番外編・花火大会 -4-
――数日後。
今日は和磨の家に拓未が来て曲作り。
曲がなかなかいいペースでどんどん形になっていったおかげで、夏休みに入ってから十曲以上新曲が出来た。
「思ったより曲数が出来たな」
拓未が満足そうに言う。
「あぁ、そうだな」
和磨も同じ様に笑う。
「ところで、和磨」
「ん?」
「唯ちゃんと花火大会行けなくなったって?」
「……」
拓未が話を切り出すと和磨の顔から一瞬にして笑みが消えた。
「またまた昔、お前が女にしてた事だな」
「……言うな」
和磨は眉間に皺を寄せた。
(……そうだよ。俺だって昔よくやってた事だ。女との約束が入っていたってバンドの練習なんかは最優先してた)
「唯ちゃん、大泣きしてたらしいぞ?」
「えっ!」
和磨は驚いた表情のまま固まった。
「丁度お前と電話を切った後に香奈が掛けたらしくてさ、どうもお前を怒らせたと思って、
もう口も利いてくれないんじゃないかって泣き出したらしい」
「……」
(確かに、あの時……俺は怒っていた)
“仕方がない”
そう思っていても、感情が思いっきり声に出ていたのだろう。
唯はそれを感じ取っていたのか。
「お前だって、仕方ない事だってわかってんだろ?」
「あぁ……」
「まぁ……、気持ちはわからんでもないが」
「……」
「香奈がさ、十八日だけじゃなくて他の日も花火大会はあるからって言っても、
もし、また約束してレッスンが入ったら……とか、そんな事気にしてたらしい」
「え……」
「このままじゃ、唯ちゃんからは絶対連絡来ないぞ?」
「そう、だな……」
「まぁ、がんばれ。恋愛初心者よ」
拓未はそう言って和磨の肩をポンと軽く叩いた。
「恋愛初心者言うな……」
和磨はそう言って怒ってはみたものの、拓未は笑っていた。
◆ ◆ ◆
――その日の夜。
和磨は思い切って唯に電話を掛けた。
しかし、何回コールしてもなかなかでない。
そして、また後で掛け直そうかと思っていた時、
『も、もしもし……』
少し躊躇しながら唯が電話に出た。
「あ……俺」
『う、うん……』
「……」
『……』
電話をしてみたものの、なんて切り出せばいいのかわからない。
「あの……さ」
『……うん』
「えーと……この間は……その……ごめん」
『……え?』
「怒ったりして……」
『ううん、約束破った私が悪いんだし……』
「それは違うよ」
『……どうして?』
「そりゃ、確かに一緒に花火大会行けなくなったのは残念だけど、レッスンが入るのは仕方ない事だろ?」
『でも……』
「俺、まだ唯のピアノ、一回しかちゃんと聴いた事ないけど、でも……唯のピアノが好きだから」
『え……』
「だから……、ピアノ頑張ってほしい」
『……っ』
「唯……?」
『篠原く……』
(やべぇ……泣かせちゃった……)
『……ありがと』
「何言ってんだよ、それに……」
『……?』
「それに……俺もバンドの事とかで約束破る事、あるかもしれない」
“絶対にない”とは言い切れない。
他のメンバーとのスケジュールの調整なんかで誰かが折れないといけない時もあるからだ。
『うん……』
「だから、こういう事があっても今度から気にするなよ?」
『……』
「それと、もう一つ……俺は唯の“大ファン”だから。こーゆーの気にしてもらっちゃ困るんだよ」
『……えっ』
「あれ、冗談だと思ってた?」
『う、うん』
「俺、嘘は吐かないって言っただろ?」
『うん』
「ん。……じゃ、今度から気にするなよ?」
『……うん』
唯はそう返事はしたものの、きっと同じ様な事があれば気にするんだろうな……と、和磨は思っていた。
「それとさ……」
和磨は目の前のノートパソコンに視線を移した。
『ん?』
先程、ネットで調べた花火大会の情報サイトで行けそうな日を探す。
「八月二十五日は空いてる?」
『うん……あ……、花火大会?』
「あれ? 知ってた?」
『うん、あの次の日に私もネットで調べてみたの』
「そっか」
(唯も調べてたのか。けど、俺が怒ってると思って電話出来なかったのかな?)
「じゃあ、二十五日一緒に花火大会行こう」
『……』
「またレッスン入ったっていいから、約束」
『え……で、でも』
「さっき言ったろ? 気にするなって」
『……う、うん』
「よし! んじゃ、約束」
『……うん!』
「あ、そだ……後さ……」
『……?』
「この間の登校日の時、せっかく教室まで来てくれたのに……ごめんな」
『あ、ううん』
「起こしてくれればよかったのに」
『んー、だってあんまり気持ち良さそうに寝てたからー』
「確かに爆睡してたかも」
『あはは、やっぱり』
「唯に会いたかったな」
『私は会えたもん。寝顔もバッチリ見れたし』
電話の向こうで唯の可愛らしい笑い声が聞こえた。
「あ、それズルい!」
和磨は態と大袈裟に言った。
(よかった……唯と仲直り出来た。そういえば、ゆっくり話をしたのも久しぶりだったな。
二十五日は絶対何にも予定が入りませんようにっ!)
和磨はただただ祈るばかりだった――。
◆ ◆ ◆
――数日後、八月十八日。
今夜、本当なら和磨は唯と花火大会へ行くはずだった。
しかし、唯の方にレッスンが入ってしまい行けなくなった。
だから和磨もバイトを入れた。
あの翌日に『気が変わりました』と店長に電話したのだ。
店長は約束通り、この日の和磨の時給を百円UPにしてくれた。
そのかわり今日はちょっと長めのバイトで夜十時までだ。
それはいい。
(それはいいんだが……何故、目の前にこいつらがいる?)
「和磨、お前今日十時までだろ?」
「あと少しじゃん! 一緒にお茶して帰ろ?」
拓未と香奈がニコニコしながら和磨の目の前に立っていた。
「つーか、お前ら当て付けか!」
(人が花火大会を諦めてバイトに入ってるって言うのに、当て付けがましく花火大会の帰りになんか来やがって!)
「まぁ、そう怒るな」
拓未がニヤニヤしながら言う。
「別に当て付けなんかじゃないのにぃー」
とか言いつつ、香奈もしっかりと拓未と腕を組んでいる。
(まったく鬱陶しい――っ)
◆ ◆ ◆
午後十時になり、バイトが終わった和磨は自転車を押しながら香奈と拓未と一緒に歩いていた。
「唯、もうレッスン終わったかな? 電話してみようか」
香奈はカバンの中から携帯を取り出した。
「さすがにもう終わってるだろー?」
そう言いながら拓未は花火大会の会場でもらったらしき団扇をパタパタ扇いだ。
「あれ? まだマナーモードだ……」
しかし、香奈が怪訝な顔で言った。
「マナーモードってことは、まだレッスン中!?」
「うーん……そうみたい」
(こんな時間まで?)
「レッスン終わったばっかりなら、その辺から唯が出てくるかも」
香奈は目の前の脇道を指した。
「唯ちゃんの通ってる教室ってこの近くなんだ?」
「うん、そこ曲がってちょっと行ったトコにある音楽教室」
「ふーん」
(へぇー)
香奈と拓未がそんな会話をしていると、まさにその脇道から自転車に乗った女の子が出て来た。
あまり街灯で照らされていない為、顔は見えない。
「あっ!」
香奈が思わず声を上げる。
(ん? 知り合いか?)
「唯っ!!」
そして自転車に乗った女の子に手を振りながら叫んだ。
(なにぃっ!?)
和磨は自転車に乗った女の子に視線を向けた。
香奈の声に女の子の方も振り向く。
「あ……」
女の子の顔をよく見てみると、それはまさしく唯だった。
和磨は幻じゃないのかといった顔をしている。
「どーしたの? みんなこんなトコでー」
唯は驚いた顔をして和磨達の目の前に来た。
「あたしと拓未は花火大会の帰り」
そう言って香奈は拓未の持っていた団扇をパタパタ扇いで見せた。
目の前に唯がいる。
思わず笑みがこぼれる和磨。
「俺は店長に拉致られてバイトの帰り」
「へ? 何それ……?」
唯はクスクス笑い始めた。
久しぶりに見る唯の笑顔。
(やっぱ、可愛いな)
「あー、篠原くん、顔がにやけてるぅー♪」
香奈がからかうように言う。
「に……にやけるさ、そりゃ」
和磨が顔を赤くする。
「お? 意外に否定しない」
拓未が素直に認めた和磨に視線を向けた。
「いゃぁ~ん、こんな和磨くん、気持ち悪ぅ~い♪」
更に笑いながら携帯で和磨を撮る拓未。
「あっ、やめろっ」
和磨が必死で顔を背けるが反対側では香奈が携帯を構えていた。
「いやぁ、いい画が撮れた♪ “キモ和磨”は唯ちゃんに任せて俺らはデートの続きをしようぜ~♪」
「うんうん♪」
そんな事を言いながら拓未と香奈は気を利かせてか、さっさと二人で捌けて行った――。
「まったく……あのバカップルは……」
和磨が二人の後姿を見送りながら呟いた。
その横では唯が笑っている。
「今日は自転車なんだ?」
和磨と唯はお互い自転車なのに降りたまま歩いていた。
静かに時間が流れて行く。
「うん、いつも自転車なんだけど、この前はお母さんが私の自転車に乗ってどっかに行っちゃってたから歩きだったの」
“この前”とは弘人とレッスンを急遽代わる事になってバイト帰りの和磨と偶然会った日の事だ。
「あはは、そっか」
「でも、まさか会えるとは思わなかったー」
唯は嬉しそうに笑みを浮かべた。
「うん、俺も」
(唯も俺に会いたかったのかな?)
「ずっと会いたかった……」
呟くようにそう言った和磨を唯は柔らかい笑みで見つめ返してきた。
「うん……私も……」
(っ)
すごく小さな声だったが、確かに聞こえた唯の言葉に驚く和磨。
唯も自分と同じ様に会いたかったんだと思うと嬉しかったのだ――。
時間が遅い事もあり、結局どこにも寄らずに他愛もない話をしながら二人はそのまま唯の家まで歩いた。
「それじゃ、またね」
そう言って唯が微笑む。
「うん、また」
和磨も唯に笑みを返す。
「おやすみ」
「うん、おやすみ」
とは言うものの、二人共なかなか背を向ける事が出来ない。
「唯が先に家に入って?」
「ううん、ここで篠原くんの事、見送りたい」
「あはは、わかった」
和磨は一瞬、『それでも先に家に入って』と言おうとしたが、“見送ってほしい”という気持ちの方が大きかったのだ。
「おやすみのキス」
和磨は踵を返す直前、唯に触れるだけのキスをした。
「っ」
唯が驚いている間に自転車に乗る和磨。
「それじゃ、またな♪」
和磨は少し照れながら振り返り、唯に手を振ってゆっくりと自転車を漕ぎ始めた。
唯はやや呆然としながら、時々振り返っては手を振る和磨の姿が見えなくなるまで見送った――。