第二章・開祭③
――さて。
(心話の扱い方も、あらかた理解できた事だし……)
もうそろそろ本題に入っても良いだろう。
「なぁ真里華、そろそろ教えて欲しいんだが」
「えっ、なにを?」
「なにって夢現武闘会の事だよ。結局のところどんな祭りなのか聞いてないんだが」
分かっているのは、自分の書いた本の主人公達を戦わせる、という事くらい。
その以上の説明はまだ受けていないのだ。
(まぁ、それも俺が心話の方に視点を向けたせいでもあるのだけど)
「あぁ、それは―――」
「その先はワシが説明しよう」
彼女が説明しようと口を開こうとしたその時、オーディンが間に割って入ってくる。
それで興が削がれたのか、真里華は不機嫌そうに「……その方が手っ取り早いわね」と口を閉ざしてしまった。
「……てめぇ空気も読めないのな」
「元々説明する役割を担っているのはワシなのじゃ、ならばワシが説明するのが筋というもの」
「……で、本音は?」
「後はそれくらいしかやる事がないから、こうして張り切って説明しようとしていたのに、こんないたいけな老人を長い時間待たさせられたからの。少しお返しをと思ってな」
したかった説明ついでに、という事か。
趣味などで例えれば、この爺さんの言いたい事も理解できないわけではないが……
「ほとんど俺の騎士が時間食ってたのに、真里華に八つ当たりしてんじゃねぇよ」
本当にど突いてやろうか、と真剣に悩んでいる隙に「まあそんな事はどうでもよい」とオーディンは話を進めようと本題に切り替える。
「さて、それでは説明に入る前に一つ……紫苑拓海くん――いや、黒の創喚者よ。まずは感謝しよう、ワシの提案に応じてくれた事を。そして歓迎しよう、夢現武闘会の参加を」
「応じた、というより応じざるを得なかったのが正しいがな」
とりあえず歓迎されておこう。
「何を言う。応じず彼女を見捨てればそれで済んだのじゃぞ? それなのに――」
「俺の中に真里華を見捨てるという選択肢はない」
見捨てるくらいなら死んだ方がマシだ。
「……では、他の者が――言い方が悪いが人質だったらどうする?」
「言い方が悪いも何もその通りだったろうが。……相手による。そいつが親しい間柄だったら応じるな」
誰しも我が身が可愛いもの。しかしだからとて、身内を簡単に見捨てられるほど薄情な人間に成り下がったつもりはない。
「………そうか。その答えは、良くも悪くも正しく人間そのものじゃな」
「人間だからな」
結局何が言いたいのだろうか。
そう思うも、老人は「そうじゃな」と言って聞いた理由を答えず、そのまま話を終わらせてしまった。
なんとなく、聞いてもはぐらかされるような気がした拓海は追及するのをやめる。
――しかし、その底が見えない片眼は何かしら人間に対して思うところがあるということだけは、実に物語っていた。
「さて、ではそろそろ本当に説明に入るが、よろしいか?」
仕切り直しとして、改めて聞くオーディンの問いに一つ頷く。
「うむ、ではグリモワールの一ページを開いてみよ」
その言葉通りに開くと、目に飛び込んできたのは文字の羅列だった。読んでみると夢現武闘会のルールらしきものがつらつらと書かれている事が分かる。
「これなら、わざわざ説明しなくてもよかったんじゃあ……」
「読んだだけでは理解出来んという奴も前にいたのでな、ただの保険じゃ」
「なるほど」
「では、読みながらで構わんから、ワシの話を聞くんじゃぞ」
そうして説明し始めるオーディンの話を聴きながら、手にある黒本にある文字を読んでいく。
内容はこうだ――。
まずこの夢現武闘会は、オーディンを初めとする神々によって開催される、一人の創喚者とその騎士だけになるまで闘うバトルロワイアルだ。
勝ち残った者には願望石『黄金の果実』を与えられ、その力でなんでも願いを叶えることができる。
――そう、それは奇跡や今までの全てを覆す願いでもだ。
勝利条件は三つ。
一つは、創喚者の撃破。
一つは、騎士の撃破。
一つは、創喚書の破壊。
その三つのいずれかを果たし、ただの一組だけになるまで戦い続けるのが、この祭りの大まかな内容だ。
なお、この祭りに参加するには参加状となるものが必要となる。
それはもう言わなくても分かるだろう。
――そう、グリモワールだ。これがなければ参加する以前に戦う事など到底できない。
それを手にするにも条件がある。
まず、自分自身で書いた漫画、小説と言った文体での物語を、オリジナルで書いたものを持っている事。
その内容が例えバトルものでなくても、自己満足に書いたものでも良い。
勿論、プロ・アマチュアは問わないようだ。
次に、グリモワールを扱えるだけの適正なるものが多少でもあること。
適正が少しでもあれば、さきほど拓海がオーディンから授かった《グリモアの種》が適性がある者に反応して、その適正者の心や魂によって色が変わる。
「その色は決して被らないように仕組まれている。そして君のグリモワールは黒。故にお主は黒の創喚者ということになる」
これからお互いに知らない創喚者や騎士と出会った際、彼ら/彼女らからそう呼ばれるようになるということ。
(正直恥ずかしいけど、黒は俺を正確に表しているし……)
それにこれはルール上仕方ない事だ、我慢する他ないだろう。
「それから、自分が書いたものではない別の人が書いたオリジナルにグリモアの種を挟んだ場合、反応せずそれどころか色を失って参加資格を剥奪されるという事を忘れてはならんぞ。いつでも書き直しが可能なんじゃが、それをするためにまた分離させた時にもそれは適応されるのだからな」
普通そうだろう、と言いたいが説明するという事は以前そういう人がいたという事だろう。
ただ、説明書を読む限りでは、リレー小説と言った少しでも制作に関わったものなら大丈夫みたい。そこら辺の設定は甘いようだ。
次に規則なるものだが、これと言ったものはないらしい。
卑怯と思われる行為、取引、協力、同盟。
先のグリモワールの話以外でなら、何をしても失格などと言ったペナルティは課せられることはないので安心してください、と書いてあるが……
(逆に安心できねぇよ!)
確かにデメリットがないに等しいというのは、良心的なように思える。だが、それは自分だけでなく全創喚者がそうである、ということで帳消しにしている。
何故かは考えずとも分かるだろう。規則がない。
つまりなんでもありという事は、卑劣な罠だろうが裏切りだろうが人質を取ろうが、そして関係のない一般人を巻き込もうがどうもしないという事。
一言でまとめるなら――そう。だれも信用してはならないのだ。
これを聞いて安心しろ、というのも無理な話だ。
真里華に危害が加わる可能性がさらに高まるのだから。
「ふむ、これを聞いても赤羽くんは例外なんじゃな。少し驚いた」
「……どういう意味だよ?」
「いやなに、よほどお主は赤羽くんを好いてるのだな、と思っただけじゃよ」
「な、なに言って――⁉︎」