第二章・再来⑧
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残骸が舞い、視界はそれに遮られる。
目に見えているのは、砂煙となった灰と、淡く光る空間の罅。近くにあるその罅を見ると、その先から現実世界が剥き出しになっていて、うっすらと先ほどまでいた雑貨店の中が覗き見える。
まさに災害とも言えるべき一撃。ここが結界内でなければ、街一つくらい簡単に消し飛ぶだろうと思わされる。これが沙良の《草薙》同様、技能や能力の類いなどではなく、ただの技なのだから恐ろしい。
――だがなぜだろうか。拓海はそれだけを一撃が目の前で放たれたというのに、彼らが消し飛んだとは到底思えなかった。
「……これは」
ふと、災害の一撃を放った美月が呟く。その瞬間、突然この場を包み隠していた灰が一気に払われる。
すると今までいなかった筈の人物が、櫂と夜叉を守るように立っていた。
(あいつ…………ッ!)
「あの野郎ッ」
「何のつもりかな、魔術師?」
この場で面識のある拓海と亮、そして櫂の反応に、魔術師・スミレは胡散臭い笑みを浮かべていた。そんなスミレに、櫂は苛立ちを隠そうとせずに問いかける。
「助けてやったというに、とんだ言い草ではないか。今の一撃、まともに受けていたら終わっていたぞ?」
「……チッ」
スミレの直球な言葉を投げる。それに櫂はぐうの音も出ず、舌打ちを一つ。夜叉も苦笑して何も言えない。
その様はさっきと打って変わり、隙だらけ。今なら――
〈駄目〉
と、戦える者達は武器を握る手に力が入った時、三笠からストップがかかる。何故止めた? 全員の思考が一致する。
〈あの方相手に、誰も犠牲しないで無力化なんて出来る筈がない。しかも魔術師特有の、自分以外は劣等種だと言わんばかりの態度もなりを潜めてる。このまま戦闘しても被害は大きくなるだけで、こちらにメリットはない。ここはやり過ごすのが正解〉
〈……同感だが、その口調、まるであいつの真名が分かっているみたいじゃないか〉
〈なんとなくだけど。そういう貴方も分かっている。違う?〉
〈違わない〉
視界が時折歪むも、逆に落ち着きを取り戻している心を介して肯定する。当然だ、拓海は楓の真名も知っている。楓の知り合いであろう人物から絞り込む事は容易だ。
というかほぼ確信してはいるが、他の候補を考えても歴史上、少なくとも表立って関わりがあったという事は書かれてなかったはずだが、まぁそこはなんとでもなるので置いておく。
〈さっきから真名とか、魔術師とかどゆこと? もしかしてあの人も騎士なわけ?〉
〈違う、葵時亜。詳しい説明は省くけど、恐らくあの方は今ここに存在する者。私のモノとは少し違う、創喚書を使わずに異能――魔術を扱う事の出来る魔術師。かつ、神秘の中でも異端に位置するものに片足突っ込んでいる、何百年も前から生きてる歴史の生き証人〉
〈はぁ⁉〉
〈……オレ達が言うのもあれだけど、現実も存外ファンタジーだな〉
今更な話である。
「まぁ良いがね。それはそれとして、今回はここが潮時だ」
「何を言っているっ。まだぼく達はやれる、それにまだあの男が、紫苑拓海が――」
「今の状況下でその男がこの場で死ぬ可能性は皆無に等しい。それに、時期に盟友達が来る。余ならいざ知らず、汝に捌けるとは到底思えない。
……安心しろ。すぐにその機会を与えてやる」
「………その言葉、忘れないでおくよ」
そう言い合っている間、あちらも応酬を終え、三人は背を向け……「あぁ、そうだ」と、スミレは振り向く。
「同じく魔を導く者でありながら高めようとしない未熟者よ。我が盟友に一つ伝言を一つ頼まれてくれ」
「……なんでしょう」
「『君の憂いている事柄。その一つはこちらで勝手に処理した。後で確認すると良い』」
「……確かに記憶しました」
三笠が伝言を受け取ると満足げに頷き、瞬くと共に櫂・夜叉共々消える。同時に結界の罅が広がり割れ、現実へと帰ってきた。
戦いの空気は晴れ、じんわりと広がる安堵感は、全身の力を一気に抜いて――気付けば、崩れ落ちるように倒れていた。
騒めく喧騒と呼びかけてくる仲間達の声。そして誰かが一直線に駆け寄ってきているのが、辛うじて分かる。
だがそんなことよりも、櫂の去り際に拓海に見せたあの執着心に満ちた目が、脳裏に焼き付いていて……。
あれが本格的に真里華に向けられる前に。真里華が怖い思いをする前に。
(早々に摘まないと)
そんな事を思ったのを最後に、ぷつりと糸が切れたように意識は途切れた。




