番外編・花火大会 -2-
その日の夜――、
和磨は唯に電話を掛けた。
だが、何度コールしても出ない。
(何やってんだろ?)
三十分後――、もう一度電話を掛けてみた。
すると、今度は数回コールの後に唯の声がした。
『もしもし』
「もしもし……俺」
『あ、うん』
「なんかしてた?」
『譜読みしてた』
「コンクールの曲?」
『うん』
「そっか……。あ、それでさ……」
『うん?』
「唯、八月十八日の土曜日って空いてる?」
『んと……ちょっと待って』
電話の向こうで唯がスケジュール帳をめくる音がする。
(どうか空いてますように……っ)
和磨は祈るような気持ちで返事を待った。
『空いてるよー』
(やった!!)
「マジ? んじゃ絶対、空けといて!」
『え? うん、いいけど……何かあるの?』
「花火大会」
『花火大会?』
「そそ、一緒に行こう」
『うん!』
電話の向こうで嬉しそうな声がした。
(唯と花火大会……!)
「よっしゃ!」
和磨は両手でガッツポーズをした。
◆ ◆ ◆
数日後――、
八月に入ったある日、今日は夏休みに一度だけある登校日だ。
和磨はいつもより早く家を出た。
それは夏休みに入ってからと言うものの、結局、唯とは一度も会えず、ろくに電話もメールも出来ないでいたから、
自分の席にカバンを置いた後、唯の教室に向かうつもりだったのだ。
しかし……、
(げっ!)
和磨の教室では既に女の子達が待ち構えていた。
音を立てずにくるりと踵を返す。
だが、時既に遅し――、和磨はあっと言う間に女の子達に囲まれ、唯の教室に向かうどころではなくなってしまった。
そして唯と香奈が和磨達の教室の前を通るとライブの直後かと思う程の人だかりが出来ていた。
「うぁ、すご……っ」
その様子を見ながら唯が呟く。
「夏休みで会えないから、みんな来てるみたいね」
女の子達に囲まれている和磨と拓未を見て香奈は苦笑した。
「なるほど……」
(はぁ……、あれじゃ近づけないな……)
唯は小さく溜め息を吐いた。
そんな唯をちらりと横目で見つつ、
「唯、最近会ってないんでしょ?」
香奈が言った。
「え? う、うん……」
「ちゃんとメールとか電話してる?」
「……う、ん」
唯は俯きながら返事をした。
“してないな”
香奈は直感した。
おおよその事情を拓未から聞いていたというのもある。
唯と和磨の予定がすれ違いばかりで会えない事、それに和磨の様子も。
唯の性格からして、寝る前に和磨からの着信やメールがあった事に気づいても掛け直す事はしないだろう。
“和磨も寝てしまっているかもしれない”
そういう事を気にするから。
それでも登校日に学校で会えると思っていた。
だが、和磨は既に人だかりの中。
唯は近づく事すら出来なかった――。
◆ ◆ ◆
登校日といっても授業がある訳でもなく、午前中に長いHRがあるだけだった。
(早く終わらねぇかなー)
HRが始まり、一秒でも早く唯と会いたい和磨はさっそく退屈そうに頬杖をついた。
担任からいろいろと話が始まったが、曲作りの為、徹夜で一睡もしていない和磨にとっては子守唄のように聞こえる。
やがて和磨は睡魔に襲われ、そのまま机に顔を伏せて眠ってしまった――。
HRが終わると唯と香奈は和磨達の教室に向かった。
すると、丁度和磨達のクラスもHRが終わったところだった。
「よぅっ!」
唯と香奈が教室の中に入ると拓未はすぐに二人に気付き、手を振りながら笑みを浮かべた。
和磨はどうやら寝ているようだ。
唯は初めて見る和磨の寝顔にドキ――ッとした。
「……」
静かに寝息をたてて、気持ちよさそうに寝ている和磨に思わず見惚れる唯。
「おい、和磨。唯ちゃん来てるぞ」
唯がじっと和磨の寝顔に見入っていると拓未が和磨の肩を揺らして起こそうとした。
「あ、いいよ。望月くん、起こさないであげて」
「なんで?」
「だって、よく寝てるみたいだし……」
「でも、唯、ここ最近、篠原くんと話してないんでしょ?」
「そうだけど、でも、話せなくても会えたし」
「これはちゃんと会えたと言えるの?」
香奈の鋭い突っ込みに少したじろぎながら、
「……起こしてもらっても私、この後レッスンあるからあんまり時間ないし……」
そう言って唯は和磨を起こさないように言った。
(少しだけでも話したかったけど、気持ち良さそうに寝てるし……)
「それじゃ、私帰るね。篠原くんによろしく!」
結局、唯はそれだけ言うと、とっとと一人で帰ってしまった。
その直後、女の子達が教室に入って来て和磨が起こされたのは知るはずもない――。
一体、どれくらい寝ていたのか……?
「……るね。篠原くんによろしく!」
(唯の声……?)
和磨は目が覚めかけてまだ朦朧とする中、唯の声が聞こえた気がした。
その直後、周りが騒がしくなって目を開けた時には、朝と同様女の子達に囲まれていた。
(唯……? 唯、どこだ?)
和磨は周りを見回して唯の姿を探す。
だが、どこにもいない。
(あれ? 夢?)
◆ ◆ ◆
それからしばらくして、女の子達から解放された後、和磨は拓未と香奈と一緒に三人でいつものファーストフードに入った。
(唯はどうしたんだろう?)
そういえば、唯がいない。
「唯は?」
「レッスンがあるからって帰ったよ」
香奈がやや苦笑いで答える。
「……そっか」
(やっぱりあれは夢だったのか……)
そう思っていると、拓未が呆れたように口を開いた。
「つーか、お前が寝てる間に唯ちゃん来てたんだぞ?」
「え……っ?」
(なんだって?)
「なんで起こしてくれなかったんだよ!」
「唯ちゃんが起こすなって言ったんだよ。レッスンがあるから起こしてもあんまり話が出来ないからって」
「……」
(ヘタこいた……。あそこで寝てなければ……)
サイアクダ……。
和磨は大きく溜め息を吐いた。
「まったく、あんた達二人とも溜め息しか吐かないわね~っ」
その様子を見ていた香奈が徐に口を開いた。
「?」
(“あんた達”って?)
「唯も朝からずっと溜め息吐いてたし」
「へ? なんで?」
和磨は訳がわからないと言った感じで香奈に訊き返した。
「なんでって……そりゃ、篠原くんとまともに会うどころか話も出来ないからに決まってるでしょ」
(え……?)
「唯が平気でいられるとでも思った?」
ポカンとしている和磨に香奈は苦笑いした。
(唯も……、唯も俺と会えなくて辛いと感じてるって事か?)
「唯はあたしにもなんにも言わないけど、“篠原くんと話せなくて寂しい”って顔してたよ?」
「……そうなの、か?」
「うん。長年の付き合いだから、それくらいすぐわかるわよ」
「……」
「会えないのは仕方ない事だとわかってるから、篠原くんの前では心配掛けたくなくて平気なフリしてるんだと思うよ?」
(俺には平気な顔に見えたけど、本当は違うって事か? 顔に出さないようにしてたのか?)
「唯ってさ、携帯に出る事が少ないでしょ?」
「……うん」
(そうっ、そーなんだよ!)
「あれさ、地下室でピアノ弾いてるからだよ」
「は?」
思いもよらぬ理由にマヌケな声が出た和磨。
「唯ね、家にいる時は携帯を自分の部屋に置きっぱなしにしてて、地下の部屋でピアノ弾いてる事が多いから」
「地下室……?」
「うん、唯の部屋にもピアノはあるんだけど、地下室にグランドピアノがあって防音もバッチリしてあるから、
だいたいそこで弾いてるみたい」
「そーなんだ……」
和磨は少しホッとした。
別に態と出ない訳じゃなかった事に。
(……てゆーか、地下室って)
「メールしても寝る前に返ってきたりしない?」
「う、うん」
「どうやら寝る前、携帯の目覚ましをセットする時に着信とかメールに気付くみたいよ」
「……え」
「だからメールはとりあえず返すみたいだけど、電話は相手も寝てるかもしれないと思って掛け直さないみたい」
(そうか……そーゆーコトか……)
言われてみれば確かにそうだ。
唯の性格からして大いに有り得る。
(そんな事気にしなくていいのに……)
「けど、最近はまだマシになった方よ?」
「……と、言うと?」
顔を引き攣らせながら訊き返す和磨。
「篠原くんと出会う少し前までは、ずっとマナーモードにしてて家に帰ってからもカバンから携帯を出す事もしてなかったし」
(……え?)
「マジ?」
これには黙って話を聞いていた拓未も思わず口を開いた。
(……嘘だろ?)
「マジ、マジ、大マジ」
香奈は笑いながらそう言うと話を続けた。
「んで、そんなんだから電話してもメールしても一向に返って来ないし」
「うんうん」
「で、仕方がないからあたしが“家に帰ったらまず携帯をカバンから出してマナーモードを解除しなさい命令”をしたの」
「はぁ……」
(そんなにひどい状態だったのか……)
「それでも、今まで使ってた目覚まし時計が壊れるまでは寝る前に携帯を見る事もなかったのよ」
「……」
和磨はもう呆れて声も出なかった。
拓未も唖然としている。
「最近はその目覚まし時計が壊れてくれたおかげで、寝る前に携帯で目覚ましをセットする時に見る機会が出来たって訳」
「有り得ん……」
「それが唯には有り得るのよ」
香奈がボソッと言った。
(そう……かも、な)
今の話しからして妙に納得してしまう。
「まぁ、もともと携帯自体も無理矢理持たされたし」
「「えっ!?」」
和磨と拓未は同時に声を発して驚いた。
(無理矢理……?)
「高校に入る時にね、唯の両親が入学祝いを兼ねて持たそうとしたんだけど、唯、携帯なんかいらないって言ったのよ」
「「……」」
和磨と拓未はもう言葉も出ない。
(普通、逆だろ……)
「けど、レッスンで帰りが遅くなる事も多くなってきた頃だったし、持ってて損はないからって
家族で説得……で、しぶしぶ持ったって感じ」
「だから、携帯も放置してたのか……」
「そそ」
「謎、解明……」
和磨は唯と連絡が思うように取れない謎が解けてなんだか力が抜けていった――。