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ティリアのひとりごと  前篇

本編とは別視点のお話になります。

リプエの視点では書けなかった裏話などよろしければ……。

 ……ドッ カアアアアアァン!!


 あらら。やっちゃったわね。


 大音響で響き渡る破壊音を耳にして、わたしは苦笑する。

 覚悟して身構えていたとはいえ、この衝撃はお腹にくるわね。

 しかもミシュアの館からわたしのとこまでは結構距離があるのよ。

 まったく、なんて破壊力なのかしら?

 やっぱり、皆に話を通しておいてよかったわ。





『噂とは違って、すごく優しくて美しい男神でした』


 これが、リプエに送られて園へ帰ってきたミシュアの第一声だった……。

 さすがに、運命の神だけあって、本質をついてるわね。

 『破壊の神』なんて不名誉な噂が先行してしまって、リプエとは初対面でも色眼鏡で見る神々も多いというのに……。


 代替わりしたリプエは、見た目だけなら先代のように猛々しいというよりは、ミシュアの言うように美しいと表現したほうが確かにあっている。



 今のリプエに初めて会うことになったときは、それは緊張しちゃったわ。

 先代のリプエのイメージが、まだわたしのなかに強烈に色濃く残っていたから。

 違う神格を持った神だとわかっていても、期待してしまっていた。

 彼にまた会えるのだと。


 だから……。

 ちょっと拍子抜けしてしまった。

 同時に、先代があんまりいろいろ問題が多かったから、当代をこんなふうに変えてしまったのだろうか? と本気で思った。


 そのくらい、面差しも体躯も、美しかった。

 長身で、いかにも戦神らしく筋骨隆々と言うほどでもなく、しなやかでバランスのよい筋肉のつきかたをしている。当時、彼がまだ若い神だからというのもあったろうけど……。

 共通しているのは、鮮やかな鳶色をした髪くらい。

 それでも、あの髪をみたとき、わたしの胸はときめいた。

 同時に引きちぎられるような悲しみと絶望にも襲われた。

 なぜって……。

 彼は、わたしを狂おしく見つめていた先代とは、瞳の色さえ違ってた。


 莫迦よね、わたし……。




 ひととおり話を聞いてミシュアをさがらせて、わたしは、ほうっと長い息をはいた。


 とうとう、その時がきたのだと、確信した。



 ミシュアの話で、驚いたことがいくつもある。


 ひとつは、やすやすとミシュアがリプエの張る結界の外にたどり着いていたこと。

 泉の守護者たるリプエは毎回泉に通じるポイントを変えていて、他の神々は、かくいうわたし自身も彼の結界がどこに張られているのか探すのに苦労していた。昼前に探し出せたらマシなほうだ。

 それを、ミシュアは朝のうちに見つけ出し、昼近くなっていたとはいえ、リプエに抱かれて彼の結界の中、リプエ神の守る泉の畔へ連れて行かれたという。



 次のひとつは、リプエが、ミシュアが泉に入るのを許したこと。

 泉にも結界を巡らしてあるから入ってはいけない、とわたしは先代から注意された。

 わたしは先代のときにしか泉の近くに行ったことはないけれど、守護者の務めを引き継いだリプエも当然そうしているはず。

 無謀な侵入者は泉に入るどころか、手痛いしっぺ返しをくらうだろう。

 ……本来であれば。

 それを――――。

 彼は結界を解いたのだ。ミシュアが飛び込む瞬間に。



 それにいくら子供っぽいところがあるとはいえ、普段のミシュアならいくらなんでもいきなり飛び込んだりなどしない。


『体が熱くてたまらなくなって、水面がきらきらととても綺麗に光ってて、気が付いたら飛び込んでました……』


 恥ずかしそうに告げるミシュアを、わたしは複雑な思いで見つめた。


 あろうことか、二人で水遊びをしてきたのだと無邪気にわらう。


 そして遊びが過ぎて……、溺れて意識を失っている間。

 はっきりとした記憶ではないので……

 と、ミシュアは言い淀んでいたけれど、そこは肝心なところだったので、わたしは無理やりに聞きだした。



 氷のように冷たくて動けなくて萎縮してしまってて、寒いとか怖いとかそうした感情も遠のいていったそのときに、突然熱くて激しいなにかが自分のなかに流れ込んできたのだと。


 上気して紅く色づいたかわいらしい唇を、白く細い指でふれてミシュアは語った。


 最初はとても熱くて、でもそのうちにあたたかなやさしいものに変わって、とても安心できて気持ちよくて……ずっとこのあたたかな熱に満たされてまどろんでいたい……。



 ……ミシュアにはそんな自覚もつもりも毛頭ないんだということはわかってはいるけれど。

 すごい――いたたまれない。ノロケを聞かされている気分だったわ。


 そのあとも、勝手に泉に入ったミシュアを咎めることもなく、リプエはずいぶんミシュアに親切だったらしい。

 子供を甘やかす保護者のような雰囲気もなきにしもあらずだけど、あのリプエがよ。信じられないわ!

 わたしもはじめは彼の見た目に騙されたけど、中身はもう、先代とたいして変わりないのよ、彼は!

 短気で、やることが大胆というか荒っぽくて、力の加減ができなくて……。



 頬杖をついて、わたしは酒杯を傾ける。

 『予知、予言の女神』の壮麗な居館の居間でくつろぎながら。



 リプエ神の、『一度目のキス』

 初めて出会って、まさか一気にそんなところまで進むなんて……。



 望んでいたことではなかったか?

 ほんの小さな子供だったあのこに、リプエの姿が重なるのを目にしたときから……。





 もうずっと昔に、神々の間で世界をゆるがす大きな戦いがあった。

 最初はささいな諍いからはじまった。

 すぐに収まるだろうと思われたのに、当事者の神々はそれぞれに有利に決着させようと画策し、いつの間にか半数以上の神々が巻き込まれる戦いに発展してしまった。

 それでもそれほど被害の拡大をみなかったのは、五柱の戦神達が中立を保っていたから。

 ところが窮地にたたされた陣営側に親友だった戦神が与したことで様相は一変した。

 戦神達のなかでも自他ともに最強と認める戦神の参戦で、最後は戦神同志で戦い合うという最悪の大戦になってしまった。



 戦況を拡大させる元凶となった戦神は三対一の死闘の果てにようやく倒されたあと、代替わりを許されず封印された。

 だが戦神同志の戦いの凄まじさを目の当たりにした神々の恐怖は、それだけではとうてい払拭できなかった。

 彼らは、彼らの味方であった戦神達にも、巧妙に罠をしかけ枷をはめたのだ。



 代替わりしたリプエには、もうずいぶんと長く、『枷』となる存在がいなかった。

 リプエが度を越した破壊を繰り返すたび、戦神の枷の秘密を知るごく限られた神々の間で俎上に載せられてきたけれど、枷を見出すのはリプエ自身。



 リプエにその気がないのでは…………?

 危惧する声は、かなり前から。



 そろそろお相手を見つける気にはならないの?


「出会いがないんだ。どうしようもない」


 リプエは素っ気なくそう答えたけど、その横顔はどこか寂しそうで愁いを含んだその瞳は……。




 リプエ。

 あなたはぜんぜん気付いていないけど、実はあなたに焦がれている女もいるのよ。

 あなたは美しくて……。

 あなたも昔は誘われて、一夜を過ごしたこともあったのでしょう?



 浮気な女神の艶聞は誰言うともなく漏れ広まる。

 わたしはいきり立ち、女神の愛の巣にのりこんだ。

 あの女が、あまたの男どもと逢瀬を重ねてきた別邸へ。



「彼とはなんでもなかったわ」


 言葉とは裏腹に、そのうっとりとした表情はなんなのよ!

 その気になればケンタウロスさえも退ける、と言われるわたしの剣幕にひるんだ女神は、渋々と、それでももったいをつけながらその夜のことをわたしに明かした。


 女神の誘いに初めは乗り気でなかったリプエは、

 ――まったく女を知らないのでは、いざというときに、乙女を手に入れる絶好の機会を逃してしまうかもしれないよわよ。

 ……まぁ、そんなようなことを言われ結構しつこく口説かれて、その気になったらしい。


 まったく、なんてタチの悪い女神だ!



 それで、女神から全部話を聞きだすまでに丸一日はかかった内容を要約すると……


 なんとか寝台まではリプエを誘うことに成功した。

 ……なんてことを。頭が痛いわ。

 ところがリプエは女神の体にふれて間もなく、……やめてしまったらしい。

 ……わたしは、耳を疑った。この肉感的な魅力にあふれる女神の体にふれておきながら?

 女のわたしの目から見ても、女神は扇情的で、……その豊満な肢体を目の前に投げ出されておきながら?

 もちろん女神はもてる手練手管を総動員して、……その、リプエに迫ったことだろう。

 わたしは自分でも顔が赤くなるのがわかった。

 それで、女神はちょっと溜飲をさげたようだ。


 ほんとに、あんな朴念仁だなんてね。


 だから! さっきから、あなたのその表情が言葉を裏切ってるのよ!


 それでも女神はプライドにかけて、リプエを落とすべく頑張ったらしい。

 ……ほんとに、どうしてくれようかしら? この淫乱女。


 女神はリプエのしなやかでたくましい筋肉を覆う肌にいくつもくちづけを落とし、自らもくちづけを彼に強請った。

 ――! この女!


 椅子を倒して立ち上がったわたしに、女神は優雅に羽扇で制して落ち着くようにと微笑んだ。


 あの目に射殺されるかと思ったわ……。


 …………だから、あなたのその目が裏切ってるのよ。その陶然として潤んだ瞳はなんなの……?



 女神の立場を慮ったのか、リプエはその場で立ち去るなどという真似はぜす、たいして面白くもない神々の日常の世間話をしてその夜を過ごし、明け方近く帰っていったと言う。


 ……こういうところは、先代とは全然違うわ。

 彼も、そのくらい気を遣ってくれていたら……。

 ぎりぎりと胸が痛む。




 愛の女神も一度で懲りた勇猛果敢、いいえ、キレると恐ろしい戦男神。

 そんな不穏きわまりない評判が知れ渡っては、あなたに近寄る勇気のある女はいないわ。


 事実とは相当違ったニュアンスではあるけれど、女たちの間で密やかに広まったこの噂を、当の女神もわたしも否定はしなかった。

 女神は、愛の女神たる自身の面目のために。

 わたしはあなたに、邪魔な女を近づけさせないために。





 そしてわたしは気がついた。


 リプエは、気にしているのだ。

 無骨な先代が、事前の交渉なしに乙女を手に入れてしまったことを――。




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