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番外編-それでも君に恋してた・6-

数日後――。




(あれ? 神崎さん?)


学校から帰って自転車でバイトに向かっていると、同じく自転車に乗った女の子が目の前を走っていた。


あの背格好はおそらく神崎さんだ。


私服姿でトートバッグを肩に掛けている。




(どこへ行くんだろ?)


拓未と違い、あまり言葉を交わした事がない俺は声を掛けずにそのまま後ろをついて行った。


普通に考えると完全に危ない奴だが、俺のバイト先のコンビニも同じ方向だ。






(お、曲がった)


しばらくして神崎さんは左の脇道に入った。


曲がった先にある物を思い浮かべる。


スーパー、クリーニング屋、蕎麦屋……この辺りはわりと住宅街だからそれくらいしかない。


気になった俺は脇道の先に視線を移した。


すると、神崎さんは意外な建物に入って行った。




(音楽教室……?)


そこは大きな白いビルで広い駐車場と駐輪場が一階に有る都内ではおそらく五本の指に入る程の音楽教室だった。




(そういえば、ヴァイオリンを習ってるとか言ってたな……あれ? でも、ヴァイオリンなんか持ってなかったような……?)


神崎さんはヴァイオリンが入るような大きなトートバッグじゃなかった。




(てか、音楽教室に通ってるくらいだから、やっぱり音楽は好きなんだな)


彼女が“音楽は嫌いじゃないけどバンドとかやろうとは思わない”と言ったのは単に俺達とは組みたくないって事なんだろう。






それから――、


俺は時々、“彼女”を見掛けるようになった。


バイトの行きや、時には帰りにも。


帰りと言っても夜の九時過ぎ。


行きに見掛けるのが夕方の六時前……となると、約三時間レッスンしている事になる。


俺達Juliusの練習でさえ週に一,二回で二時間ずつ、家で一人で練習する時でも途中に何回かの休憩を挟みながら


連続で三時間なんてやらない。




“本気で音楽をやっているんだ――”




そう思った。




特に夏休みはバイトに入る日数が増えていたから尚更だ。


昼夜を問わず不意打ちで朝に見掛ける事もあれば夜遅く、それこそ十時過ぎに見掛ける事もあった。


それなのに“音楽は嫌いじゃない”という言い方が俺は引っ掛かっていた。


それに、拓未と話している時の彼女の雰囲気と俺が見掛ける彼女の雰囲気……その違いがどうもしっくり来なかった。






     ◆  ◆  ◆






九月、新学期が始まった数日後の土曜日――。


店長の頼みで急遽バイトに入っていた俺はまた幻を見た。




それは午後十時前の出来事だった。


俺がバックヤードに入って本部から運ばれて来た商品を整理しているとコール音がした。


レジが込み始めたらしい。




バックヤードから出るとレジに三人くらい行列が出来ていた。




「和磨、そちらのお客様が宅配便を送りたいって。頼む」


一緒にバイトに入っている大学生で俺と同じ様にバンドでヴォーカルをしている繁之さんがレジを打ちながら言った。




「了解っす」


もう一箇所のレジを開けて宅配伝票を書いて貰っていると、一組の客が店内に入って来た。


ちらっとしか見えなかったけど濃紺のスーツを着た長身の男と淡いブルーのワンピースを着た小柄な女の子のカップル。




「唯、カゴ持って来て」


「うん」




そんな会話が聞こえ、なんとなく聞き覚えのある声のような気がして顔を上げる。


しかし、女の子の方は陳列棚に隠れていてよく見えなかった。




そして、宅配の手配を終わらせて再びバックヤードへ行こうとレジカウンターを出ると――、


「あ、君……」


濃紺のスーツの男は俺と目が合った瞬間に口を開いた。


さっき店に入って来たカップルの男だ。




(……この人、確か……)


俺はその男になんとなく見覚えがあった。




「Juliusっていうバンドのヴォーカルの人だよね?」


その男の口から出て来た言葉に俺は驚いた。




「そうですけど……俺達の事、憶えててくれたんですか?」


その男はJuliusの初ライブの時も客席にいた。


ライブが終わった後、楽屋口で神崎さんのバンドのメンバーとも話をしていたから、


きっとそっちを観に来ていたんだろう。


だから、まさかただの前座だった俺達の事まで憶えてくれているとは思ってもみなかった。




「うん、久しぶりに先が楽しみなバンドに出会ったから」




「え、あ、ありがとうございます」


たとえお世辞でもそんな事を言われると嬉しい。




「今度はいつライブをやるの?」




「十月の学園祭に出ます」




「そっか、じゃあ、妹と観に行くよ」


するとその男は少し離れた所にいる一緒に入って来た女の子の方に視線を移した。




(……あれっ? 神崎さん?)


淡いブルーのワンピースを着た女の子は神崎さんだった。




(妹だったのか……てか、やっぱり学校の中とは雰囲気が全然違うよなぁー?)




俺はドキドキしていた。


学校の外で会う彼女に――。




(学校の中だと全然気にならないのに、なんでだろ?)






     ◆  ◆  ◆






そして、十月――。




「なぁなぁ、准、舞ちゃんが模擬店に出るのっていつ?」


文化祭一日目、俺達Juliusは昼過ぎから野外ステージでライブをやる事になっている。


そのリハーサルが終わった後、ニヤニヤしながら拓未が口を開いた。




「あー、ちょうど今からじゃなかったかな? てか、まだ神崎さんの事諦めてないのか?」




「いや、舞ちゃんは単に目の保養だよ。俺の本命は香奈ちゃん♪」




「いつの間に本命が変わったんだ?」


智也が呆れた顔になる。




「舞ちゃんに“彼氏”がいるって判明してから。別れそうならともかく、そんな感じしないし」




「けど、上木さんもボヤボヤしてたら誰かに取られるぞ~?」




智也が言ったとおり、上木さんもモテる方だと思う。




「大丈夫、絶対振り向かせて見せる!」




拓未が女に対して“本気”になっているのは久しぶりに見るような気がする。


小学五年生以来かな?




「香奈ちゃんが模擬店に出るのは明日だって言ってたし、今日も俺等のライブを


 観に来てくれるって約束してくれたし♪」


満面の笑みを浮かべる拓未。


一体、いつの間にそんな約束を取り付けたんだろうか?




「という訳で目の保養がてら舞ちゃんに会いに行こうぜ♪ 香奈ちゃんも来てるかもしれないし♪」




「長瀬も来てたりして」


准がクスクス笑いながら言う。




「それでも、いーのいーの♪」


拓未は嬉々とした足取りで一年一組の教室に向かった――。






     ◆  ◆  ◆






Juliusのメンバー四人で一年一組の教室に向かっていると――、


「小川くーん!」


准と同じクラスの女子が二人近付いてきた。




「ねぇ、神崎さん見なかった?」




「見てないけど……どうかしたの?」


首を横に振りながら答えた准。




「模擬店の交代時間が過ぎたのにまだ来てないの」


「多分、長瀬くんと一緒に模擬店回ってて忘れてるんじゃないかと思うんだけど……」


困った様子の女子二人。




「……て、あれ、神崎さんじゃない?」


すると、智也が彼女達の後ろを指差した。


その方向に視線を移すと女子トイレから女の子が出て来たところだった。




「「あ、ホントだ。神崎さーん!」」




彼女達の声に振り向く神崎さん。




(あの子……)


俺はなんとなく直感した。


あの子はいつも俺が学校の外で見掛けている子なんだと。




だって――、




胸がドキドキしてる。




「神崎さん、やっと見つけたぁ~っ」


「早く早くっ、もうとっくに時間過ぎてるんだから」


……と、彼女を捕獲する二人。




「え……あ、あの……っ」


しかし、神崎さんの様子がおかしい。




「なんか……舞ちゃんじゃないみたい?」


拓未も俺の横で首を捻っている。




だが、俺達が傍観している中、彼女はクラスメイト二人によって一年一組の模擬店へと連行された――。

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