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第二章 -7-

ステージが暗くなり、Juliusのメンバーがスタンバイする。


客席にはさっきまでと比べ物にならないほど人が集まって来ていた。


さすが“客寄せパンダ”である。




シン――、と静まり返った中、Junにピンスポが当てられ、ベース音がビートを刻み始めた。


そしてTomoyaのドラムがそれに乗っかり、Takumiのギターが入った瞬間、ステージが一気に明るくなり、客席から歓声が上がった。




唯はステージの袖から見えるKazumaの姿にドキドキしていた。


黒いレスポールギターを弾きながら歌っている後姿。


Kazumaの顔があまり見えないのが少し残念だが、客席からは絶対に見る事の出来ない光景。


“スペシャルシート”だ。




唯は初めてJuliusのライブを見た時と同じ様にKazumaの声に惹きつけられ、Juliusの世界へと惹きこまれていった――。






     ◆  ◆  ◆






あっという間に四曲が終わり、次は和磨が『聴いてて――』と言っていた五曲目。




Kazumaが一瞬だけ振り返り、唯に視線を移した後、五曲目が始まった。




(……この曲っ!?)


まだ一度しか聴いた事はないがイントロですぐにわかった。


唯がJuliusの曲の中で一番好きなあのバラードだった。




一度目に聴いた時は、ただただ綺麗な曲だと思った。




だけど今……、




Kazumaがこの曲を自分の為に歌ってくれている。


そう思うと詞の一語一語、旋律の一音一音までもが心に沁みてくる。




そして曲が終わる頃、気がつけば涙が溢れていた。


唯はOracleのメンバーにわからないように涙を拭き、Kazumaの後姿を見つめた。






Juliusのライブはアンコールを含めて全十二曲で終わり、メンバーがステージの袖へと下がって来た。




香奈は満面の笑みで「お疲れ様~っ!」とTakumiに駆け寄った。


ファンの中で一番先に“お疲れ様”が言える事が嬉しいのだろう。




「お疲れ様」


唯も恥ずかしそうに笑みを浮かべてKazumaにそう言うと優しい笑顔が返ってきた――。






     ◆  ◆  ◆






全てのバンドの演奏が終わり、JuliusとOracleのメンバーは一緒に機材の搬出をして視聴覚室へと戻った。




「香奈、この後Oracleのみんなでどっか行くのか?」


隣の準備室から拓未の声がした。


着替えをする女子生徒はもういないので最後はJuliusの更衣室になったのだ。




「んー、今決めてるトコー」




「んじゃ、JuliusとOracleでどっか打ち上げ行かない?」




「「「「行く、行くーっ!」」」」


唯以外のOracleのメンバーは二つ返事をした。




「唯も行くでしょ?」


黙っている唯に香奈が有無を言わさぬ顔で言った。




「で、でも……Juliusのファンの子は……?」




「また、そんな事気にしてんのぉ?」


香奈が呆れた声で言った。




「……」




「そんなの気にしなくていいのに」


黙り込んだ唯の後ろから拓未の声がした。




いつの間に準備室から出て来たのだろうか?




「俺達、いつも打ち上げはメンバーだけでやってるんだよ?」


拓未の後ろから准が顔を出し、ニッと笑った。




「え……そ、そうなの……?」




「いつもファンの子と一緒に打ち上げやってると思ってた?」


さらに准の後ろから出て来た智也もにっこり笑いながら言った。




「う、うん……」




そして最後に和磨が準備室から出て来た。


「ファンの子なんて来ないから……だから、唯も一緒に行こう」


和磨は優しく微笑みながら唯の顔を覗き込んだ。




「……うん」




「んじゃ、決まり」


唯がようやく首を縦に振ったのを見て拓未はニッと笑い、さっそくどこの店にするか決め始めた――。






     ◆  ◆  ◆






JuliusとOracleのメンバーは“ファミレスで合流作戦”を実行に移す事にした。




まず、Oracleのメンバーが正門から出て、出待ちのファンの状況などをJuliusに実況生中継し、


Juliusのメンバーが一人ずつ別方向に逃げる。


相手は女の子なので全力疾走すれば振り切れる……とまぁ、至って単純な作戦だ。




しかし、実際は正門のあたりで出待ちをしていたファンを他の人の迷惑になるからと


文化祭実行委員会と先生達が追い払ってくれていた。


さらにあの佐々木悠子が機転を利かせ、Juliusのメンバーをこっそり裏門から出してくれたおかげで


ファンに捕まる事無く学校から脱出する事が出来た。






そんな訳で無事、中華系のファミレスで合流したJuliusとOracleのメンバーはお互い自己紹介し、


まずはお疲れ様の乾杯をした。


もちろんウーロン茶で。




「なんかコンパみてぇー」


「若干、男女の人数バランスがおかしいけど」


「まぁ、気にするな」


そんな会話をしつつ、今日のライブの話題で話は盛り上がり、JuliusとOracleのメンバーはすっかり打ち解け、


携帯番号とメールアドレスをそれぞれ交換した。




そして“コンパのような打ち上げ”で唯と和磨、香奈と拓未はようやくOracleのメンバーに交際宣言をしたのだった――。






     ◆  ◆  ◆






打ち上げが終わり、ファミレスの前で解散した後、唯と和磨は二人で帰っていた。


まだ少し人通りが多い場所を手を繋いでゆっくり歩く。




「やっぱりJuliusの人気はすごいね」




「そうか?」




「うん、客席に全然空きがなかったくらい人が集まってたし」




「けど、Oracleの時も結構人が集まってたぞ?」




「あれは香奈達が仕込んでたんだよー」


唯はアハハっと笑い始めた。




「サクラって事?」




「うん、友達とか近所の人に片っ端から声を掛けて見に来て貰ったみたい」




「そりゃ、すごい仕込みっぷりだな」


和磨もプッと吹き出して苦笑した。




「そういえば、腹式呼吸とファルセット、誰かに教えて貰ったのか?」




「うん、お母さんが声楽やってるから教えて貰ったの」




「へぇー、それでか……」




「うん?」




「ちゃんと腹式呼吸もファルセットも出来てたから」


和磨がそう言うと唯は照れたように微笑んだ。




声楽をやっている……と言う事は唯と、唯の兄・雅紀が幼い頃から音楽を始めたのも母親の影響なのだろう。






そして和磨は人通りが少なくなってきた所で唯の腕をさっと自分の腕に通させた。


相変わらずの早業だ。




唯は少し顔を赤くした。




「……かず君」




「うん?」




「五曲目……すごく感動しちゃった……」


唯はあの曲を歌っているKazumaを思い出していた。




「……よかった……ちゃんと聴いててくれたんだ?」


和磨は嬉しそうに唯を見つめた。




「うん、あの曲……Juliusの曲の中で一番好きな曲なんだ」




「……え」




「だから、すごく嬉しかった」


唯は和磨の顔を見上げると少しだけ微笑んだ。




「あの曲……なんていう曲?」


初めて聴いた時から、今までずっとなんとなく訊きそびれていた。




「『言葉のかわりに』って曲」


和磨が少し照れながら答えた。




「照れ屋で口下手な男が、女に愛を語る詩なんだけどさ……」




「……うん」




「口下手だから言葉でうまく言えなくて……」




「うん」




「だから……結局、言葉のかわりにキスをする……て詩」




「……うん」


唯は歌詞の内容も憶えていた。


初めて聴いた時は詩の内容までは憶えていなかったが、今日、和磨が自分の為に歌うと言ってくれたから、


歌詞の一言一言がスーッと唯の心の中に入って来たのだ。




「今回が初めてなんだ」




「?」


唯は何が? といった顔をした。




「彼女の為だけに歌ったの……」




「え……」




「今まで誰かの為に歌った事なんてなかったから」




唯はその言葉を聞いて目頭が熱くなっていった。




「……唯っ!?」


唯が突然涙を流し始め、和磨は慌てた。




「……唯? どうした?」


和磨がハンカチで唯の涙を拭っていく。


それがまた嬉しくて涙が溢れる。






「かず君……ありがと」


ようやく涙が止まり、唯は和磨の顔を見上げた。




「“初めて誰かの為に歌った”のが私だって聞いて嬉しくて……」




「そっか……」


和磨は優しく微笑みながら唯を抱きしめた。




「これからもずっと……」




「……?」




「これからもずっと……あの歌は唯の為だけに歌うから……」




「かず君……」




「たとえ、何十人、何百人の客の前でも……唯の為だけ」


和磨のその言葉に……自分を抱きしめてくれているその腕の温もりに唯はまた涙が溢れ出した――。

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