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第二章 -9-

それから数日が経っても、唯の方からは何も言って来なかった。


和磨からも唯にメールも電話もしないでいる。




(なんで唯は何も言って来ないんだ? 俺が訊かないからか?)


戸田との一件は抜きにしたって、自分は唯の“彼氏”だ。


いくらコンクールが近いと言ってもメールくらいは欲しい……と、思いっきり不機嫌な顔をしていると――、




「ねぇ、唯見なかった?」


和磨と拓未の所に香奈が来た。




「唯ちゃん? 音楽室じゃないのか?」




「それがいないのよ。ここに来てるかと思ったんだけど……」


香奈は怪訝な顔をした。




そして唯の行方を思案していると「和磨!」と呼ぶ声が聞こえた。




少し緊迫した様子の声に振り返るとエリが近づいてきた。




「……エリ」


和磨は一瞬、眉を顰めた。




エリは和磨がどうしたんだ? と訊くよりも先に口を開いた。


「さっき、例の人があなたの大事な姫を連れて行ってたわよ」




「……え?」


和磨は一瞬にして険しい表情になった。




「多分、体育館の裏あたりにいると思うわ」


エリは真剣な顔で和磨をじっと見据えた。




「……わかった、ありがとう」


和磨は何か考えを巡らせた後、勢いよく教室を飛び出していった。


その様子を見て、ただ事じゃないと察した拓未も後を追って飛び出した。


後に残された香奈は何がなんだかわからない。






和磨が体育館の裏に行くと数人の女子生徒に唯が囲まれていた。




「唯っ!」





「……っ!」


和磨が駆け寄って来ると唯は声も出せず驚いた。




「唯、大丈夫か?」




「……う、うん」


唯は今にも消え入りそうなほど小さな声で返事をした。




和磨は唯を自分の後ろにやり、女子生徒達に視線を移した。


その中に先日、“唯とディズニーランドでデート計画”を邪魔した“声の主”高橋早苗がいた。


Juliusの私設ファンクラブの副会長だ。




「和磨! 唯ちゃん!」


追い掛けて来た拓未も二人に駆け寄って来た。




女子生徒達が顔を見合わせ、逃げようとしていると、


「今さら逃げるのは卑怯なんじゃない?」


逃げ道をエリと香奈が塞いだ。




「お前ら……唯に何をした?」


和磨は明らかに怒りのこもった声で静かに言った。




「……」


さっきまで唯にいろいろと言っていた女子生徒達は黙り込んでいる。




「な、何って別に……」


するとリーダー格の早苗が口を開いた。




「別に……?」


和磨は早苗を睨みつけ、


「別になんだ?」


威圧感たっぷりに訊き返した。




「か、かず君……やめて……」


唯は今にも泣きそうになりながら和磨を止めようとした。




「唯はいいから、黙ってて」


そう言って和磨は唯の方に少し視線を向けた。




「……」


和磨にそう言われ、唯は黙るしかなかった。




「別にこんなの日常茶飯事って事よ」


今度はエリが口を開いた。




「つまり、これがこの人の常套手段よ」




「どういう事?」


黙っていた拓未が口を開いた。




「和磨に近づく女の子を次々と呼び出しては文句言ったり、脅したりして遠ざける。


 違う? 副会長さん」


そう言ってエリは早苗に視線を移した。




「私も一回呼び出されたっけ……ねぇ?」


エリはさらに少し睨みつけるように早苗を見据えた。




「……」


早苗は黙り込んでいる。




「まさかと思うけど毎回、和磨に彼女が出来る度にそんな事してたの?」


拓未が半分呆れたように言った。




「ま、毎回って訳じゃ……」


早苗は和磨達から視線を外すように俯きながら答えた。




「今までは俺が黙ってたから、バレてないと思ってたみたいだな」


そう言って和磨は早苗を睨みつけた。




「俺は全部知ってた」




「知ってた?」


拓未が怪訝な顔をしながら和磨に訊き返した。




「あぁ、この女に何をされたか、何を言われたかまで全部本人達から聞いて知ってたけど放っておいたんだ」


和磨は拓未の方へ視線だけを向けた。




「ひでぇー男……」


拓未は苦笑しながら呟くように言った。




「今まではな」


和磨はそう言って、早苗に視線を戻した後、


「……けど、唯だけは違う」


と続けた。




「……っ」


早苗は少し驚いた表情でハッと顔をあげた。




「唯に手を出すな」


和磨は早苗を目で捕らえて逃がさないと言った感じで再び睨みつけた。




「今度、唯になんかしたら……俺が許さない」


静かなままの口調が余計に怒りを感じさせる。




「それと……こっそりどさくさに紛れて突き飛ばすのもなし」


黙って聞いていた香奈も口を開いた。




「か、香奈……それは……」


唯が香奈を止めようしたが、和磨が手でそれを制した。




「どういう事だ?」


和磨は香奈に何か知っているのかという顔で訊き返した。




「文化祭の時、唯がファンの人だかりから弾き飛ばされたでしょ?」




「あぁ」




「あれ、ホントはこの人が突き飛ばしたの」




「っ!」


和磨は少し驚いた後にあの時、香奈が誰を一瞥したのかが納得出来た。




「私の視界からはバッチリ見えてたんだよね。唯が言わないでくれって顔したから


 篠原くんにも今まで言わなかったけど、やる事がせこ過ぎ」


そう言って香奈は早苗に視線を移した。




「……」




「……最悪だな」


すっかり黙り込んでしまった早苗にさらに声のトーンを低くして和磨が冷たく言い放った。




そして和磨は冷たい視線のまま早苗と女子生徒達を睨みつけ、


「今度、唯に少しでも何かしたら、その時は……本気で許さないからな」


そう言うと唯の手を取り、踵を返した。






早苗達から離れ、校舎の近くまで戻った所で和磨が足を止めた。




「悪い、先に戻ってて」


拓未と香奈にそう言い、和磨はエリに視線を移した。




「……エリ、ありがとう」


和磨がこんな風にエリに接するのは初めてだった。


冷たい目線も冷たい言い方もしていない。




「この間のお詫びよ」


そう言ってエリは微笑み、じゃあねと和磨達に背を向けて歩き出した。






和磨は教室に向かった三人とは別方向の校舎の影に唯を連れて行った。




「唯……」


和磨は唯の肩を抱き寄せた。




「か、ず君……」


唯はずっと我慢していたのか、和磨に抱きしめられた途端、ポロポロと涙を流し始めた。




「……」


和磨はただずっと唯を抱きしめていた。




唯の涙が止まるまで――。

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