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第三章 -10-

あれから数週間が過ぎて、孝太が唯の所に現れる事はなかった。




(あの始業式の日以来、また疎遠になったという事か……?)




唯は相変わらず音楽の勉強とレッスンで忙しいみたいだ。


加えて時々、仕事の打ち合わせだかなんだかで事務所にも行っている。


そして和磨は和磨でバンドの練習とミーティングやバイトで忙しく、唯とは学校でしかまともに会っていなかった。




だから唯と昼休憩くらいゆっくり話がしたい――、そう思っていた。


しかし、昼休憩になると唯はいつも一人で教室を出てどこかへ行っていた。


おそらく、音楽室だろうけど。




それに、最近何故だか知らないけれど同じクラスの有坂一美がやたら和磨に話し掛けて来るようになった。


顔はどちらかと言うと可愛いと言うより、美人。


スタイルも悪くない方なんだろう。


なので男子からの人気もそれなりに高い。


昼休憩以外の短い休憩時間にも話し掛けて来る有坂。


特に唯と話していると必ず。


しかも、だいたいくだらない話ばっかりだ。




(まったく、去年といい、今年といい文化祭の季節になると俺の周りに変な女が寄って来る。なんなんだ……一体?)




とは言え、昼休憩はJuliusのファンの子達も教室に来るし、その中に有坂もちゃっかり混じっていたりするから結局、


唯がいてもまともに話は出来ないのだけれど。




(これじゃフラストレーションが溜まる一方だ……)




それでも和磨が爆発する寸前で唯と一緒に帰れたり、夜に電話でゆっくり話せたりしているからなんとか抑える事が出来ている――。






     ◆  ◆  ◆






――十月になり、文化祭の一日目。




和磨達のクラスはたこ焼き屋の模擬店をやっていた。


和磨と拓未、唯と香奈も開店から昼の十二時まで手伝う事になっている。




料理がまったくダメな拓未は接客係、和磨と唯と香奈がたこ焼きを焼く係だ。




模擬店には和磨と拓未がいる事を知ったからか、Juliusのファンの子達がたくさん来た。


おまけに唯の人気も手伝って男子生徒がわらわらとやって来た所為で、たこ焼きの材料が足りなくなってしまった。




「篠原、悪いけど有坂さんと一緒にそこのスーパーで材料買い足して来てー」


すると、裏で材料を切っていたクラスメイトの男子が和磨に買出しを頼んで来た。




(え……あの女と? マジかよ)


和磨は眉根を寄せた。


とは言え、みんな忙しそうに手を動かしているし、たこ焼きを焼くのは唯と香奈で今のところ間に合う。


拓未も接客が忙しそうだ。


それに材料は小麦粉やソースなんかもあるから女の子一人じゃ持ち帰るのは無理だろう。




「……わかった」


和磨は仕方なく、有坂と買出しに行く事にした。




「じゃ、篠原くん行こっ!」


満面の笑みを浮かべ、有坂は和磨の腕に絡みついて来た。


しかも唯の目の前で。




「……」


和磨は無言で振り払い、足早に歩き始めた。




(まったく……冗談じゃねぇ。さっさと買出し終わらせて帰って来よう。もうすぐ十二時だし)






有坂はスーパーに行く途中もやたらと和磨に話し掛けていた。


「篠原くん待ってー、歩くの早いよぉー」




(俺は普通に歩いてるつもりだけどな)




「そんなに急がなくても大丈夫だよぉー?」




(俺は早く買出しを済ませて戻りたいんだよっ)




「ねぇねぇ、篠原くんと神崎さんて……本当に付き合ってるのぉ?」




「そうだけど?」




「どこがいいの?」




「はぁ?」




「ねぇ、神崎さんのどこがいいの?」




(うぜぇー)


「別にそんな事あんたに答える必要ないだろ」




「篠原くんて冷たいのねぇー」




(悪いかよ)






     ◆  ◆  ◆






スーパーで買出しを済ませ、重そうな物はとりあえず和磨が持った。


小麦粉とソースやマヨネーズだけでも結構な量だ。


これはさすがに女の子には持たせられない。


有坂の方になるべく軽い物を持たせたけれど、それでも重いだろう。




(ま、この女だからいっか)




「あ、ねぇ、篠原くん、買出し思ったより早く済んだし、そこのカフェで休んで行こうよぉー」




(はぁ~っ? つーか、早く済ませたんだよっ)


「そんなヒマない、早く戻らないと間に合わないぞ」




「えー、ちょっとくらいいいじゃない」




「んじゃ、一人で休んでいけよ」




「もー、ホント冷たい!」




(うるせー)




「神崎さんには、あんなに優しいのに……」




(当たり前だろ)






     ◆  ◆  ◆






和磨と有坂が模擬店に戻ると、十二時を少し過ぎたところだった。


拓未と香奈はもうどこかへ二人で行ったようだ。




(……てか、唯がいない。なんで?)


「唯は?」


近くにいたクラスメイトに訊ねる和磨。




「なんか十二時の交代直前に神崎さんの知り合いが来て、その人とどこかへ行ったよ」




(えー、マジかよー)


「どんなヤツだった?」




「スーツ着た二人組の男。一人は二十五,六歳で銀縁のメガネかけてた。もう一人は二十歳過ぎくらいだったかなー」




橘だ。


もう一人の男というのは和磨も見た事がない。




「神崎さんも酷いねー。篠原くんの事置いて他の男の人とどこかへ行くなんて」


すると有坂がわざとらしく大声で言った。


今の会話を横で聞いていたらしい。




「別に、ただの知り合いだし」


和磨が平静を装いながら言う。




「そーぉ?」




「つーか、その人達なら俺も知ってる人だし」


橘の方は一回だけ遠目から見た事あるだけだが。




「神崎さんの事、心配じゃないんだ?」




「信頼もしてる人だから」


(信頼……? 何を?)


自分で言っておいて疑問に思う和磨。




「ふーん」


有坂は何か言いたそうな顔をしている。




(……てか、俺、有坂相手に何ムキになってんだろ)




「ねえ、じゃ、一緒に模擬店巡り行こうよ!」


そして、唯がいないのをいい事に有坂がとんでもない事を言い出した。




(はぁ? 俺は唯と行くんだよっ! とはいえ肝心の唯がいつ帰って来るかわかんないけど)




「ね、いこっ」


有坂はまた和磨の腕に絡み付いてきた。


今度は簡単に振り払えないようにしっかり絡み付いている。


すると、そこへ丁度唯が戻って来た。




「あ……」


有坂と腕を組んでいるところをバッチリ見られてしまい、焦る和磨。




「……」


そして唯は無言でくるりと背を向けて走り出した。




「唯!」


和磨が追い掛けようとしたが、有坂が腕を放さない。




「放せよ!」


和磨が睨みつけて怒鳴ると、有坂はさすがに怯んだのかすぐに腕を放した。




和磨は急いで教室を出て、唯が走っていった方向に目をやった。




だが……すでに唯の姿はなくなっていた――。

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