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第四章 -10-

そして和磨と展望台で撮られた日から一ヶ月が経とうとしていたある日――。




「神崎さん……大丈夫ですか?」


仕事はなんとかこなしてはいるものの、ずっと元気がなく記者達に追い回され続けている所為で


疲れた様子の唯に山内が心配して声を掛けた。




「……はい、大丈夫です……」


とりあえず“大丈夫”と口にしてみたが本当は全然大丈夫ではなかった。


食欲がない上に睡眠不足、精神的にも疲れていたし、何より橘が付いていない事も気になっていた。


和磨と展望台で撮られてから橘は唯の前に姿を現していなかった。




“別の仕事がある”と山内が言っていた。




マネージャーとして電話で話はしているものの、恋人としての会話はしていなかった。




(やっぱり……怒っているんだろうな……)




どんな理由があるにせよ、あんな写真をバッチリ撮られてしまったのだ。


恋人なら怒って当然だ。


橘はなぜあんな展望台なんかに行ったのか? とも、和磨と待ち合わせしていたのか? とも


何も訊いてこないでいた。




(会ってちゃんと話したいのに……)


そう思って目を閉じた瞬間、頭の中がクラクラとした。




「神崎さんっ!?」


山内の声が響いてリフレーンする。




(あれ……?)


再び目を開けると目の前が真っ白になった。




(私……どうしたんだろう……?)




体が大きく傾いたかと思うと薄らいでいく意識の中、山内の声が段々遠くなっていった――。






     ◆  ◆  ◆






唯は都内の病院に運ばれ、緊急入院した。




病院のベッドの上で目が覚めた時、一番最初に視界の中に入ってきたのは心配そうに覗き込んでいる山内の顔だった。


そして一番最初に耳に届いたのも、


「神崎さん、気分はどうですか?」


山内の心配そうな声だった。


橘はいない。




「疲れが溜まってたんですね……すみません、僕が気を付けてないといけなかったのに……」




「そんな……山内さんの所為じゃ……私が自己管理が出来ていなかったから……」




「いえ、自分が担当しているタレントの体調の変化にも気付かないなんて、マネージャーとしてまだまだです。


 橘さんからもちゃんと気を付けるように言われていたのに……」




「あ、あの……橘さんは……?」


今まで唯の傍にはいつも橘がついていた。


山内が別の仕事で離れている事はあったが、どんな時も必ず橘が傍にいた。


それがここ最近、ずっと傍にいるのは橘ではなく、山内だ。




「……えっと……別のお仕事で……」




「そうですか……」


(もしかして、担当替えがあったのかな?)


自分と橘が付き合っている事はもちろん事務所には内緒だ。


しかし、もしもバレてしまってその所為で……。




そんな予感が頭を過ぎる。


だが、そんな事をとても訊ける唯ではなかった――。






     ◆  ◆  ◆






その頃――、


和磨は相変わらずパパラッチと記者達に追い回され続けていた。


それでも無表情でノーコメントを貫き通している。




しかし、とある記者の言葉に和磨は自分の耳を疑った。


「神崎唯さんが緊急入院されたそうですがお見舞いには行かれましたか?」




「っ!?」


(緊急入院……? 一体どういう事だ?)




和磨の表情が一変し、一斉にシャッターが切られる。


そして激しくフラッシュが光る中、和磨の思考が停止し、同時に足も止まった。




「和磨っ」


拓未は動きが止まった和磨に気付くと、素早く腕を取って車に乗せた。






「……」


走り出した車の中でも和磨はずっと下を向いたままだ。




「唯が緊急入院したって……どういう事なんだ?」


和磨は助手席に座っているマネージャーの弥生に視線を向けた。




「マスコミの報道によると心労らしいです」


弥生は少しだけ後部座席を振り返り、和磨の質問に答えた。




「心労……?」


今回の報道ではかなりの記者が唯を追い回していた。


それに連日のバッシング報道。




全てはあの空港で撮られたのが引き金……。




和磨は右手で顔を押さえ、「くそっ!」と誰に怒りをぶつけるでもなく呟いた。




(俺の所為で唯が……)


そう思うといても立ってもいられない。




「どこに入院してるかわからないのか?」




「Kazumaさん……まさか……」




「和磨、お前、直接病院に行く気じゃないだろうな?」




拓未と弥生の予感は的中した。




「俺の所為で……唯は……」




「お前の所為かどうかはまだわかんないだろ? 例えそうだとしても、お前が直接病院に行ったら


 余計唯ちゃんに迷惑を掛ける事になるんだぞ?」




「じゃあ、お前はこのままただ指を銜えて見てろって言うのかっ?」


珍しく和磨が拓未に食って掛かった。




「落ち着けよ! 和磨!」


拓未はそう言って和磨を宥めた。




「これが落ち着いていられるかよっ!」




「とにかく……香奈も今、連絡を取ってるところだ。何かわかったら必ず教えてやるから」




しかし拓未がそう言っても、和磨はずっと唇を噛んだまま拳を握り締めていた――。






     ◆  ◆  ◆






――翌日。




夜、唯の病状も入院先もわからないまま、ずっとイラついていた和磨の前に倉本が現れた。




「姫がダウンしたって」


そう言って軽く和磨をちらりと見た。




「最近ずっとまともに寝てない上にメシもろくに食ってなかったらしい」




「……っ!?」


和磨は倉本の言葉に驚きを隠せないでいた。




「そりゃ倒れもするわな」




「会ったんですか?」


思わず倉本に詰め寄る和磨。




「いや……橘に電話して訊いた。さすがにそれ以上の事は教えてはくれなかったけど。


 だから入院先までは聞けなかった。けど、明日には退院するらしい。


 記者共が押し掛けるだろうから実家には戻れないけど、体調が戻るまでホテルで安静にさせるって言ってた」




「明日退院……そうですか……」


和磨はその言葉を聞いて少し安心した。




「入院先とか滞在するホテルがわかればなぁー、二十四時間俺が添い寝して介抱するのに」


軽い口調で言う倉本。




「……」


和磨は顔を引き攣らせた。




「倉本さんは添い寝だけじゃ済まないでしょ?」


その隣では拓未が苦笑いをしていた。




「そりゃ、姫が元気ならね。けど“敏腕マネージャー”の橘が姫にとって一番良い手段を取るって言ってたから、


 俺の添い寝は必要なさそう……て事で、俺は別のおねーちゃんと添い寝でもするかな♪」


倉本はそれだけ言うとさっさと帰っていった。


わざわざ唯の様子を伝える為だけに来たらしい。




「あのおっさんもなかなかいいトコあるじゃねぇか」


拓未はフッと笑うと、さっそく香奈に電話をしていた。






     ◆  ◆  ◆






そして、さらにその翌日の夜――。




唯が退院した日。




和磨の携帯が鳴った。


着信表示には知らない番号。




(誰だろう……?)




怪訝に思いながら和磨は通話ボタンを押した。




「……はい、もしもし」




『……JuliusのKazumaさんですか?』




「はい……そうですが……」




(男……)




『突然、申し訳ありません。私、神崎唯のマネージャーの橘です』

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