第四章・命題①
――むかしむかし、あるところに。今となっては名も聞かない、二つの古い由緒正しい魔術師の家系がありました。
二つは、同じものを求める同志。盟友であり、秘密主義で門外不出の魔術師にしては珍しい同盟関係にありました。
それらが求めていたモノ。それは、〝ある場所〟へと至ること。
そこは万物が揺るぐことなく、あるがままであり続け、またそれらを昇華させる大きな一つの玉座。永久に平穏で、万物を知り得る事が出来るという、王が最期に辿り着く安住の地。
そこへ至る事こそが長い間探し求めている命題。魔術師のよくある一種の到達点。
故に王を選定し、また成長を促し、最高の王を生み出すことを生業としているのです。
そんなある日、二つの家系に一人ずつ。つまり、二人の子供が誕生しました。
二人はまるで妖精のように儚く可憐で、既に容姿・能力共に人の子とは思えないほどに〝完成〟されていました。
そんな二人が出会った時、無意識ながら確信したのです。
『わたしたちはきっと、出会う事を避けずに歩むことはなかっただろう』、と。
それからは、濁流のように濃密な時間は流れていきました。
たった十数年で、魔術師としても完成された二人は、予定よりも随分早く〝勘当〟され、王となれる逸材だと選定された者を導いていく事になります。
選ばれたのは、二人の内一人の、少し複雑な間柄であるが、弟にあたる少年です。
彼がその人であると分かると、二人は役割と二つに分ける事にしました。
一人は彼の側にいて助言や目的を明確にしたり、またはうやむやにしてあらゆる成長を促進させる、所謂お助けキャラ。
もう一人は弟に嫌われているという事で、ありとあらゆる手段を使って邪魔という試練を与え続ける、お邪魔キャラ。
その目論見はすぐに効果を発揮しました。
彼はみるみる内にその素質を開花させていき、王国の活気は増し、王としての風格を身に着けていきました。
――しかし、その成長は一旦止まる事となります。
その理由は、王の側にいた魔術師にありました。その人は、助言者として優秀過ぎたのです。
これではいけないと悟った魔術師は、あらかじめ根付けておいたイメージに合った方法で自身の死えお演じ、表舞台から姿を消します。
これもまた上手くいき、王はそれをバネに更なる成長を遂げます。
幾度となく困難を武勇伝に変え続けた事により、王は臣下に恵まれ、王国はさらに大きく育ちます。
王国は安泰。未来永劫、この国は栄え続ける。誰もがそう思って疑いませんでした。
――ですが、皮肉にもその臣下によって、それは終わりを告げます。
王妃と、側近騎士の一人による不祥事が、一人の側近騎士の手によって明らかになったのです。
すぐに逃亡されますが、ここまでは良くある話。
しかし、一つ崩れればバランスが保てずに崩壊するように、王国はみるみる内にバラバラになっていきました。
原因の一つが、試練を与え続けていた方の魔術師。騎士となっていたその子供の叛逆でした。むしろ、こういう事態を予測し、待っていたとみるべきでしょう。
この時も王は信頼する臣下と共に、その身を以って叛逆者を断罪し、勝利を収めました。
ですが、その頃には王国はみるも無残なものとなり、王も王たる資格を手放し、力尽きます。
最期は虚しいものでありましたが、それでも最高の王としてあれたようで、かの地への鍵が魔術師達に授けられ、倒れた王を導くことが出来たのです。
魔術師達も、その悲願を達する事が出来た、ということでもあります。少しもやもやするところもありましたが、結果が全て。ここまで来れたのなら、固執する理由はありません。
――ですが、そう思っていたのは、悪役を演じた魔術師だけだったようです。味方を途中までやっていた魔術師は、王を導くや否や、また元の地へと戻っていったのです。
かの地に残った魔術師は、いずれ諦めて戻ってくるだろうと、王と共に待ち続けました。
何日も、何月も、何年も、何世紀も…………。
そして、途方もなく永い時が流れ――――
***
「――そうして現代、再び地に降りた二人の魔術師は漸くここに相見えたのです」
この建物内に響くように聴こえるスミレの詩を聞きながら、最上階に上り、扉を開ける。
するとそこには、それなりに値が張りそうな机の上に座りながら、虚ろな目で何処かを視ているスミレの姿があった。
そう詩を締めくくったと同時に、スミレの目に意識が戻ってきて、楓の方へ向けると意外そうに少し目を丸くする。
「おやおや、騎士といった存在はともかく、盟友ともあろうものが、無関係の人間まで連れてくるとはね」
そう、楓の横にはサトルだけでなく、もう一組。時亜と美月の姿があった。
実は拓海の家に着いてすぐ、時亜は隠れて両親に『友達の家に泊まる』という嘘の連絡を入れており、自由に動ける口実を得ていたのだ。両親、というか拓海達以外からは真面目な優等生として通っているからこそである。
だからこうして必死にお願いして、楓に着いてきたのだが、理由もなく、魔術にすら関係ない時亜達を楓が連れてくるとは思わなかった。
「無関係、ではないんだよ。少なくとも、彼の事に関してはね」
そう口にしながら、楓はスミレの方。その向こうの椅子のあるところを視る。
時亜と美月からすれば何も見えないけれど、魔術師である楓、そしてその騎士として加護を得ているサトルには、その惨劇が視えていた。
「ホームズ先輩、もしかして、そこにあの野郎がいるの?」
「そうだよ。……でも、見ない方が良い。私のように慣れてないとまず耐えられない」
あの楓が眉をひそめて言うのだ、そうなのだろう。
創喚者の中で一番一般的な感性を持っているのは、時亜だ。今だって正直帰りたくてしょうがない。
「それでも、見なくちゃならないんだよ。ここで逃げ出したら、最初の時の兄貴のこと言えないからね」
でも、今はその時ではない。今までだって怯えて生きてきたのに、ここで逃げたら一生そのままだ。尊敬する彼だって前を向いたのだ、そろそろこっちも目を背けていられない。
楓の言葉から察するに、全て終わった後だとしても、拓海や真里華達に散々迷惑をかけたのだ。結末くらい見届けないと。
「……分かった。君の意思を尊重しよう。――〝閉幕〟」
決意は固いと理解した楓は、この社内全体を包み込んでいた固有結界を解除し、隠された現実が露になる。
「――――――」
――するとそこには、ここ社長室の椅子にぐったりと沈むように座らされている男の姿があった。
体のあらゆる部分が抉れ、血を流し、左胸や首に小さいながら穴がある。頭部に至ってはパッと見では、もう誰なのか判別出来なくなっている状態。
「うっ、ぇえ――――っ」
誰がどう見ても絶命している。そう理解した時亜は吐きそうに嗚咽を洩らしながら手のひらで覆って抑える。
これで時亜は怯えなくて済む。無理に男装しなくても良い。あぁ、嬉しいとも。
それにこの結末は自業自得。調子に乗ってやり過ぎた事に関してのツケを払った結果と言えば、それまでだ。でも、時亜もこんな悲惨な姿にしたいとは思っていない。
それは、楓も同じだった。
(確かに痛い目を負わせるつもりではいたけどね……)
だがそれは社長の座から引きずり下ろして以降最低限の職しか就けず、出世も出来ない程度に社会的地位を陥れるくらいだった。
(まぁ、彼にとっては死んだ方がマシだったのかもしれない。どちらにしても、なんとも言えない最期だね――吸値社長)
とはいえ、あの男は狡猾だった。息子や妻でさえ道具としか見ない程卑劣だった。それ故か優秀であり、無能だった。
そして、それでいて愚かだった。
(あの時。これからの報酬を倍にするという条件で、周りに自分の印象を良くしておく事、そしてメディアが最低限騒がないように配慮しろ、というくだらない事に私へ交渉してきたのは記憶に新しいね……まぁ、それを承諾した私も私か)
ともかく、どんな道を辿ったとしても、息子である櫂以上に業を重ねていたのだ、彼はロクな死に方をしなかっただろう。下手をすれば拓海が殺す未来もあったかもしれない。
だからこそ、拓海たちには黙っていたのだが。こんな奴の為に拓海に一線を越えさせることがなくて良かった、とひとまずは思っておこう。
――今は、そんな事を気にする時間はないのだから。




