第一章 -epilogue- 唯視点
第一章ラストの唯視点です。
読み飛ばしたい方は次へどうぞ。
「俺が好きなのは……」
そう言って彼がゆっくりと私に手を伸ばしてきた。
次の瞬間――、
「神崎さんだから……」
肩を引き寄せられ、その言葉と同時にぎゅっと抱きしめられた。
(え……? 今……なんて? 今のって……私の事が好きって……?)
私はびっくりして彼の言葉がすぐには理解出来ずにいた。
思ってもみなかった彼からの告白……私の頭の中を彼の言葉がリフレインしていた。
しばらくして私の顔を覗き込んだ彼に、
「神崎さん?」
名前を呼ばれ、ハッと我に返った。
私が慌てていると、真っ直ぐに見つめられた。
(きっと今、顔が赤くなってる……っ)
そう思いながら彼の真剣な眼差しから目を逸らす事が出来なかった。
「俺、神崎さんが好きだ」
今度はハッキリと目を見つめながら言われた。
でも正直どうすればいいのかわからない。
私は……どうしたい……?
何も答えられずにいると彼は思い出したように
「あ……、もしかして……誰か付き合ってるヤツがいたりする?」
そう訊いてきた。
そんな人いないよ。
「ううん、いないよ」
いないけど……彼にはいるんじゃないの?
「でも……篠原くんの方こそ、誰か付き合ってる子がいるんじゃないの?」
私は思い切って訊いてみた。
「いや、そんな事ないよ」
すると、彼は即答した。
なんだかホッとした自分がいる。
(あれ……? なんで私、ホッとしてるの?)
「……神崎さん、俺と付き合って貰えないかな?」
「え……」
(私……? 私なんかと……?)
「俺じゃ、やっぱり嫌? 俺の事嫌い?」
「そ、そんな事ない!」
(そんな事はないけど……)
「やっぱり信じられない……?」
そう訊かれると……彼の事は信じたい……けど……、エリさんの前で見せた冷酷そうな表情はやっぱり気になる。
「……どっちが本当の篠原くんなのか……わからないの」
「え……?」
彼は何の話かわからないみたいだ。
「どっちの……て?」
無意識のうちに冷たい表情になってたから?
態とやってた事ならこんな風に訊き返さなくてもわかるだろうし。
「その……エリさんて人と話してる時の篠原くんと……私と話してる時の篠原くん」
「それは……」
それは……?
「どっちだと思う……?」
「……」
(わかんないから訊いたのに……)
「どっちも……?」
私はそう言って彼の答えを待つ。
多分……彼が意識せずにしていた事だとすれば……どっちも本当の彼……と言う事になる。
「……正解」
(やっぱり……)
「どっちも本当の俺」
(どっちも……)
「けど、エリの前での俺は、神崎さんの前には出て来ないよ」
「どうして?」
何故そう言い切れるの?
「エリの事は好きじゃなかったから」
彼は私の事を好きだと言ってくれた。
エリさんの事は好きじゃないとハッキリと今、聞いた……。
嘘は吐かないとも。
信じてもいいのかな……?
「信じてもいいんだよね……?」
信じたい……。
彼を信じたい……。
一言でいいから、“信じろ”って言ってくれたら――、
「篠原くんの事……信じたい……」
(お願い……、気づいて……)
彼は黙ったまま私を抱き寄せた。
「俺の事、信じろよ……」
そして少し掠れた声で、そう耳元に囁いてくれた。
待っていたその言葉を彼が言ってくれた瞬間、私はやっと気がついた。
(私も……篠原くんの事が好き……)
好きだから、あの子に言われた言葉で涙が出たんだ。
好きだから、篠原くんと友達でしかない事が悲しかったんだ。
好きだから、篠原くんに付き合ってる子がいない事にホッとしたんだ。
好きだから、この言葉を待ってたんだ……。
好きだから……。
私は彼の背中にゆっくり手を回した……。
言葉のかわりに。
彼はそれに応えるように優しいキスをしてくれた。
――言葉のかわりに……。