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番外編-それでも君に恋してた・7-

「神崎さん、はいこれエプロン」




「あ、あの、あの……」


俺達が一年一組の模擬店・クレープ屋に入ると、エプロンを着けさせられた彼女がオロオロしていた。




「てか、なんで私服なの? 制服は?」


「いっぱいオーダー入ってるから、どんどん焼いちゃってー」


「今朝はちゃんと髪の毛をポニーテールにして纏めてたのになんでおろしてるの?」




「あ、の……私……」


女子に囲まれ、困っている様子の彼女。




「焼き方とかトッピングのレシピは昨日、確認してるからわかるよね?」


クラスの女子にそう言われ、首を小さく横に振る神崎さん。




(なんか……様子がおかしい)




「えー、今更わかんないって……」


呆れたように口を尖らせるクライメイトの女子。




「わ、私……舞、じゃない……」


すると彼女は小さな声で言った。




(え……? “舞じゃない”ってどういう事だ?)




「もうー、何訳わかんない事言ってるの?」


「長瀬くんと一緒に模擬店巡りの続きをしたいのはわかるけどさー」


「決められた役割はちゃんとやろうよ」




「……っ」


みんなに責められ、彼女は涙目になっている。




――と、そこへ……、


「「唯!」」


上木さんと神崎さんのお兄さんが一緒に模擬店に入って来た。




「みんな、待って。この子は舞じゃないのっ」


神崎さんを庇う様に彼女を背にする上木さん。




俺達はもう訳がわからなくなっていた。




「もうー、上木さんまで何言ってるのよー?」


「神崎さんじゃなかったら、この子は誰なの?」


キツい口調になるクラスの女子達。




「……舞? お前、今どこにいるんだ? 模擬店の店番をやる時間だろ?


 お前が来ないから唯が間違えて連れて来られて大変な事になってんだよ。


 いいか? 今すぐダッシュで来いっ」


神崎さんのお兄さんは携帯で誰かと話すと、


「待ってて、みんな。今、舞を呼んだから」


――と、優しい口調で言った。






そして、しばらくして――、


「ごめーん! みんなーっ!」


神崎さんが模擬店に突入して来た。




「「「「えぇーーーっ!?」」」」


俺達四人は全員声を上げて驚いた。




「ま、まままままま、舞ちゃんが二人……?」


拓未は口をパクパクさせて驚いている。




「唯っ」


その直後、長瀬も慌てた様子で模擬店に入って来た。




クラスの女子達も同じ顔の人間がその場に二人もいる事に驚きを隠せない様子で固まっている。




「唯、ごめんね! 私がうっかり時間を忘れてたばっかりに」


「俺もごめん! ちゃんと気をつけて、携帯でアラームとか鳴らすようにしとけばよかったんだ」


神崎さんと長瀬が上木さんの後ろに隠れているもう一人の神崎さんに頭を下げる。




「ね、ねぇ……神崎さん、これ、どういう事?」


クラスの女子が顔を引き攣らせながら制服を着ている方の神崎さんに訊ねる。




「えっと……この子は私の双子の姉の唯なの」


彼女の口から語られた真実。


それはよくよく考えてみればすぐにわかるような事だった。




(神崎さんが双子……)




「唯、ごめんね? お詫びに苺のクレープ作ってあげるから」


神崎さん……舞ちゃんはそう言うと唯ちゃんがしていたエプロンを外して自分が着けた。




「……お前が会ったのって……唯ちゃんの方だったんだな?」


拓未は上木さんとお兄さん、長瀬と一緒に椅子に腰を下ろした唯ちゃんに視線を移した。




「あぁ……俺、ひょっとしたら神崎さんて二重人格なのかとも思ってたけど……そんな訳ないよな」




「じゃあ、あのライブハウスで対バンしたのも唯ちゃんだったのかな?」


智也が首を捻る。




「うん、そう考えると全部の辻褄が合う」


准は頷きながら苦笑いをした。


確かにあの時、対バンの人達が彼女の事を『唯ちゃん』と呼んでいた気がする。


聞き間違いかと思っていたけれど、やっぱりあれは唯ちゃんだったんだ――。




「唯、苺いっぱい入れたからね♪」


俺達がそんな会話をしている間に舞ちゃんが“お詫びのクレープ”を唯ちゃんに手渡す。


唯ちゃんはさっきまで泣きそうな顔をしていたけれど、苺がたっぷり詰まったクレープを焼いて貰い、


嬉しそうな顔をした。




「美味しい」


そして一口食べると可愛らしい笑みを浮かべた。




キュン――。




胸が鳴ったのが自分でもわかった。




舞ちゃんにはこんな感情は抱いた事はない。


けれど、唯ちゃんには胸が高鳴る――。






     ◆  ◆  ◆






――午後三時。


野外ライブの開演時間になった。




俺達はあの初ライブの日から、なるべく場数を踏むようにした。


どんな小さなステージでも、イベントでも、とにかく“本番”というものに慣れる事を優先して出演した。


それと同時に夏休みの間に俺は書き溜めていた詞を、拓未は書き溜めていた曲を持ち寄ってみんなで形にした。


今回の持ち時間は四十分だから夏休みに作ったオリジナル曲だけでいける。


だが、ここは敢えて一曲だけカバーを入れる事にした。


俺が好きなThe Salt Of The Earthの曲だ。




本番前――、俺達はステージの裏で円陣を組んだ。




“緊張はみんなで平等に味わおう”




そう言って、初ライブの反省会でみんなで決めた事の一つだ。


後はメンバー四人、声を出して気合いを入れる為と緊張を吹き飛ばす為。




そして、もう一つ――、俺達は所謂“芸名”を名乗る事にした。


俺は“Kazuma”、拓未は“Takumi”、准は“Jun”、智也は“Tomaya”


実に簡単だが、こうする事でステージの上で別の人格になれる気がした――。






     ◆  ◆  ◆






俺達Juliusの野外ライブは初ライブの時よりも、今までのライブよりも落ち着いてちゃんと出来た……と思う。


相変わらず緊張はしていたものの、場数を踏んだだけあって訳もわからないままという程じゃなかった。


客席の反応もわりと良かった。




その中に、唯ちゃんの姿があったのも見えた。


お兄さんと上木さんと一緒に後ろの方で俺達Juliusのライブを観ていたのだ――。






(唯ちゃん、どこに行ったんだろう?)


ライブが終わった後、俺は衣装を着替える事もせず彼女の姿を捜した。




だが……、




彼女の姿は既に消えていた――。




「和磨、どうしたんだ? いきなり着替えもしないで走り出したりなんかして」


後ろからは拓未が追い掛けて来ていた。




「いや……なんでもない」


俺はそのまま拓未と一緒に楽屋に戻った――。






     ◆  ◆  ◆






「あ、唯ちゃんだ♪」


制服に着替えた後、メンバー四人で模擬店を回っていると、拓未が唯ちゃんを発見したらしく嬉しそうな顔をした。




(あ……)


唯ちゃんは唯ちゃんのお兄さんと上木さんの三人で歩いていた。


話がしたくて彼女を捜していたはずなのに、いざ目の前に現れるとなんて言って声を掛けていいのかわからない。




「唯ちゃ~ん♪」


すると、拓未があっさり声を掛けやがった。




(こ、こいつ……)




「っ」


唯ちゃんは拓未が駆け寄るとサッとお兄さんの影に隠れた。




(拓未でも怯えるのか)


俺が怯えられるのはともかく、人当たりの良い拓未が話し掛けても怯えるという事は結構な人見知りなのだろう。




「あれ? 隠れた」


苦笑いする拓未。




「唯? さっき好きだって言ってたバンドのメンバーだよ?」


俺達四人が近付くとお兄さんが彼女の顔をそっと覗き込んだ。




(え……? “好きだ”って言ってた?)


俺は、いや、俺達Juliusのメンバー四人は驚きを隠せなかった。




「ねぇねぇっ、それって俺等のファンって事?」


拓未が彼女に一歩近付く。




「っ」


しかし、彼女には更に怯えたように……というか、恥ずかしそうに顔を隠した。




「じゃあさ、またライブがある時は連絡するからケー番教えて?」


お兄さんの後ろの彼女に優しく話し掛ける拓未。




(いきなり携帯番号教えろって……)


流石は女好きの拓未だ。




「……」


拓未の様子を窺うように少しだけ顔を出した唯ちゃん。




「唯、またJuliusのライブ観たいんだろ? 携帯番号交換して貰ったら?」


お兄さんが後ろに顔を向ける。




「う、うん……でも、一人じゃ……」


恥ずかしそうに頷く唯ちゃん。




「それなら、あたしもJuliusのライブ、次も観たいから一緒に行こう?」


すると上木さんがそう言ってにっこり笑った。




「おっ、マジでっ?」


嬉しそうな笑みを浮かべる拓未。




「うん、だからまずはあたしと番号交換ね?」


「OK♪」


俺の目の前で携帯番号とメアドを交換し始めた二人。


拓未はいつもこうだ。


気が付けばちゃっかり女の子と番号交換をしている。




(唯ちゃんとも番号交換するのかな?)


そう思っていると――、


「唯は学校が違うからチケットはあたしから渡すね。もしくは舞に渡しておいて?」




「了解♪」


意外にも拓未は唯ちゃんとは番号を交換しなかった。


先程彼女が躊躇していたからだろうか?




俺はなんだかホッとした――。

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