第二章・開祭⑤
「――以上が、基本機能の主な設定じゃ。……して、そろそろグリモアの種の禁止事項の際に後回しにしていた事を説明するかの」
「グリモアの…………? あぁ、書き直しが可能だとか言ってた事の詳細か」
確かに、可能とは言ったがグリモアの種と分離する方法や、その他の部分をオーディンは話していなかった。
完結していれば大して必要でもない機能故、グリモワールの説明ページにも載らず、名前すら付いていない機能だ。が、拓海の本はまだ完結していなかった筈。
となれば、拓海はこれをしっかり聞いて覚えておくべきだろう。
(まぁ拓海自身、続きを書きたいだろうからそんな事言わなくても、重々承知してるだろうけどね)
それにこの分離する方法、そんなに難しい事ではなかったりする。
「では書き直しをする為の元に戻す方法じゃが……実践した方が早いじゃろうな。では、紫苑くん」
「なんだ?」
「一度グリモワールを閉じて、中央の宝石に触れながら『グリモア分離』と宣言してみよ」
その言葉を聞いた拓海は無言で自身のグリモワールを閉じ、中央の白い宝石に触れ――
「――グリモア、分離」
そっと呟いた途端、グリモワールと成った時ような眩い光がこの場を包みこんだ。
しかし、それは瞬間的なものだったようで、すぐにそれも収まる。
すると拓海の手元にグリモワールはなく、代わりに彼が持参していたクリアブックとグリモアの種が、拓海の前で浮かんでいた。
もう少し手順がいるもんだと思っていたのか、浮かんでいる二つを手に取りながら、拓海は驚きを隠せない。
「驚いてくれたようで何よりじゃが、ひとまずワシの話を聞いてくれんかのぉ」
「……分かった、聞こう」
頷く彼をみて、オーディンは「では――」と前置きし、間髪入れずに口を開く。
「やってもらった通り、それが君が書く本と種を分離させる方法じゃ。後はいつものように書けばいい。して、再びグリモワールに戻す方法じゃが……これについては説明する必要はない」
「つまり、さっきと同じようにこれ(本)にグリモアの種を挟めということか?」
「然り。ちなみに分かっていると思うが、グリモワールにしたその本以外を挟んでも反応はせんからな。たとえそれが自分が書いたものだとしても」
「そんなの言われなくてもわかっているよ」
そう言って心外そうに眉間にしわを寄せる拓海から、真里華はそっと目を逸らす。
(言ってくれないと分からない人もいるんですよ……そう、例えば私みたいにね)
だから懇切丁寧にここまで説明してくれるのだろう、と。
まるで「お前に言ってるんだぞ!」と言いたげな目線をビシビシ浴びせてくる老人から顔を背けながら思った。
「………まぁ、別に他の挟んでも反応しないだけで、別に失格になるわけじゃないから安心せい」
(本当に安心したわよ……)
初歩的なミスで失格とか、流石に笑えなかったから余計に。
「そりゃよかった、寝ぼけて別の本挟んでしまう可能性はあったからな」
「徹夜する気満々じゃな……。まぁ、それは個人の自由故構わんが、一つ忠告しよう」
ここでオーディンは咳払いを一つ。
「夢現武闘会に参加するからと言って物語の展開をいきなり変えたり、前後が滅茶苦茶な描写を入れたりしてはならんぞ。この祭りは作者の物語同士を競わせるもの。だから無理に強い能力を入れたり、路線を急に変えたりすれば逆にその物語の魅力がなくなる。それはつまり弱くなるのと道理故、今まで通り書くこと。――良いな?」
至極当然。しかし武闘会において一番重要な事を説明し切ったオーディンは、無意識に力んでいた身体をほぐすように一息吐く。
「そんな作家の風上にも置けない事なんて一切やるつもりなかったが……一応、肝に命じておこう」
そう頷く拓海を見たオーディンは満足気な顔をし、
「では、これにてルールなどの説明を終了とする」
なかなか長く続いた話は終わりを告げると、途端にオーディンは両手を空に向ける。
「改めて、今ここに全ての創喚者が出揃った事を宣言し、これをまた祝福しよう!」
――前置きはおしまい。その言葉に、拓海はそうオーディンに言われているような気がした。
今までの人生はただの前座。
これより始まるのは神という観客に見せる夢物語にして、拓海たち創喚者の新たな始まりなのだと。
「騒げ、踊れ、戦え! それを私たちは望んでいる! だから、宣言しよう――――!」
同じように神の喝采を境に、拓海は、真里華は、この場にいない全ての創喚者達は理解する。
「夢現武闘会の開祭を―――!」
長い、長い、神話のような祭りの始まりが、告げられた事を。