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第四章 -8-

「おぃっすー」


七月のある日、マネージャーの弥生と打ち合わせをしていた和磨達の前にプロデューサーの倉本が現れた。




「例の姫との共演の件だけどさ……」


倉本はそう言いながら弥生の隣に腰を下ろすと煙草に火をつけた。




「無事に卒業試験も終わったらしいから、話進めといた」




(いつの間に……)


和磨は眉間に皺を寄せた。




「それで姫の方がさー、例の曲に難色を示してんだよねー」




(え……)




「“どうしてもあの曲じゃないと駄目なんですか?”って」




「……それで……どうするんですか?」


黙って聞いていた弥生が口を開いた。




「とりあえず共演の話は進めたんだけど曲についてはまだ保留。だからスケジュール調整よろしくね。弥生ちゃん」


倉本は弥生にそう言うとニッと笑った。




「それから、八月に姫がまた一時帰国するらしいから、その時に一度ゆっくりみんなで飲みに行こうって言っといたから」




(一時帰国……唯、帰って来るのか)






     ◆  ◆  ◆






その日の夜――。


和磨は部屋で一人、テレビを観ていた。


時間的に何も観るものがなさそうだな……と思い、リモコンでザッピングしているとクラシック音楽の番組に唯が出演していた。


……といっても、もちろんスタジオで収録されたものが流れるだけ。


司会者との絡みもないし、インタビューみたいなものもない。




(曲はなんだろう?)




ショパン エチュード三番 ホ長調 『別れの曲』




(あの有名な曲か……)




『別れの曲』を弾く画面の中の唯はとても切ない顔をしていた。


今にも泣いてしまうんじゃないかと思うくらい。




(あの時も……そんな顔してたな……。俺が唯に“好きにしろ”って言った時も――)




あれが全ての原因……和磨と唯が別れた原因。




けど……今の唯はきっとピアニストとしてこの曲を表現する為にあんな風に切ない表情をしているだけ。


プロの音楽家が表情を作って弾く事なんて普通の事だし。


唯には新しい恋人がいるから……。




(そういえばアイツ……ホントに二股とかかけてんのかな?)


和磨はふと、この間偶然見かけた祐介と理恵のツーショットを思い出した。




(まさか……な。来月、唯が日本に帰って来る……。


 唯がもし、アイツの事を思いながら弾いているとすればそれまでしばしの別れ……といった感じで弾いてるんだろうな)






     ◆  ◆  ◆






――そして、八月のとある日の夕方。


和磨達Juliusのメンバーとマネージャーの弥生、プロデューサーの倉本は都内の高級料亭で唯を待っていた。




唯との共演の細かい打ち合わせが主な目的。


表向きは……。




だが、和磨はどうも倉本がまた何か企んでいるんじゃないかと思っていた。


実際、今も唯を待っている間、やけにニヤニヤしている。






それから約束の時間を五分程過ぎた頃――、


仲居に案内されて唯とマネージャーの橘、そしてもう一人のマネージャーの山内が入って来た。




「すみません、お待たせして」


唯達はそう言いながら、和磨の目の前に腰を下ろした。




この間、パリで会った時より随分スッキリとした顔をしている。


蒼いワンピースで現れた唯はCMでは痩せて見えたけど今はそうでもないみたいだ。




(体調良くなったのかな?)




まずはビールで乾杯。


唯の音楽院卒業祝いと和磨達Juliusとの再会に。




「姫、久しぶりー」


倉本は唯と軽くグラスを合わせ、にっこりと笑った。




ちなみに今日の店のチョイスは倉本。


ずっとパリで暮らしていた唯の為に日本食の店で……と言う事らしい。


女性にはこういった気配りが出来るのに和磨達には一切ないあたりは拓未と同じタイプか?




「ところで姫、共演の話なんだけどさ、あの曲は嫌なの?」


倉本は和磨が気になっている核心に触れた。




「あ、えーと……どうせやるならせっかくだから共演の為だけに作った曲なんて言うのは


 どうかなーっと思ったんですけど……」


すると唯は特に深い意味はないと言った感じで答えた。




(なるほど……そーゆーコトか)




「あー、それもいいねー」


倉本はそう言うと、和磨をちらりと見た。




(なんだ?)




「姫は曲を作ったり詞を書いたりした事ってある?」




「詞は書いた事はないですね。曲は……なくはないですけど多分、ロックとかポップスとは言えないですよ?」




「楽譜とかには残してる?」




「いえ、いつも即興なんで……」




「そうか……じゃ、Juliusと合作してみようか」




「合作……ですか?」




「そそ、どのみち共演は最低でも半年先になるんだし、それだけあればゆっくり作れると思うけどな?」




「はぁ……」




そんな訳でJuliusと唯の共演は合作のオリジナル曲で……と言う事になった。




(一体、倉本のおっさんは何考えてんだ?)


和磨は思いっきり怪訝そうな顔をした。




「姫、お酒あんまり進んでないね」


そして、倉本は今度はビール瓶を片手に持った。


早くグラスを空けてくれ……と言わんばかりに。




すると唯の隣に座っている橘が倉本を制した。


「あ……倉本さん、これ以上は飲ませないでください」




しかし、唯はまだビール二杯も飲んでいない。




「えー、なんで?」


倉本は少々不満そうだ。




「橘さん、もう少しくらいなら平気ですよ? この間のパーティの時だって全然酔わなかったですし」


唯は橘に視線を向け、苦笑いした。


それを聞いた橘は


「何言ってるんですか、神崎さん……」


少し呆れた顔を唯に向けた。




「あの時、神崎さん何飲んでたかわかってなかったんですか?」


「赤ワインですよね?」


「それは最初の一杯目です」


「二杯目からは?」


「私がぶどうジュースにすりかえました」


「え」


唯はキョトンとした顔をした。




「全然気がつかなかったんですか?」


「はい、まったく」


「……」


橘は右手を軽く額にあてて黙り込んだ。


どうやら本当に呆れているようだ。




「私ずっとお酒が強くなったんだと思ってました」




「まぁ、確かに以前と比べると少しずつですけど強くなってる気はしますけど……」


橘はそう言うと、


「でも、神崎さんの許容量はまだグラス二杯が限界ですから」


と、いつの間にか注文していた冷たいお茶が入ったグラスを唯の目の前に置いた。




(唯、そんなに弱いのか……。てか、二杯が限界で強くなった方って……)




「姫って酔うとどうなるの?」




「饒舌になりますよ」


橘はククッと笑いながら倉本の質問に答えた。




「え……私、なんか喋ってました?」


すると唯が橘の様子を見て少し慌てた。




「憶えてないんですか?」


橘は苦笑している。




「神崎さん普段、思った事をあまり口にしないからですかねー?


 酔った時に一気に爆発するみたいですよ?」


そして山内もププッと笑いながら言った。




「え……」




「ひたすら喋り倒して言うだけ言ったら寝てましたけど」




「……ウソ……ですよね?」




「「ホントですよ」」


橘と山内はそう言いながらその時の事を思い出したように笑っていた。




「じゃあ、やっぱり今飲ませてみようぜ」


それを聞いた倉本は再びビール瓶を持った。




「駄目ですよ。神崎さんが寝ちゃった後は誰が連れて帰ると思ってるんですか?」


橘はそう言うと倉本からビール瓶を取り上げた。




「それなら心配するな、俺が連れて帰るから♪」


倉本はにやにやしている。




(どこへ連れて帰る気だよ)


思わず心の中で突っ込みを入れる和磨。




「余計心配です」


すると橘がバッサリと斬り捨てた。




「ところで橘さんと倉本さんて以前からお知り合いだったんですか?」


唯は橘と倉本が先輩後輩だという事を知らないらしい。


不思議そうな顔を橘に向けた。




「あ、そういえば神崎さんにはまだお話してなかったですね」




「?」




「倉本さんは私の大学の時の先輩なんですよ」




「そうだったんですか?」




「私が一年の時に倉本さんは四年だったんです」




「て事は……橘さんが今二十九歳だから……倉本さん……三十三歳ですか!?」


唯が驚いた表情で倉本を見つめた。




「えー、姫、その顔何?」




「……だって、絶対橘さんの方が年上だと思ってたから……」




「ぶはーっ! それって俺が若く見えるって事? それとも橘がおっさんに見えるって事?」


倉本はゲラゲラと笑い始めた。




「あ、いえ……えーと……」


唯は思いっきり返答に困っていた。




「いいですよ、神崎さん。気を遣って頂かなくても……」


橘はやや眉間に皺を寄せ、ぼそっと呟いた。




倉本は思いっきりロン毛に茶髪、しかもちょっと童顔。


服だっていつもTシャツとジーパンか革パンでピアスも指輪もチョーカーも着けていたりする。


和磨達と同じ様な所謂ロックミュージシャンがする格好。


それに比べて橘はいつもスーツにネクタイ。


髪も染めたり脱色したりしていない。


銀縁の眼鏡をかけていて要するに見た目はサラリーマン。


とはいっても、あれだけの長身だし切れ長の目をしていて端整な顔立ちだ。


ネクタイや時計にも拘りがあるらしく、全然普通のサラリーマンとかではなく、ドラマの中に出て来てもおかしくない感じだ。


言葉遣い一つ取って見ても、雰囲気からしても唯が橘の方を年上だと思うのは当たり前なのかもしれない。






それから唯はパリへ行ってからの事、音楽院でどんな勉強をしていたとか、


どんな友達がいるのか話し、和磨達Juliusのメンバーもデビューしてからの事や仕事の事を話した。




“Juliusのメンバー”……とは言っても正確には和磨以外。




結局、和磨は唯と一言もしゃべらなかった。


それでも和磨はずっと唯の方を見ていたけど、唯が和磨の方を見る事は一度もなかった――。

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