第一章・創喚⑩
そう言いながら、このいつの間にされたのか分からない拘束を、なんとかしようと身をよじろうとして――途端、体の縛りがなくなる。
「――うぉっ⁉︎」
急な出来事でバランスが取れず転んでしまうが、すぐに体勢を整え、真里華を庇うように前に立つ。
「……心配せんでも、赤羽君に手出しはせん。少しの間、力を使って黙っていて貰っただけじゃ」
「だけ、だと? ふざけやがって……」
「だけじゃよ。なんせワシがやろうと思えば、赤羽君を好きに出来るんじゃから」
「―――」
「……そんな顔せんでも、人間相手に性欲なぞ湧かんのでな。それだけは安心すると良い」
安心できるものか。真里華が危険な事に変わりない。不可解なことを仕出かす老人相手に何ができるか分からないが、それでもなにもやらないよりマシだ。
……しかし、あの口ぶりから察するに、
「……あんたは、本物のオーディンだとでも言うのかよ?」
「ほぉ、怒りに燃えながらもちゃんと此方の話を聞いていたのか、なら手早く済みそうじゃの」
老人――オーディンは、そう言って嬉しそうに笑うと、懐から何やら白い魔法陣が描かれた真っ黒のブックカバーを取り出す。
「少年の察したように、ワシは今で言う北欧神話に登場する神、オーディンじゃ。実は今ワシ主催の祭りをやろうとしている所での」
「それに、参加しろと?」
「その通り。そうすれば赤羽君を解放しよう」
「そうか……」
その言葉を聞けたなら、これ以上迷う必要はない。
真里華を助けられるなら、なんだろうと受け入れる。そう拓海は昔に誓ったのだ。
もし。もしその言葉が嘘だったなら――
「……分かった。参加する」
その時は、もう遠慮なくやるだけだ。
「よろしい、お主相手だと他のものより話が早くて助かるわい」
そう言いながら、先程取り出したブックカバーを拓海に差し出す。
「これは?」
「それは《グリモアの種》。まぁ、所謂祭りに参加する為のチケットみたいなものじゃ。それを、自分で一から書いた物語……小説だろうと漫画だろうと構わぬ。そこに挟むんじゃ。そうすれば参加完了となる」
「ふ~ん、変な仕様だな」
そう言いつつ、きっとこの爺は最初から自分が小説を――ラノベを書いている事を知っていたのだろうな、と考察しつつ、鞄から原稿がかっ詰められているクリアブックを取り出し、そして挟む。
その時。
「―――⁉」
クリアブックは、そのブックカバー――《グリモアの種》に挟まれながら光り輝き始めた。
いきなりの光景に絶句し、慌ててそれを離してしまうと、クリアブックはその場で浮き始める。
(な、なんなんだこれ……って、また身体が――)
言葉もない拓海は、ふとまたしても身動きが取れなくなっている事に気付く。
しかも自分の意思とは関係なしに動き始めるという、おまけ付きだ。
拓海の身体は、さらに輝きを増し、ついに見えなくなったクリアブックを徐に掴む。
するとその光は弾けるように消え、姿が露わになる。
しかしそこにはクリアブックも、グリモアの種もなく。あるのは一冊の黒い本だけ。
表紙にはグリモアの種にもあった魔法陣があるが、その中心にはなかったはずの白い宝石が埋め込まれている。
身体はその本を開き、パラパラと捲っていく。
すると拓海の頭の中で、何やら文字が刻まれ、脳内で勝手に読み上げられる。
――認証開始――
『本銘・トゥルーファクト・ウォー』
『種類・ファンタジー』
『創喚者・紫苑拓海』
『確認――完了。続行します』
『本質・五』
『色識別・黒』
『適性ランク・C』
『貴方を創喚者として正式に認定します。最後に、騎士を創喚してください』
つらつらと文字列があるが、何も説明されていない拓海にとって何が何なのかさっぱりだ。
しかし、そんな拓海を他所に、身体はまだ言うことを聞かない。
そして最後辺りまで捲ったページには、文字が物語となって綴られており――それは間違いなく、拓海が書いていたトゥルーファクト・ウォーだ。この本になっていたらしい。
しかし戻せるのか? という疑問にも誰も答えず、身体はある文字をなぞる。
それは、この作品の主人公の名だ。
「《選択》」
すると今度は口さえも勝手に動き、妙な事を口にし始める。
するとなぞった指先がぽぉ、と光り始めた。
「《騎士・創喚》」
目前で指を空を切ると、なぞった文字が光りながら浮かぶ。
そしてそれに手を翳すと、光る文字は魔法陣へと変わり、人一人通れそうな程巨大なものとなる。
そして――
「――《相坂、亮》――」
その名を、主人公の名を口にすると、魔法陣がナニカに呼応し、そこから誰かが姿を現しだした。
どこを向いても何もなく、ただ手から飛び出してきているのみ。
続くように、肩が、頭が、上半身がゆっくりと顕現していく。
その光景を見ていると、なぜか現実にナニカが侵食し始めているような錯覚を受ける。
しかし、どう思おうとそれは止められない。もはや賽は投げられた。
魔法陣から出てこようともがく彼は屈むようなモーションをしていて……。
そしてそのまま蹴り跳ぶように勢いよく飛び出し、その人物はこの本屋の壁を壊しながらスライディングでその勢いを止めていくが、最後に壁となっている木にぶつかって停止する事になった。
呆然とその有様を見ていると、魔法陣が消え、その瞬間に自由の身となる。
自分の意思で身体が動くという事への有り難みを感じながら、状況確認の為、煙のように立ち上る埃で、全く見えなくなった魔法陣から飛び出した人の元へと向かう。
「あのー……大丈夫、ですか?」
「いててて…………おぉ、大丈夫大丈夫。ピンピンしてるよ」
恐る恐る声を掛けてみると、すぐに返事が返ってくる事で、大事に至ってないと知り安堵する。
ホッと一息吐いていると、立ち上っていた埃は次第に落ち着いていき、飛び出した人物が姿を現し、
「………………はっ?」
――その姿を見た拓海は、思考が停止した。せざるを得なかった。
当然だ。何故なら彼はここにいる筈のない空想の人物だったのだから。
「ふぅ、創喚されて早々、アクシデントが起こるなんて予想だにしなかったぜ――っと、自己紹介忘れてたな」
それは拓海にとって小さな頃からの夢見た理想。
文字の中の世界で生きるその姿は、今も変わらず鮮明。
そんな常日頃思い浮かべる彼が目の前に。
「オレの名は、相坂亮」
紺色の髪に、青混じりの黒く鋭い瞳。
黒いシャツの上に階級章のある白いジャケットと、ダークカラーのジーンズ。
「アンタが書いていたトゥルーファクト・ウォーの主人公にして」
そして極め付けは、両腰に帯刀された二つの鞘と、そこに納められた二本の剣。
それは正しく――
「オレの創喚者であるアンタを守る、騎士であります」
拓海が想像した主人公、相坂亮そのものだった。
次は第二章です。




