番外編-それでも君に恋してた・5-
「あれ? 神崎さんだ」
その女の子を見て准が言った。
「お?」
拓未も彼女に視線を移す。
そう……あれは確かに神崎さんだ。
でも、学食で会った時と全然雰囲気が違う。
すると――、
「「「「「宜しくお願いします!」」」」」
メインのバンドの方から挨拶に来てくれた。
「「「「よ、宜しくお願いしますっ!」」」」
俺達も慌てて挨拶を返す。
神崎さんは俺と目が合うと一瞬だけ驚いたような顔をした。
けれど、すぐに視線を外して他のメンバーと一緒に楽屋に入って行った。
「舞ちゃんてバンドやってたんだ?」
拓未が准に訊ねた。
「さぁ? 聞いた事ないな? てか、俺あんまり神崎さんと話した事ないし」
「何はともあれ楽しい一日になりそ♪」
拓未はヘラヘラと笑っていた。
それから、しばらくしてリハーサルが始まった。
まずは神崎さんのバンドから。
彼女はどうやらキーボードらしい。
PAがドラム、ベース、ギター、キーボード、ヴォーカルと順に音出しを指示して、
ステージの両側にあるメインアンプから出る音を整えると一曲通しての演奏が始まり、
俺は彼女が奏でる音に耳を傾けた。
(上手い……)
神崎さんは一音一音を丁寧に弾いていて、何より曲調に合わせて音色を作り込んでいるようだ。
聞き覚えのない曲だからおそらくオリジナルなのだろう。
何曲か演奏した後――、
(……っ!? この曲……っ)
聞き覚えのあるイントロに俺はハッとした。
それは俺が好きなバンド――、The Salt Of The Earthの曲だった。
その曲は間奏でギターとキーボードがユニゾンで奏でる。
二人の息がピッタリ合わないとグタグダの演奏になる難しい曲だった。
それをきっちりやりこなしている。
指の動きもとてもしなやかで軽やかだ。
「俺、キーボードの事とかよくわかんねぇけど……舞ちゃん、上手くね?」
拓未も彼女の演奏に耳を傾けながら口を開いた。
「あぁ……上手いよ。原曲そのままだ」
「和磨、この曲知ってるのか?」
「うん、The Salt Of The Earth……俺が好きなバンドの曲」
「へぇー」
拓未はそう返事をすると再び神崎さんに視線を戻した――。
◆ ◆ ◆
俺達の初ライブはあっと言う間に終わっていた。
ものすごく緊張して、何がなんだかまったくわからないまま――。
「後でビデオとか観るのが怖いな」
珍しく落ち込んだ様子の拓未。
今日のライブはPA側で録音された音、つまり観客の声とか余計な雑音が入っていない物と、
ステージに設置してあるカメラで録った映像がある。
それをさっきライブが終わった後にスタッフから受け取ったのだ。
「神崎さんのバンドは流石にメインだけあって貫禄があるな」
准がステージを見つめながら口を開く。
「全ての曲が完璧だし」
智也も同じ様にステージを見つめながら眉間に皺を寄せた。
「……」
俺は……いや、俺達は正直落ち込んだ。
前座とメインバンドの差と言うか、実力が余りにも差がある。
「ここまで差があるなんて……なんか悔しいな……」
拓未は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「てか、最初から反省点がまったくなかったら練習のしようがないだろ?」
俺がそう言うと准と智也が意外そうな顔をした。
「確かにその通りだけど……」
「さっきからずっと黙ってるから、何にも考えてないのかと思って」
――と、准と智也。
(それじゃあ、俺はただのバカじゃねぇかよ)
「和磨は結構考えてるよ、いろいろと。ただ口に出さないだけで。
てかさ、てかさ、俺思ったんだけど紅一点でキーボードがいても良くなくない?」
直後、拓未は何か思いついたようにニカッと笑いながら言った。
「今度は何を企んでるんだ?」
「嫌だなぁ、和磨くん、企んでるだなんて♪」
「まさかとは思うけど……神崎さんにキーボードで入って貰おうだなんて考えてないだろうな?」
「いゃぁ~ん♪ バレバレ♪」
呆れた奴だ。
「やっぱり……」
「でもさ、ちゃんと考えての事なんだぜ?」
准と智也までが呆れた顔をしていると拓未は更に続けた。
「舞ちゃんが入ってくれれば音の幅も広がるしー、あっちのバンドがどんな練習してるかわかるから
上達するのも早くなるじゃん?」
「それは言えるな」
「バンド経験者に入って貰えば今とは違った効率的な練習の仕方がわかるだろうし」
准と智也は完全に拓未に丸め込まれている。
「確かに他のバンドの事を知るのはいい事だと思う。キーボードが入るのも反対じゃない。
けど、掛け持ちは神崎さんがキツイんじゃないか?」
「なら、月曜日舞ちゃんに訊いてみようぜ?」
「なんで週明けなんだ?」
智也が首を捻る。
確かにそれは俺も思った。
だって、ライブが終わった後に本人に訊けばいい事なのに。
「この後だと、他のメンバーもいる前で『俺達のバンドに入ってくれないか』って言いづらいし、
流石に舞ちゃんも返事しづらいと思うんだ」
「「「なるほど……」」」
拓未はこういう事になるとやたらと頭の回転が良くなる。
元々、頭の回転が速い奴だが女が絡むと倍速になるような気がした。
◆ ◆ ◆
そして週が明けた月曜日の昼休憩――。
「舞ちゃん♪」
拓未を先頭にクラスメイトと話をしている神崎さんの所に行った。
「え、何?」
ポカンとする神崎さん。
「舞ちゃんてピアノとか習ってた?」
さっそく話を切り出す拓未。
「うん、ちょっとだけやってたけど?」
「ちょっとだけ? またまた嘘ばっかり♪」
「本当よ。三歳からピアノとヴァイオリンを習い始めて、四歳からはヴァイオリンの方を本格的に習ってたから」
(ヴァイオリン?)
「じゃあ、鍵盤より絃楽器の方が得意って事?」
拓未もおかしいと思ったのか、首を捻っている。
「うん、どちらかというとそうね」
「……て事は……キーボードで俺等のバンドに入って欲しいって言ったら? 嫌?」
「バンド?」
「そそ、得意じゃないのにあれだけ弾けるのはすごいよ」
「???」
眉間に皺を寄せる神崎さん。
「ギターでもいいけど♪」
(もはやパート関係なしかよ)
「ギターとかコードを押さえるのは練習しないとすぐには弾けないわよ?」
苦笑いする神崎さん。
「それに私、音楽は嫌いじゃないけどバンドとかやろうとは思わないし」
「え、でも、一昨日……」
「一昨日? あー、アレね。面倒臭いから説明は割愛するけど私はバンドとかやる気ないから」
神崎さんはきっぱり言ってこれ以上食い下がって来るなよと言わんばかりの強気の笑みを浮かべた。
「OK、男は引き際が肝心って事で退散する」
拓未はそう言うとあっさり諦めた。
(とか言いながら彼氏がいるにも拘わらず神崎さん自身の事をまだ諦めてない気がするのは俺だけか?)
「むはー、玉砕」
学食で緊急ミーティングをする事になり、コーヒー牛乳を飲みながら拓未が項垂れた。
「でも、一昨日はなんだったんだろうな? 説明は割愛されちゃったから謎ばっか残ったけど」
苦笑いの智也。
「謎と言えばさ、今朝登校した時に神崎さんがいたから『一昨日はお疲れ様』って声を掛けたんだ。
でも、彼女……なんかポカーンてしてたんだよね」
すると、准が怪訝そうな顔で言った。
「てか、一昨日も准が『また月曜日、学校でね』なんて言ってた時も舞ちゃん、ポカーンとしてたよな?」
拓未も首を捻りながら一昨日の彼女の様子を思い浮かべる。
確かにあの時の彼女の反応はおかしかった。
それに客席には長瀬も上木さんもいなかった。
何か用事があったにしても流石に彼氏である長瀬はライブの方を優先して観に来るだろうし。
「まぁ、本人にバンドをやる気がないんじゃ、しょうがないな」
拓未のその一言で緊急ミーティング終了。
新メンバー加入も未遂に終わった――。