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第四章 -9-

唯が日本に一時帰国してから一週間――、


今日は久しぶりのオフだ。




唯は実家でのんびりとテレビを見ていた。


本当なら橘とゆっくり“恋人”として過ごすところだが、唯がオフの日でも橘には仕事があった。


そんな訳で一人でボーッとしている。




テレビでは『日本の絶景百選』と言う番組をやっていた。


雪景色が綺麗な場所、眼下に湖の見える場所、もちろん富士山の見える景色や夕焼けの綺麗な場所など。




(夕焼け……)




唯にとっての夕焼けが綺麗な場所といえばあの場所だ。


和磨と二人でよくいったあの公園の展望台。




唯はふと時計を見た。




時刻は十七時過ぎ。




(今から行けば夕焼けが見られるかも)




それに……あの日の孝太と同じ様にあの場所で和磨の事を吹っ切って来るのもいいかもしれない――。






     ◆  ◆  ◆






唯は懐かしい公園の中をゆっくりと歩いていた。


その景色はあの頃と何も変わっていない。


和磨が告白をしてくれて、初めてキスをした場所も、展望台に続く階段も……。




いつも手を繋いで二人で登っていた階段。


それを登りきると眼下には街の景色が広がっていた。


そしてその街全体を夕焼けが照らすと一面オレンジ色になって薄暗くなると少しずつ街灯や車のライトが点き始めてゆく。


それを和磨と二人で見るのが好きだった。






唯が展望台に着くとちょうど太陽が沈みかけていて、夕焼けが広がっていた。


そういえばこんな風にゆっくり夕焼けを見るのは孝太とここに来たのが最後だった。


パリではいつもピアノばかり弾いていたし、橘とはほとんどデートらしいデートはした事がないからだ。


唯は久しぶりに夕焼けを見て、なんだかあの頃に戻ったような気がした。






そして――、




そろそろ夕焼けが終わる……そんな時だった。


唯は突然後ろから誰かに抱きしめられた。




「っ!?」


驚いて声を上げようとした瞬間、大きな掌で口を塞がれた。




(誰……っ!?)


唯はなんとか逃げようと抵抗した。




すると……




「暴れないで、唯……俺だよ」


そう耳元に囁かれた。




「っ!?」


唯は聞き覚えのある声にハッとした。




(この声は……!?)




後ろから唯の体の自由を奪っていた腕の力が弱くなった。


唯が大人しくなると口を塞いでいた掌は唯の肩に行き、そのまま向きを変えさせられた。




そしてその人物と向き合う格好になり、ゆっくりと顔を上げると……




和磨が立っていた。




「……かず……篠原くん……」


(やっぱり……)




「……ごめん……驚かせたりして、なんか……声を掛けたら逃げられそうな気がしたから……」


そう言って唯の顔をじっと見つめてくる表情は昔と変わらない。


ただ、少しだけ大人にはなっている。




「どうして……ここへ?」


唯はなぜ自分と同じ様に和磨がここにいるのか疑問に思った。




「夕焼けが見たくなったから……でも、間に合わなかったけど」


和磨はそう言うと苦笑した。




“夕焼けが見たくなった”




それでここに……。




「唯は?」


和磨に訊かれ、唯は「私も同じだよ」そう言おうとして言葉を飲み込んだ。




「……たまたま」




「たまたま?」


何が“たまたま”なんだろう?


和磨はなんだかちょっと微妙な顔をした。


それはそうだろう。


だって自分でも意味がわからないのだから、和磨にわかるはずがない。




「……唯、あのさ……俺……」


そして、和磨が再び口を開いた時、後ろの茂みでガザガサと音がした。




その音を聞いた瞬間、和磨がいきなり唯を抱きしめた。




「……か、篠原く……っ!?」


「唯、しばらくこのまま顔を上げないで我慢してて」


和磨がそう言った次の瞬間、フラッシュが光った。




(え? 撮られた?)




和磨の後をつけていたパパラッチだった。




「……くそっ!」


和磨のイラついた声。


唯を抱きしめている和磨の腕の力が一層強くなった。




フラッシュが光る中、和磨は唯の顔を隠すようにして抱きしめたまま「ごめん……」と小さな声で呟くように言った。




そして数回シャッターが切られ、パパラッチはいなくなった。






「ごめん……多分、唯の顔までは撮られていないとは思うけど……」


そう言ったきり黙り込んでしまった和磨。




「大丈夫だよ……撮られてても」


そんな彼に唯は少しだけ笑って見せた。




しかし、そうは言ってみたけれど、本当に撮られていたら橘さんにはなんて説明しよう……?




その事が唯の胸を過ぎった――。






     ◆  ◆  ◆






家に戻った唯は、すぐに橘に連絡を取った。




和磨と偶然会い、二人でいる所をパパラッチに撮られた事、和磨が唯の顔だけは撮られないように


隠す為に抱きしめてくれていた事――。




「……事情はわかりました。神崎さんは今からすぐに撮られた時の服を別の服に着替えて


 ホテルに移る準備をしてください。山内を迎えに行かせます」




「……はい、わかりました。あ、あの……橘さん……」


「神崎さんは何も心配しないで下さい。では」


橘との電話は結局それだけで終わってしまった。


事情を説明した後、恋人である彼に一言謝りたかった。


しかし、唯が口を開きかけたところで遮られてしまったのだ。




(きっと怒ってるだろうな……)


唯は深い溜め息を漏らした。




しかし、今はとにかく実家から離れないと……。




唯はパパラッチに撮られてしまった服を脱いで着替えるとホテルに移る準備をした――。






それからしばらくして山内が迎えに来た。




「事情は橘さんから聞きました。後、Juliusのマネージャーの菊本さんからも先程電話がありました。


 あちらは今回もノーコメントで貫き通すらしいので、こちらももし、


 神崎さんの顔が撮られていたとしてもとりあえずノーコメントで」


山内がホテルに向かう車の中でそう説明してくれた。


和磨もあれからすぐにマネージャーの菊本弥生に連絡を取っていたのだ。




「はい……すみません、ご迷惑をお掛けして……」




「神崎さんはまだスキャンダル二回目ですし、人気アーティストにしては少ない方ですよ?


 だから、気にしないで下さい」


山内は唯を気遣ってか態と軽い口調で言った。




「それより……マネージャーとして、確認したい事がいくつかあるんですが……」




「はい」




「Kazumaさんの事なんですが……お付き合いしているんですか?」




「いいえ……」




「……では、以前は?」




「高校生の時に……」




「……そうですか……それで、どうしてお二人ともその場所にいたんですか?


 橘さんからは“偶然会った”って聞いてますけど……あ、別に疑ってる訳じゃないんです。


 Kazumaさんが今日オフだったのも急遽撮影が延期になったからだそうですし……、


 ですが、僕的にはどうも腑に落ちないって言うか……」




「……夕焼けを見たくて……あの場所……付き合っている時に二人でよく行った場所だったんです……。


 そうしたら、かず……篠原くんも来て……」




「そうですか……わかりました。すみません、立ち入った事をお訊きして。


 事務所としてはっきりさせておかなきゃいけないので……」




「いえ……私の方こそ……すみません」




「まぁ、とにかく、お二人とも早く連絡してくれたのでよかったです」


山内はそう言うと、バックミラー越しに優しく微笑んだ。


しかし、ずっと俯いている唯にその顔は見えなかった。






ホテルは橘がすでに手配をしていた。


さすがに対応が早い。




問題の週刊誌はおそらく明日が発売日だ。




その夜、唯は和磨の事や橘の事を考え、一睡も出来なかった――。






     ◆  ◆  ◆






――翌日。


山内がホテルの部屋まで週刊誌を持って来てくれた。




撮られた写真は幸い唯の顔は映っていなかった。


しかも和磨の体で唯の顔どころか、体もほとんど見えていないかった。


だが、和磨が抱きしめているこの女性は“神崎唯”ではないかと書かれていた。


前回、空港でも撮られたからだ。


そして後は例のごとく、ある事ない事書かれている。




「この写真で見る限りでは神崎さんだとわからないはずですから、


 記者から何か訊かれてもノーコメントを突き通してください」




「はい……」




「それから、今回はさすがに圧力をかけてパパラッチを追い払うと返って怪しまれますので、


 鬱陶しいでしょうけど……」




「わかりました」




「幸いここのホテルにいる事はバレていませんし、まだオフは今日一日ありますから、


 ゆっくりしてください」


山内はそう言うと仕事に戻っていった。




ゆっくりして下さい……と言っても、外出禁止命令が発令されているし、


橘と山内以外は部屋に入れるな、携帯にも出るなと言われている。


ハッキリ言って軟禁状態。


自分が蒔いた種なのだから仕方がないが……。






テレビのリモコンを取り、電源を入れると丁度ワイドショーの時間だった。


すると、和磨の姿が映った。




(あ……)




さっそく今回の件でいろいろと記者に追い回されているようだ。




和磨が足早に移動車に乗り込む。


無言のままで。


だけどその表情は……。




(かず君……大丈夫かな……?)




そして唯はただ、画面の中の和磨を見つめる事しか出来なかった――。






     ◆  ◆  ◆






翌日から唯は行く先々で記者達に囲まれる事になった。




だいたいの予想はしていたけれどこうもすごいとは……。




しかも今回の事だけではなく、前回空港で撮られた時の事までここぞとばかりに訊いてくる。


和磨が「ごめん」と申し訳なさそうに言っていた意味がようやくわかった。


あの時、正直そんなに気にしなくてもいいのに……と思った。


しかし、ノーコメントで……と言っても無言を貫き通すのも楽ではない。


和磨はそれがよくわかっているからそう言ったのだ。






     ◆  ◆  ◆






――数日後、今度は別の週刊誌に思いも寄らない記事が載っていた。


それは唯の音楽院入学と卒業について。




“父親が世界的に有名な指揮者だから”




“母親が世界的に有名な声楽家だから”




『入学も卒業もすべて親の力なのでは?』という心無い記事。




唯はプロフィールに両親の事も、兄・雅紀の事も公表していなかった。


“親の七光り”と言われるのを嫌っている訳ではない。


現にインタビューで訊かれれば素直に答えている。


家族である事は紛れもない事実だから。


ただ、別にわざわざ公表する事でもないし、隠す事でもない。


そう思っていたからだ。




日に日に酷くなっていく唯へのバッシングと過剰な報道。


それに比例するかの様に唯の食欲も落ちていった。


睡眠時間も充分あるにも拘らず眠れるはずもなく、結局、ほとんど寝ないで朝が来ている状態だった――。

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