第二章・開祭②
その顔には、苦痛の色を滲ませた笑みが浮かばれている。はっきり言って自業自得だ。
しかし、ふむ。
「ォォ――っと、流石に、追い打ちは、勘弁だわ」
気がつくと左拳を彼に突き出しており、それを亮は悶えながら右手で抑えていた。
どうやら無意識に追撃していたらしい。一撃食らった後だから、第六感を研ぎ澄ませていたが故に防げたのだろう。
「チッ」
「舌打ちしよったコイツ⁉」
「元々はからかってきたお前が悪いんだろうが。だから俺は反省も後悔もしねぇ。強いて言うなら……高揚?」
「色んな意味で危ねぇなアンタ⁉︎」
「本日のお前が言うな会場は此処ですか?」
「いや、それ変化球なブーメランになってる事に気付けよ……」
と言いつつため息を吐き、拓海の手を離しながら立ち上がる。どうやら、痛みは引いたようだ。
「……もう面倒だからパパッと残り説明するけど、良いか?」
「良いぞー……隙はないかな………?」
この男、まだ諦めてないらしい。その諦めの悪さをもっと別の事に回せないものなのだろうか……?
「はぁ……じゃあ話の続きなんだが、まず付属機能として心話対象を変更する機能。さっきアンタにやってもらった事があるな?」
「おう」
「あれはウィスパー、パーティー、オープンの三つの内一つに変更出来てな。ウィスパーは特定の一人と、パーティーは特定の複数とリンクして心話出来るんだ」
「オープンは?」
「オープンは一〇〇メートル以内の創喚者、騎士全員に無差別にリンクさせて、誰かに構わず心の声を聴かせてしまうんだ。救いなのは、創喚者や騎士同士……つまり、心話が使える人同士でないとリンク出来ないって事だな」
つまり、ネットのチャットで言う、チャンネルのようなものだろう。
「いずれにせよ、オープンは使わない方が良さそうだな」
「今のところはな。いつか何かしらの使い道があるかもしれん」
「ふむ……なら、一応覚えておくか」
「そうしとけ。後は心話はオンオフが可能で、慣れないときは心話したい時は共鳴接続。心話をやめたい時は共鳴切断と宣言すれば良いって事を頭に入れておいてくれ。慣れたらイメージするだけで切り替え出来るようになるってこともな」
亮は一旦ここで切ると、「これで心話に関する説明は終わりだ」と言って一息吐く。
「後はそれを踏まえての実演だが……それはあそこで突っ立ってる嬢ちゃんにでも頼め。オレは説明し疲れた」
「えっ?」
急に仕事を放棄した亮は、怠そうに拓海の後ろを指差す。
その指に誘われるように振り向くと、そこには。
「……真里華」
拓海をここに連れてきた真里華がいた。
「………」
その視線を受けてか、彼女は少し気まずそうに目線を下げる。
……一応、確認しておこう。
「『対象、選択・赤羽真里華』」
〈…………真里華。その、聴こえて、いるのか………?〉
拓海は教えられた手順を踏み、真里華に向けて控えめに心の中で聞く。と――
「……『対象選択・紫苑拓海』」
〈……うん。聴こえてるよ、拓海〉
……脳内に直接、返事が帰ってきた。
感付いてはいた。こんな誰も来ないような場所にある本屋を知っている時点で、真里華も創喚者なのだろう、と。
そしてだからこそ、ここを教えるのを渋っていたのだろう。
オーディンの言う祭りの内容が、拓海の察する通りなら、確かに自分のトラウマを刺激するのに十分だろうから。
それでも教えたのは、拓海の夢を応援したいが為。
オーディンの勧誘を止めようとしたのは、拓海を苦しめたくないが為。
――そう、全ては拓海の為。
それを理解した彼は、真里華に強く言えなくなってしまう。感謝こそすれど、非難されるような事ではないのだから。
〈黙っててごめんね、拓海。でもこんな事、話しても信じてもらえないと思って……〉
――それは、建前だろうが。
長年一緒にいる拓海は、真里華の言うそれが本音ではないとすぐに見破る。
だが、それを指摘する勇気も、本音が聞きたいという勇気もなく。
〈………謝ることないって。確かにこんな話、当事者にならないと普通信じられないしな〉
と言って一旦区切ると、隠し事に気付いていながらも真っ直ぐ顔を向けて彼女を見据え、
「それに、こんな良さそうな本屋を教えてもらったんだ。逆に感謝しないと罰が当たるってもんよ」
――なんて、笑顔を見せながら心話ではなくその口で言った。
隠し事している事など知る由もない、などと嘯くように。
「そっか。よかった」
それに受け応えるためか、真里華も心話を使わずに微笑し、言葉を返す。
しかし、笑みを浮かべているにしてはその表情は暗い。
その理由は、きっと隠し事をしている事に対する後ろめたさからだろう。彼女はそういう人……ん?
(いや、待てよ? 俺、心話の共鳴接続したまんまだったような………)
そうだ、そうだったはずだ。
(となると、真里華があんな顔してるのは、俺が隠し事に気付いていてなおそれに乗っかってる思考を読み取ったから……?)
だとしたら、ヤバい!
そんな結論に至った途端、全身に嫌な汗が流れ出した。
それがもし合っていれば拓海が真里華の事をどう思っているのかも筒抜けになってしまう。せめてそれだけでも阻止しなければ。
(とは言ってもどうすれば…………いや、それよりも)
まずその仮説が合っているのかどうかを確かめてみなければ。
(頼むから間違っててくれ……!)
「なぁ、真里華。ちょっと――」
「あぁ、そういや言い忘れていたんだが」
隅の方でボーッと二人を眺めていた亮は、ふと拓海の言葉を遮り、
「っ……なんだよ! 今から大事な―――」
「心話は、心を読み合ってる訳じゃなくて、心という端末を使って会話してるだけだから、聞かれたくない事はシステムと無意識が取捨選択して聞かせないから安心しろー」
まるで今思い出したかのようにタイミング良く唐突に言い出した。
「………」
つまり、さっき考えていた内容は、心配しなくても聞かれていなかった。
ということで間違いないだろう。
それを理解した拓海は思わずその場で項垂れ、不思議そうな視線を送る真里華を見る。
「えっと、拓海? 呼び出した途端、項垂れてどうしたの?」
(……まぁ、聞こえてるわな)
亮の声が重なって聞こえなかった、という展開を期待していたのだが……そんな淡い思いは無残に打ち砕かれるのだった。まる。
とまぁ、こんな冗談はともかく。今は誤魔化すのが先決だ。
「あ、あぁ悪い。聞きたい事あったんだがなんて聞いていいのか迷っててな。いないから何か事情でもあるのかと思って」
「いないって………なにが?」
「お前の騎士、だっけ? 俺のあいつみたいな奴のこと」
「あーなるほど、そういうことだったのね。てっきりなにか隠し事しているのかと思った」
「あ、あはははは…………」
それはお互いさまだろ――と言いたいが、まぁ黙っておこう。自分から自滅するような真似はしたくない。
さて、これで誤魔化せただろうが、だからと言って誤魔化し切れたとは限らない。
なら、と。
拓海は警戒を怠らず咄嗟に聞いた質問の答えをしっかりと聞こうと、心の姿勢を正す。
「えっと、それで拓海が気になってる私の騎士なんだけど、今いないのは周辺の見回りをしてもらっているからなの」
「見回り?」
「うん、いつどこから他の敵対する創喚者が来るか分からないから」
「あー、さっきの話を聞く限りだと、確か今日からだっけ。開幕日は」
「厳密に言うと、参加期限は今日までって話。そして最後の一人が参加するのが何時なのか全員が把握出来る訳がない。だから、正確な開幕時間は明日……つまり、四月二日になった瞬間って事になるわね」
では何故見張りに付けたのだろうか……?
聞く前に、真里華は「でも、オーディンの話によるとね」と話し出す。
「毎回、欲まみれのせっかちな創喚者が一、二人いるらしくてね。四月になった瞬間に行動を始める人がいるらしいってとこまで言えば分かる?」
「あぁ、そういうことか……」
なるほど、そういうことなら納得だ。
「だから今はまだ私の騎士は紹介できないの。ごめんね?」
「いや、単純にふと気になっただけだから大丈夫。それと、わざわざ理由を説明してくれてありがとな」
薄く笑みを浮かべながら感謝の言葉を送ると、彼女は照れ臭そうに「どういたしましてっ」と笑って受け止めた。
それを区切りに話を終えると、拓海は肩の力を抜き、誤魔化し切れた事を実感する。
直前で亮が言ってくれなかったら、勘違いで気まずい雰囲気が二人の間に漂うことになっていただろう。
最悪、それを気に疎遠になる可能性も低くなかった。それを思うと、亮には感謝――するわけない。
「対象リセット、対象選択・相坂亮」
確かに助かった。助かったけど!
〈それをもっと早く言って欲しかったんだが⁉︎〉
そうすれば余計な心配をする必要もなかったのに!
〈何言ってんだ。言わせる気をなくさせたアンタが悪いんだろうが〉
〈うぐっ………〉
思った通り確信犯。
だが、それを言われると何も言えなくなってしまう。
というか自業自得だ。
こうなれば拓海が言うべきなのは糾弾の言葉ではなく、謝罪である。
〈……さっきは悪かった〉
それを素直に言えない拓海は、ぶっきらぼうに顔を背けながら言う。
そんな拓海に呆れつつ、まあ仕方ないと割り切った亮は〈……ん、今度から気をつけろよ〉と言って、彼を許した。
〈分かった、善処する〉
〈あいよ……それじゃ、接続切るなー〉
〈おう〉
「……共鳴切断」
寛大な亮に感謝しつつ、返事を返すと、拓海は彼に合わせるように心話の接続を切った。




