第三章・歪み④
「さて」
それを見届けたと同時に拓海はベッドから降り、身体を解しだす。
その後、動きやすい服装に着替え、創喚書で念のためにハンドガンとナイフを創喚。ベルトに挟むように身に着け、不可視化させておく。
その状態から軽く動いてみて、調子を確認する。
「よし、問題ない」
やはり多少、重いのは変わりないが、あの男を排除する分には十分だ。
そう決断し、ドアノブを捻って部屋から出ようとする。
「……どこ行くつもり?」
「――真里華」
しかし、ドアを開いたその先に、俯く真里華がそこを遮るように立っていた。そこには付き添うように、険しい顔をした未来がいる。
来華ではないのか、と思ったが、すぐに見回りに行っているのだろうと思考から切り捨てる。
「……聞くまでもないだろ? 多分、聴いてたんだろうし」
「途中から、だけどね。少しくらいなら、って思ってたけど迂闊だったなぁ……」
なんとなく互いに気まずさを感じてか苦笑するが、真里華は俯いたままそこを退こうとしない。
確かに、それは当然の行為。だけど、彼女も分かっているはずだ。
「…………きっと、止めて無駄なのよね?」
「あぁ。そのままドアの前に立っているというなら、窓から。それでも駄目なら……」
どうしよう? 拓海としては真里華には絶対に手を上げたくない。今の拓海であれば、やろうと思えば傷を付けずに眠ってもらう事は出来るが――
「ちょっと待ってください!」
とりあえず、脅しを兼ねて拳を握ってみせると、釣られた未来が真里華の前に立ちはだかってくる。
「なんでそこまでして行こうとするんですか! まだ安静にしてなきゃいけないはずでしょう⁉ 拓海さんが無理をする必要はないじゃないですか!」
「確かに、ね。でも、自分勝手だとは思うけど、アイツは今すぐにでもやらなくちゃいけない。出来るなら、俺の手でアイツの暴挙を止めたいんだ」
唯一能力を持つ未来を含めた皆に任せれば、簡単に櫂を仕留める事が出来るだろう。
だが、万が一もあるし、何より拓海が残した錆のようなもの。ヒーローを目指す云々は関係なく、あの男は、必ず仕留めなければならない。
「それにあの口ぶりからしてご指名は俺だ。俺が以外は多分相手にされずに逃げられる。昼間のは俺が後ろにいたから、だろうな」
そうでなかったら興が乗ったか、自分の力を見せつける為とか、理由として考えられるのはそんなところだろう。
「それは……! そうかもしれませんし、その気持ちも分からないでもありませんけど、だからってそう無茶することないじゃないですか! 私達がいますから、後は任せて――」
「ありがとう、未来ちゃん。――でもごめん」
いつも無茶をする自分の事を想って、怒ってくれるのは、とても嬉しい。その言葉もごもっとも、と言わざるを得ない。
でも、
「それでも俺は止まらない。止まれないんだよ」
「っ…………!」
そう苦笑しながら、警告を兼ねて身体強化の球体を見せ、それに未来は動揺して一歩下がる。
そうすると道が開き、球体を消しながら、その先を進もうとして――
「だったら、私たちも着いていく、のはっ?」
――今度は真里華が、拓海の手を掴んで止めた。
その手に込められた力は強く、少し痛い。行かせたくない、という想いが手の震えによって伝わってきて、尚更に。
「……それこそ、絶対に駄目だ。お前をあいつの前に行かせるのだけは絶対に許さない」
それでも、拓海はその手をほどく他なかった。
「それは、吸値くんが私に執着してるから……?」
「そうだ、確かに今でこそ俺への殺意が勝っているんだろうが、その根底はお前なんだ。連れていけるわけがない」
それなら、真里華達の言うように安静にしている方がマシだ。
でもそれは櫂の唯能の被害者が増えることを意味する。拓海と会った事でさらに荒れているだろうから、今まで以上のペースで増えるはずだ。
奴が真里華を見つけ出すのも時間の問題。その上で待っているというのなら、その誘いに乗る他に選択肢が拓海にはないのだ。
――それにきっと、この後拓海は真里華が一番してほしくないことをする。それを真里華に見せたくない、嫌われたくないから。
「だから真里華は、此処で待っていてくれ。未来ちゃん達には、万が一の為に真里華を守っていてほしい」
どう言ったところで、もし力付くで止めようとしたところで止まらないと悟った未来は、歯を食い縛って頷く。
その様子に申し訳なく思いながら、そっと真里華の手をほどいていくと、途中で挟むような、押さえ込むような形でほどこうとする拓海の手を掴んできた。
「真里華――」
「分かってるっ。拓海がこういう時、誰よりも頑固なのは知ってるし、止めたくても止められないって、誰よりも私が知ってるわ。逆なら私も同じ事を言ってるし、行ってるって分かっちゃう」
その声は手のように震えながら、何かを押さえ込むかのようにほどく行為を覆った手で、強く握る。
「なにより私の剣はまだまだ未熟で、上達していたとしてもきっと躊躇って、かえって邪魔になる」
「……そんなに卑下しないでくれ」
「実際、そうでしょう?」
確かにそうかもしれない。だが未熟なのは拓海も同じだ。それにもう少しすれば簡単に真里華は拓海の練度を追い抜くだろう。
そもそも、勝率だって実は低い。
あれからどれだけ鍛えても、スイッチを切り替えても、明にあしらわれている時点でお察しだ。
(今まで俺がやってこれたのは、きっと躊躇いがなかったこと、創喚者という枠の中での意外性、そして《限界突破》があったから)
それも優しい真里華を守る為、と言えば聞こえは良い。だが実際は、怖くても、そうすることでしか拓海という男はいられないという欠陥そのもの。
仲介くんであった頃、目的のために楓と共に危ない橋を渡っていた事も、その表れだったのだろう。
「だから、今回のことは、もう止めない。――だけど、その変わり、一つだけ約束して」
拓海の事を知り尽くしている真里華も分かっているはずだ。
そしてだからこそ、拓海も言うしかない、真里華の次の言葉も分かっている。
「出来るだけ、出来るだけで良いからっ。怪我のないように、そして早く帰って来て…………っ!」
震える声から放たれたそれは、当たり前の……けれど拓海にとってとても難しく、酷な言葉で。
「――あぁ、分かってる。真里華を悲しませるような結果にはしない」
だというのに、平然とそんな事を言ってのける自分に嫌気が差した。
そんな自己嫌悪を表に出すことなく、真里華の手をほどき、彼女等の横を通りすぎていく。
一番後ろには、明が何も言わず陣取っていたが、構わずすり抜け、
「あの時にもう分かっちゃいたがな、それでも言わせてもらうぜ――現実に生きる人間の癖に、イカれてるよ、テメェ」
「………………行ってくる」
その時に呟かれたその言葉に拓海は何も返すことなく、今度こそ部屋から立ち去り、心話で亮を呼びながら家から出ていく。
――その先で待っていたのは、夏なのに凄く暑そうな黒の外套を羽織り、それらしい杖と帽子を身に付け、魔導書代わりに創喚書を脇に挟んでいる三笠だった。
彼女の目は、何か言いたげな目をしていて……。
「……そうか。そうだよな。うん、お前の言いたい事は分かる。だが今は――」
「分かっている。タクの言い分も同意できる部分〝は〟ある。だから後に取っておく」
「……すまん」
「その変わり――」
三笠はいつも通りの、なにを考えているのかわからない顔で提案してきて、拓海はそれに渋々頷くのだった。
 




