第三章 -Epilogue-
俺は長瀬の話を全部聞き終わった後、ものすごく後悔をした。
唯は態と俺とケンカ別れしたままパリに行こうとしている。
自分がパリに行ってしまえば、最低でも三年は会えない。
その後、音楽院を無事に卒業できたとしても活動拠点を日本に置かない限りは会うことは難しい。
だから……だからこのまま別れる事を選んだのか?
それが俺の為だと……?
「唯はお前の事、本気だったんだぞ」
長瀬はそう言って俺を見据えた。
唯が本気で俺を……?
そうなのか?
「……」
俺が何も言えずに黙っていると、
「篠原くん、アレキサンドライトの石言葉知ってる?」
上木さんが口を開いた。
アレキサンドライト……唯がくれたあのピアス……。
「“秘めた思い”……アレキサンドライトの石言葉」
“秘めた思い”
そんな意味があったのか……。
「唯がそんなの贈るなんて余程の事よ?」
“唯らしいな……アレキサンドライト贈るなんて”
あの時、上木さんが言っていた言葉の意味がやっとわかった……。
唯は面と向かって言葉で俺にちゃんと気持ちを言った事がない。
だけど……いつも言葉のかわりに気持ちを俺に伝えようとしていた。
俺が告白をしたあの時から……。
唯は本気で俺を……。
俺はそれにまったく気がついていなかったって事か……。
「本当ならお前を殴り飛ばしてやりたいとこだけど……」
「孝太……っ」
上木さんは慌てて長瀬を止めようとした。
「それやったら唯にシバかれるから、やらないけどな」
長瀬はそう言いながら、大丈夫だという風に上木さんに視線を向けた後、腕時計で時間を確認した。
「今から行っても間に合うかどうか知らねぇけど……空港、行ってみろよ」
「え……?」
「十八時三十分前後の飛行機……あのバカ、それしか言わなかったけど」
時計を見ると十七時過ぎだった。
ここから成田空港までは一時間以上は掛かる。
「和磨、行って来いよ」
拓未はそう言って俺を促した。
「……あぁ、長瀬……ありがとう」
俺は長瀬に礼を言い、急いで成田空港に向かった。
間に合うだろうか……。
間に合ってくれ……!
このまま、唯を行かせる訳にはいかない――!
◆ ◆ ◆
成田空港に着くと、時間は十八時二十五分だった――。
俺は必死で走った。
時刻表のパリ行きの便は……十八時三十三分!
まだ出ていない。
だけど、この時間ならすでに搭乗をしているはずだ。
俺は搭乗ゲートの前まで全力疾走した。
「……唯……ハァ、ハァ……」
搭乗ゲートの前に来た俺は全力疾走したおかげで声にならない声で唯の名前を呼んだ。
中にいるはずなのに……っ!
「……唯!」
俺は携帯を取り出し、唯の携帯を鳴らした。
もしかしたらまだ電源を切っていないかもしれない。
だけど聞こえて来たのは感情のないアナウンス。
『お客様のおかけになった番号は現在使われておりません……』
そうだった……唯は携帯を変えたんだった。
くそっ!
時間は、十八時三十三分。
搭乗ゲートが閉められた。
「唯ーっ!!」
せめて、唯の顔が見れたら……。
頼む……唯、気付いてくれ……!
「唯ーーーっ!!!」
俺はもう一度名前を呼んだ。
だけど、唯を乗せたパリ行きの飛行機はゆっくりと滑走路へと動き出した。
「唯ーーーーーーっ!!!!」
間に合わなかった……。
「唯……」
段々小さくなって、すでに薄暗くなった空に消えて行く飛行機を俺はただ見つめる事しか出来なかった……。