に我が創喚者を狙ってきたっていうのに、今の攻撃のチャンスを無駄にしたり。それどころか、さっきの問いからして待っていたり。一体何がしたいんだ?」
確かに、亮の言う通りだ。
さっきの未来との会話から察するに、貪欲に勝利を狙っていくスタイルのように思える。
しかし、それならばさっきのチャンスを逃した意味が不明だ。
「……なんとなく、テメェらに興味を持った。じゃあ答えにならないか?」
疑問を受け、数秒黙り込んでいた青い騎士は二人の疑問にそう答えた。
それを口にしながら、構えを解き、自然な体制で二人を見据える。
「興味? たったそれだけ? もっと他に理由は――」
「いや、十分だ」
「――おい!」
「オレ達のような戦いの中にいつもいるような奴……特に傭兵みたいな奴はな、特定の人物に興味を持つのは極めて稀なんだよ。いつどっちが死ぬかもわからない。それどころか殺し合うかもしれない相手に情なんて移すわけにはいかないからな」
「それは…………」
それは、拓海が想像していた傭兵の在り方。
本当に互いに信頼する仲間くらいにしか情を移せず、そこまでの関係でない者に移せば死に関わるような世界に身を置く者達の常識。
それを想像しただけで実際には知りはしないだけの拓海は、それ以上強く言えなくなってしまい、
「……怒鳴ってすまん」
様々な感情から居た堪れなくなって、逆に拓海の方が謝っていた。
「別に謝る事ない。この考えは普通は理解できないだろうし、理解してもらおうとも思わない。そもそも理解できない方が良いものだしな、謝るのはこっちだよ。………んで、だ」
目線を逸らさず、しかし笑いながら許した亮は、そのままスッと目を細めて目の前の敵を睨む。
「なんで『チャンスを不意にしたのか』は聞いた。では、次に『アンタはどうしたいのか』を聞かせてくれよ」
そう言いながら、空いた右手は左腰に納められた剣に伸び、その柄をゆっくりと握る。
その問いを、そして亮の右手を見た彼も、解いていた構えを再び取りながら答える。
「名を聞きたい」
「名前を?」
「ああ。テメェらが考えてる通り、オレァ貪欲に勝ちを狙っていくスタイルだ。……それでも、紛いなりにも騎士。興味を持ったモンに礼儀を忘れるような事はしねェ。だからまず名を聞かせてもらいてェんだ」
――なるほど、この男。根は腐っていないようだ。
単に、創喚者の為に身体を張っているというだけなのだろう。
悪いイメージを抱いていた事を、心の中で謝罪しよう。そしてその少女の為に泥を被って突き進もうとする意志に感服する。
(この人のような意志力があれば、俺も―――)
……いや、それは一先ず置いておこう。
それよりも、だからこそ言わせてもらいたい事がある。騎士としての礼儀を持ちたいのであれば――
「「ま――」まずは、自分から名乗るってのが礼儀だぜ?」……」
(台詞取られた………)
しょぼーんと落ち込む拓海を他所に、言い返された男はきょとんとした顔をした後、吹き出すように笑って「それもそうだな」と姿勢を正す。
「オレの名は寺本明。青色の創喚書から創喚された、青の騎士だ。そしてこちらが――」
「青の創喚者、上野未来です」
そう青い騎士――明の後ろに立つ未来は、中心に空色の宝石を埋め込んだ青色のグリモワールを、背負っていたショルダーバッグから取り出して佇んでいる。
その緑の眼は、先ほどと違って冷静さを帯び、表情もなくなって機微が良く見えない。
「さて、改めて聞こうか、黒のお二人さん」
そんな二人を観察していると、明は槍で拓海達を差し、ニヤリと笑みを浮かべて再び問う。――今度こそ、彼に応えても良いだろう。
「では、改めて……オレは相坂亮。黒のグリモワールから創喚された黒の騎士。物語の中では傭兵をやっている。んで、こっちが――」
「えっと、黒の創喚者。紫苑拓海、です」
「相坂亮と紫苑拓海、ね。オーケー、オレの記憶に生涯残しておこう」
そう言って笑い、明は腰を落とし、
「じゃあオレも覚えておこうかな。寺本明と上野未来って名前を」
その笑みに、亮も笑顔で応えながら、右手に握る力を込め、
「おお、それはありがてェ……さて。んじゃァ、もう心残りもないし――」
地面を蹴り、
「さっきの続きを――」
そのまま黒い剣を振り抜き、
『始めるか―――‼』
――瞬く間にぶつかり合い、青い槍と黒と白の双つの剣と弾き合い始めていた。