番外編・花火大会 -5-
――花火大会当日。
この一週間、和磨はヒヤヒヤしながら過ごした。
いつ、唯からレッスンが入ったと言われるか――、そればかりが気になっていたのだ。
唯との待ち合わせ場所に少し早く着いた和磨は、彼女が本当に来てくれるか不安だった。
(ドタキャンの電話が入ったりして……)
和磨は携帯を開いて、唯からの着信とメールがないかを確認をした。
すると、視線の先に浴衣の裾と下駄を履いた女の子の足元が映った。
(……ん?)
和磨は顔を上げ、目の前に立っている女の子に視線を移した。
白地に紺色掛かった青い花柄の浴衣に、黄色い帯。
髪はアップにして、浴衣とお揃いの花をつけている。
和磨は自分の目の前に立っているのが一瞬、誰だかわからなかった。
(唯……?)
少し恥ずかしそうに頬を赤く染めて、和磨を見上げている顔は確かに唯だ。
「ま、待った?」
「ううん……全然」
やや呆然としながら答える和磨。
「へ、変かな……?」
いつもと少し様子が違う和磨に唯は少し俯きながら言った。
(変というより……可愛過ぎるっ!)
和磨は今すぐ抱きしめたい衝動に駆られながらもなんとか抑えつつ、
「全然変じゃないよ。寧ろ……可愛い」
素直に感想を言った。
すると唯はさらに顔を赤く染めて和磨を見上げた。
その仕草がまた可愛くてたまらない。
「行こうか」
「う、うん……」
そう言って、二人で会場に向かって歩き出す。
いつまでも、見つめあっている訳にもいかない。
花火大会に行かないと。
見つめ合うのは、後でも出来るし。
和磨はそっと唯の手を取り、繋いだ。
横目でチラっと唯を見ると、少し恥ずかしそうにしていた。
(あー、もう一々可愛いな、ちくしょー)
◆ ◆ ◆
和磨と唯は会場から少し外れた高台の公園に行った。
出来たばかりの公園らしく、もう少しで花火大会の開始時刻だというのに周りにいる人の数は少ない。
拓未に教えて貰ったあまり知られていない穴場スポットだ。
(アイツよくこういう場所見つけたなー)
拓未は和磨と違ってデートのリサーチとかもマメだ。
女の子の扱いも上手い。
(女好きだからか……?)
和磨を“恋愛初心者”呼ばわりするのも納得出来る。
「今日は天気が良くてよかったー」
唯が空を見上げながら口を開いた。
「あぁ、そうだな」
和磨も同じ様に空を見上げる。
暗くなりかけた空には有明月と星が瞬き始めていた。
「うぁ……きれい……」
「うん……」
同じ空を見て、同じ様にきれいだと感じる……。
(なんかいいな……こういうの)
花火大会が始まるまでの間、しばし二人で夕焼けが終わった後の空を見上げた――。
それからしばらくして花火大会が始まった。
花火を打ち上げる大きな音がした次の瞬間、夜空に大輪の花が咲く。
「うわぁっ! すごい、すごい!」
次々とあがる花火を見て、珍しく唯は少し興奮気味にはしゃいでいた。
和磨はそんな唯が少し子供みたいに見えて、つい笑ってしまった。
「?」
すると唯が不思議そうな顔で和磨の顔を見上げた。
そんな唯がとても可愛くて和磨は思わず唯の肩を抱き寄せた。
「し、篠原くん……?」
少し慌てて唯は恥ずかしそうに俯いた。
「……唯」
和磨が名前を呼ぶと唯は少し赤い顔で見つめ返してきた。
「……そろそろ……名前で呼んで?」
そのまま抱きしめて耳元に囁くと、唯は少し戸惑いながら小さくコクッと頷いた。
「唯……」
もう一度、耳元で名前を呼ぶと和磨の胸のあたりに触れていた唯の手に少し力が入ったのがわかった。
(緊張してるのかな? そういえば、俺も初めて“唯”って呼んだ時は緊張したな)
そんな事を思い出していると、彼女がゆっくりと口を開いた。
「……か、……か……」
(か……?)
「……か、ず……君」
(へ……? かず君?)
和磨はてっきり唯が“和磨”と呼び捨てにしてくれるものだと思っていた。
「だ、駄目……?」
ちょっと拍子抜けした和磨の顔を見てと唯が不安そうな顔をした。
今まで付き合ってきた女は、みんな“彼女”になった途端“和磨”と呼び捨てにしていた。
Juliusのファンの子はみんな“Kazumaくん”だ。
いきなり呼び捨てに出来ないと思った唯なりの呼び方なんだろう。
(唯らしいな……かず君か……、悪くない)
和磨は微かに笑みを返し、そのまま唯の唇にそっとキスを落とした。
「いいよ、それで。てゆーか、その呼び方がいいかも」
そして、もう一度抱きしめてそう言うと、唯は「……うん」と嬉しそうに頷いた。
(よかった……拓未達がいなくて)
「やっぱ、花火大会に来るの今日で良かったかも……」
「どうして?」
唯は不思議そうな顔で和磨を見上げた。
「拓未達とダブルデートもいいけど、唯の浴衣姿を拓未に拝ませるのはもったいないから」
もちろん、そんなのは言い訳。
本心は拓未と香奈がいると、こんな風に唯の肩を抱いて『名前で呼んで欲しい』なんてとてもじゃないけれど言えない。
それから、和磨はずっと唯の肩を抱いたまま花火を見た――。