第二章 -11-
十二月に入り、いよいよ唯が出場するコンクールが始まった――。
一次予選、二次予選、三次予選、セミファイナル、ファイナルと月曜日から日曜日にかけて行われる。
三次予選までは平日に行われるので、セミファイナルまで唯が残れば学校へも来ない為、和磨は会う事が出来ない。
――月曜日の放課後。
「和磨、待て」
「篠原くんが帰っちゃったら結果がわかんなくなるからここで一緒に待とう? 唯、きっと真っ先に篠原くんに知らせるから」
和磨がそそくさと帰ろうとしていると香奈と拓未に捕まってしまった。
二日間ある一次予選の一日目の今日、さっそく唯が出場する事になっていた。
それで唯からの一次予選の結果報告を一緒に待とうと言われたのだ。
「唯、そろそろ終わったかな? 一次予選通ったかな?」
香奈は落ち着かない様子で和磨と拓未の目の前をウロウロと歩き回っている。
「香奈、少しは落ち着けって」
拓未もそう言ってはみたものの、どこかそわそわしている。
和磨は至って平静を保っている様に見えた。
……が、実は一番落ち着いてないのは和磨だった。
内心、早く唯から連絡が来ないかと気が気でなかった。
だからバイトだと言って早く帰りたかった。
落ち着きのない様子を香奈と拓未に見られたくなかったから。
それからしばらくして和磨の携帯が鳴った。
唯からメールが届いた事を知らせる着信音。
和磨は急いで携帯を開いた。
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無事、一次予選通過したよ!
これからさっそく二次予選の
曲のレッスンです。
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「唯、一次予選通ったって!」
和磨は嬉しそうに携帯の画面を拓未と香奈に見せた。
「おぉっ! やったじゃん!」
「さすが唯!」
拓未と香奈がハイタッチしている横で和磨はさっそく唯にメールを返した。
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一次予選通過おめでとう!
二次予選も頑張れ!
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◆ ◆ ◆
――次の日。
一次予選二日目。
唯は明日の二次予選の一日目に出場が決まり、学校を休んでレッスンをしていた。
和磨は唯が一次予選に通過して嬉しく思う反面、会えない事を少し残念に思いながら、
いつもよりもたくさんの女子生徒達に囲まれていた。
それは、この日は和磨にとって特別な日だからだ。
そして学校が終わり――、
和磨がバイト先のコンビニに着くと店の前に女の子が立っているのがちらりと見えた。
「かず君」
(え……?)
自分の事を“かず君”と呼ぶのは一人しかいない。
和磨は聞き慣れたその声に顔を上げた。
「唯!?」
「えへへ、待ち伏せ」
唯は少し悪戯っぽく笑いながら和磨の顔を見上げた。
「レッスンは?」
「どうしても、かず君に直接会って渡したいものがあったから、ちょっと抜け出して来ちゃった」
「え……?」
和磨は驚いた顔で唯を見つめた。
「お誕生日おめでとう」
唯は和磨に小さな紙袋に入ったプレゼントを渡した。
十二月十一日……今日は和磨の十七歳の誕生日だった。
「知ってたのか……?」
和磨は唯に自分の誕生日を言った覚えがなかった。
唯も和磨の誕生日がいつなのかとも訊いてくる事もなかったから知らないと思っていたのだ。
「もちろん、知ってたよ」
唯はクスクスと笑いながら答えた。
ちなみに拓未から誕生日をこっそり訊き出していたのは言うまでもない。
「これ……俺に渡す為にわざわざ?」
「うん」
唯はにっこり笑った。
「ホントは渡した後、もっとゆっくり話とかしたかったんだけど……
すぐレッスンに戻らなきゃいけないの……ごめんね」
(俺の為にレッスンまで抜け出して来てくれたのか……)
「ありがとう……唯」
和磨は嬉しそうに微笑んだ。
「うん……。それじゃ……レッスンに戻るね」
唯は和磨に手を振った後、後ろ髪を引かれる思いでレッスンに戻っていった。
和磨も手を振り返しながら唯が見えなくなるまで見送った――。
◆ ◆ ◆
バイトが終わり、家に帰った和磨は唯から貰ったプレゼントを開けてみた。
小さな箱の中にはピアスが入っていた。
鮮やかな赤い色の天然石があしらわれた小さめのピアスだ。
和磨は左耳にピアスをしている。
高校に入ってからすぐ、拓未と一緒に一箇所だけ開けたのだ。
(何の石だろう?)
ピアスが入っていた小箱に手入れ方法と天然石の名前などが書かれたカードが入っていた。
それを手に取る。
“アレキサンドライト”
(聞いた事ないな)
初めて聞く天然石の名前。
(ていうか……唯、いつの間にこんなの用意したんだ?)
ずっとコンクールの事で頭がいっぱいなんだと思っていた。
それ以前に自分の誕生日を知っていると思ってもみなかった。
知っていたとしてもコンクール中だし、メールか電話で少し話せればいいと思っていた。
まさか自分の為にプレゼントまで用意して会いに来てくれるとは夢にも思っていなかったのだ。
明日は唯の二次予選……。
「……唯、頑張れよ」
和磨は窓の外に浮かぶ新月を見上げながら呟いた――。
◆ ◆ ◆
――翌日。
朝、教室に入ると拓未の所に香奈が来ていた。
「おはよ、篠原くん」
「おぃっす」
「おはよう」
和磨が珍しく二人に挨拶を返した。
いつもなら無言で手を軽く挙げるだけだが、今朝は余程機嫌が良いのだろう。
「お、和磨。ピアスもう一箇所あけた? つーか、新しいピアスじゃん」
拓未はこういうところも結構鋭い。
「……ん、まぁ」
「綺麗なダークグリーンの石だね」
香奈は和磨のピアスを見てそう言った。
(ダークグリーン?)
「赤なんだけど……」
和磨は香奈が“ダークグリーン”と言ったのを不思議に思い、首を捻った。
「お前、どこが赤だよ?」
拓未もなんだかおかしな事を言っている。
「……?」
和磨は鏡を出してピアスを見た。
「……あれ?」
ダークグリーンだ。
昨夜見た時は、確かに綺麗な赤色をしていたのに。
首を傾げる和磨。
「あ、篠原くん、ひょっとして……」
その様子に香奈は何かピンと来たらしい。
「赤に見えたのっていつどこで?」
「んー、昨夜自分の部屋で」
「それ、アレキサンドライトじゃない?」
やはり女の子はこういった天然石に詳しいのか、香奈はすぐにわかったようだ。
「うん、そう」
「あれきさんどらいと?」
拓未も初めて耳にした名前らしく、香奈に訊き返した。
「うん、太陽の光とか蛍光灯の下だとダークグリーンに見えて、白熱灯とか
ろうそくの明かりの下だと赤い色に見える天然石」
「「へぇー」」
和磨と拓未は感嘆の声をあげた。
「……て、篠原くん、知らずに買ったの?」
香奈が鋭い突っ込みを入れてきた。
「……えーと」
和磨が返答に困っていると、
「あー、そうか」
拓未がニヤリとした。
(やな予感がする……)
「和磨。お前昨日、誕生日だったよな?」
「あ、そーゆーコトか!」
拓未がたった一言、言っただけで香奈も全てを悟ったようだ。
「……」
和磨は観念したかのように黙っていた。
この二人が相手では隠せないと思ったからだ。
(まぁ、隠すような事でもないしな)
「そうか、そうか……それでピアスもわざわざもう一箇所開けたのか」
「篠原くんて意外とわかりやすいねー」
そう言って二人ともニヤニヤしている。
「て事は、昨日唯と会えたんだ?」
「ん……まぁ、一瞬だったけど」
和磨はもうどうにでもなれと言わんばかりに素直に昨夜の事を話した――。
「へー、唯ちゃんもなかなかやるねぇ」
「唯って意外と行動力あるからねぇー」
「まぁ……一番びっくりしたのは俺だけどな」
和磨は苦笑いをした。
「唯らしいな……アレキサンドライトを贈るなんて」
香奈は和磨の左耳のピアスをちらりと見て微笑んだ。
この時、香奈が言った言葉の意味を和磨はだいぶ後になって知ることになるのだった――。