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第一章 -11-

(わぁ……綺麗な人……)




唯は和磨をちらりと横目で見た。




「……エリ」


和磨は“エリ”と呼んだその女の子の顔を見た途端、一瞬にして冷たい表情へと変化した。


先程まで唯に向けられていた優しい微笑みは嘘のように消え、ただ冷たいばかりの表情が向けられている。




(篠原くんがこんな冷たい表情するなんて……)


唯は今まで自分が見た事のない表情をしている和磨から思わず視線を外した。




「なんの用だ?」


和磨は冷めた視線のまま、いつもより低いトーンで言った。




「相変わらず、冷たいわねー」


エリは余裕たっぷりに和磨をじっと見つめ返した。




「……」




「久しぶりに会ったって言うのに」




「なんの用だと訊いたんだが?」


笑顔を浮かべたまま余裕すら見せているエリに和磨は苛立った。




「ただ久しぶりに会ったから、話がしたくて声を掛けただけよ」


しかし、エリは臆する事無くにっこり笑った。




「話す事なんか何もない」


和磨はさらに冷たくそう言い放った。




「……そう。お邪魔したわね」


すると、さすがにエリの顔から笑みが消え、和磨の隣に座っている唯を一瞥して踵を返した。




(今の……誰なんだろう……? それに篠原くんのあの冷たい態度。


 ……けど呼び捨てにしてたって事は、かなり親しい仲……彼女?)


俯いたままいろいろ考えている唯。


和磨もまた唯に何か声を掛けるべきか、だが、なんと声を掛ければいいのか迷っていた。




「……あ、えーと、そういえば、あのピアノって唯ちゃんが弾いてたんだね?」


その場の空気を取り成すように拓未が慌てて口を開く。




「え?」


唯がハッと顔を上げる。




「この間、昼休憩に音楽室から二曲目に弾いてた曲が聴こえて『誰が弾いてるのかな?』って


 和磨と話してたんだ。な?」




「あ、あぁ」


和磨も慌てて顔を上げる。




「唯は発表会の前とかはよく音楽室で練習してるからね」


香奈も凍りついた空気を和ませるように口を開いた。




その後は料理が運ばれて来たのを切欠に、香奈と拓未がうまく話を盛り上げてくれた。


そのおかげで和磨もエリの事は頭から離れ、いつも唯が見ている表情に戻っていた。






     ◆  ◆  ◆






そして店を出る前、唯が化粧室に入るとエリがいた。




(あ……)




エリは唯に気付くとキッと睨みつけ、


「あなた、和磨の新しい彼女?」


と、いきなり訊いてきた。


すぐ後ろから来ていた香奈が入り口の死角に隠れたのも気付かずに。




「え……?」


唯はエリから先制攻撃を喰らい、驚いている。




「和磨があなたなんかに本気になると思ってるの?」


口調は穏やかなもののエリは明らかに唯に対して敵意を露にしていた。




「あ、あの……?」


迫力さえ感じるエリに、唯は少したじろいだ。




「和磨は絶対本気にならないわよ?」




「……?」




「和磨が愛しているのは私だけなんだから」




(やっぱり……篠原くんの彼女なんだ……)


わかっていた事だけれど、和磨に“彼女”がいた事に唯はショックを受けていた。




「あなたは和磨にからかわれてるって事」




(篠原くんは……そんな事……)




「和磨がやさしくするのは今だけよ」




「……」




「あんまりいい気にならないでね」




(別にそんなつもりなんて……)


そう、別にいい気になどなっていない。


でも、彼女の目にはそう映ってしまったんだろうか?




「和磨は渡さないから」




(何を……言っているんだろう……?)


自分が和磨の隣に座っていたから?


唯は必死で考えを巡らせるが答えに辿り着く事が出来ない。




「なんとか言ったらどうなの?」




「……」


唯は訳がわからず、ただ黙って聞いているしかなかった。




すると何も言い返して来ない唯に苛立ったのか、


「ちょっと! 聞いてるの?」


エリは声を荒らげた。




「いい加減にしたら?」


隠れたまま話の一部始終を聞いていた香奈が入り口の死角から出て来た。




「か、香奈……」


唯は今にも泣きそうな顔をしている。




「何よ?」


エリは香奈に聞かれていた事に驚く事もなく彼女を睨みつけた。




「篠原くんがいない所で、こんな文句を言うなんてね」




「わ、私は別に……っ!」




「ふーん……じゃ、今ここで言ってた事、篠原くんの前でも言える?」




「……」


黙り込むエリ。




「言えないの? あなたがここで唯に文句を言ってたのを知ったら、篠原くんなんて言うかしらね?


 それにあなた、うちの学校の三年生でしょ? 今言ってた事、みんなに話したらどんな反応が返ってくるかしら?


 あなたが本当に篠原くんの“彼女”なら恥を掻かなくて済むけど……大丈夫?」




「……っ!」


エリは眉を顰めた。




「か、香奈……、もう、いいよ……やめて……」


居た堪れなくなった唯が香奈を止めた。




「……」




「……」


しかし、エリと香奈はまだ睨み合ったままだ。




「……とにかく、あんまりいい気にならないで! 和磨は絶対に渡さないからっ!」


エリはそう言い残し、逃げるように去っていった。




「唯、大丈夫?」


香奈は俯いたまま動かないでいる唯に声を掛けた。




「う、うん、大丈夫……」




「気にする事ないよ? あの人、あたしがちょっと脅したら焦ってたから、


 きっともう唯には何もして来ないと思うよ?」




気にするなと言っても無理な話である。




「うん……、ありがと」


そう言って無理に笑って見せようとする唯だが、うまく笑えないでいた――。






(あれは……エリ……?)


化粧室から出てきた人影に和磨が目を向けると、それはエリだった。


その表情は遠目からみても穏やかとは言えない。


唯も香奈もさっき化粧室に入って行ったから、きっと中でエリと顔を合わせたはずだ。




(なんだか嫌な予感がするな……)




「……」


隣では拓未も眉間に皺を寄せている。






そして、和磨の予感は的中した。


化粧室から出て来た唯の様子が明らかにおかしい。




(やっぱり……エリと何かあったのか――?)






     ◆  ◆  ◆






「神崎さん、送っていくよ」


店を出た後、和磨は唯の様子が気になり、声を掛けた。




「あ、ううん、大丈夫。ありがとう……」


しかし、唯は震えそうになる声を押し殺して小さな声で言った。




「でも……」


気になるから……和磨がそう言い掛けた時、拓未が制した。


小さく顔を横に振り、“やめとけ”と言うアイコンタクトをしている。




和磨が『なんでだ?』と言う顔をしていると、


「それじゃ、ここで! またね!」


香奈はJuliusのメンバーにそう言い、手を振って唯を連れて歩き出した。




その後姿を和磨はとても辛そうな顔で見つめていた。


(俺はまた……見送る事しか出来ないのか……?)




唯と香奈の姿が小さくなっていく中――、


「あの女が唯ちゃんに何かしたと思ってんだろ?」


拓未は見透かしたように言った。




「わかってんなら、なんで止めたんだよっ?」




「あの女が何をしたのか、わからないのにお前は唯ちゃんに何が出来る?」


イラついた口調で言った和磨とは対照的に静かな口調で拓未が言う。




「……」


(確かにそうだ……だけど……)




「今お前が唯ちゃんをどうにかしようとしても、彼女は逃げていくだけだぞ」




(その通りだ……現に彼女は俺が送ると言ったのを断った……)


目も合わさずに。




「……そう、だな」


拓未の言うとおりだ。




(一体、エリは何をしたんだ……?)


それがわからないと彼女に何も言えないし、何も出来ない。




(くそっ!)


和磨はキュッと唇を噛み締めた。




「後で香奈に訊いといてやるから」


すると拓未はポンと軽く和磨の肩を軽く叩いてウインクをした。




「あぁ……頼む」


和磨は俯いたまま呟くように言った――。






そして、唯は和磨達の姿が見えなくなると堰を切ったようにポロポロと涙を流して泣き始めた。




「唯……よく頑張ったね」


和磨の前では絶対に泣くまいと必死に我慢をしていた唯の頭を香奈は優しく撫でた。




「香奈……私、なんで、こんなに涙が出るのかな……?」


唯はどうして自分が泣いてるのかよくわからなかった。




ただ涙が溢れ出してくる。




どうして……?




なんでこんなに涙が出てくるの……?




「悲しいから、でしょ?」




「別に、悲しくなんか……ないよ?」




「じゃ、悔しい……とか」




「悔しく……ない、と、思う」




「じゃ……さ、あのエリって子に文句言われた時、どう思った?」




「……びっくり、した……かな?」




「それだけ?」




「……」


(……多分)




「唯は……篠原くんの事、どう思ってるの? 好きとか、嫌いとか」




「どう、って……」




「嫌い……ではないよね?」




「うん」


(そりゃ優しいし……)




「じゃ、好き?」




好き……?




好きなんだろうか……?




正直、和磨の事はほとんど何も知らない。


知ってるのは、携帯の番号とメールアドレス。


歌が上手くて、ギターが上手くて、後はすごく優しい事。


たった、それだけ……。




それだけだから、好きかどうかなんてわからない。




「……わかん、ない……」




「あの子が言った事、信じる?」




「それは……」


(私は……どっちを信じる? 私の前では優しい……でも……あの子を見る篠原くんは、


 私の知らない冷たい表情をしていた……)




冷たい言い方……冷たい態度……。




もし……もしもあれがホントの彼だとしたら……?




“和磨にからかわれてるって事”




“和磨がやさしくするのは今だけよ”




エリが言った言葉が頭の中をぐるぐる回る。




(だけど私は……あの人よりも篠原くんを信じたい……)




でも……。




香奈の質問にまともな答えが返せないまま、俯いて歩く唯。


すると、香奈が背中を優しく撫でてくれた。


「今日はもう早く寝なよ?」




「うん……」


その言葉に、香奈の手の暖かさに唯の瞳からまた涙が溢れた――。






     ◆  ◆  ◆






家に戻った唯は、ベッドの中で目を閉じて和磨の事を考えていた。




“和磨にからかわれてるって事”




エリの言葉がまた脳裏を掠める。




(私はからかわれているの……?)




“和磨がやさしくするのは今だけよ”




(私をからかうのに飽きたら冷たくなるって事? 確かに学校で一番人気じゃないかと思えるほどの篠原くんが


 私なんかに優しくしてくれるのは何故だろう……?)




ファンの子達に囲まれている時も決して和磨は愛想が良いとは言えないが、


エリに向けられたような冷たい表情を彼がするだなんて知らなかった。


あんな冷たい言い方をする事も……。




自分の知っている和磨は初めて会った時からずっと優しい。


けど、エリには冷たかった。


別人のように……。




どうしてだろう……?




それに……エリは和磨の“彼女”だと言った。




自分は、ただの友達……。


そうだ……、“ただの友達”でしかないのだ。


そう思うと胸が苦しくなるのはどうしてだろう?


“友達”には優しくて、“彼女”には冷たいの?


普通、逆じゃない?




ワケガワカリマセン……。




(やっぱり……私、からかわれてるだけなのかな……?)

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