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4話

(3、6、9……うわあ、何匹いるんだよ)

両の手を軽く超えるような数のゴブリンが恭介を取り囲む。

今にも飛びかかってきそうな圧迫感。

口々に「グゴッ、殺せ!」と息巻いている。

抵抗はしない方がいいだろう。戦いにすらならないのは分かりきっている。

恭介はヤケクソになって叫んだ。


「俺に戦う気はない!あなたたちのリーダーを出してくれ!」


「「「ゴガッ、殺せ!決して逃がすな!」」」」


どうやら聞く耳を持ってはくれないようだ。必死の頼みもそれを上回る殺意にあっけなくかき消される。

ジリジリと詰め寄ってくるゴブリン達。

これがFランクの討伐対象?嘘だろ?今にも漏らしてしまいそうだ。思わず後ずさる。

その場で背中を向けて走り出さなかった自分を称えてやりたい。


「待ってくれ!なぜ俺を殺そうとする!」


「それは、勿論!」「ニンゲンだからだ!」「グゴゴッ!」


問答無用らしい。

理不尽だと思わずにはいられなかった。

第一、このゴブリンの敵愾心だって『この世界の』人間に対するものだ。

俺じゃあない。くそっ、話は通じるのに和解出来ないなんて。

こうなったら鉈を振り回しつつ追ってから逃げ延びるしかないのだろうか。

生き延びれる可能性は限りなく低いだろうが。

降りてきたゴブリンだけで20匹近くいるのだ。

咥えて、木の上ではコンパウンドクロスボーを構えたゴブリン達が恭介に照準を合わせている。

それでも、やるしかない。

恭介が一世一代の覚悟を決めたときだった。


「ゴガッ、落ち着け。このニンゲンは、悪いニンゲンでは、ないかもしれん」


そう口火を切ったのはさっきまでずっとおだてていたゴブリンだ。

ひょこひょこと歩くと、俺とゴブリン達の間に立つ。


「グゴッ、だが、ニンゲンだ!」「ニンゲンは、殺さなければ!」「八つ裂きだ!ゴガガッ」


「グゴッ、だがこのニンゲンは、他のニンゲンとは、違う。ゴブリンの、理解者かも、しれん」


おお、良く言ってくれた。その調子で他のゴブリン達も説得してくれ。

恭介は淡い期待を抱く。

だが、ゴブリン達は不満そうに声を荒げるだけだ。


「ニンゲンは、敵だ!」「グゴッ、そうだ!これまで、多くの同胞が、殺された!」「復讐を!」


「違う、待ってくれ!俺はあなたたちのような賢しい種族に抵抗するつもりはない!」


「ゴガッ、何故そうと、言い切れる!」「関係ない!ゴガガッ、殺せ!」「グゴッ、待て、証拠を、見てからでも、遅くない」


今、理由を聞こうとするゴブリンがいたな。

どうやらほんの少しくらいは風向きが変わってきたのかもしれない。


「そうだ、あなたたちは賢しい種族だ!だから俺の言い分を聞いてくれ!」


それを聞いて、先頭に立っていたゴブリン――この集団を統率するリーダーなのだろう――が右手を上げる。

すると、ゴブリン達の野次がピタリとおさまった。


「いいだろう、聞いてやる、ニンゲン。オマエが、グゴッ、我々の、敵ではないと、何故言い切れる」


否応なく襲い掛かられるのはなんとかしのげたようだ。

勿論、危機が去ったわけではない。むしろ一難去ってまた一難である。

ゴブリンに襲われないために、自分が味方であることを証明しなければならない。

だが、どうやって?

次の発言はまさに恭介の人生を左右するものになるだろう。

いくら相手がゴブリンとはいえ、闇雲に言葉を紡ぐのは危険すぎる。

持たざる者である恭介がこの場のゴブリンを確実に説得できる方法は


(いや、一つだけある)


恭介は深呼吸をすると、ハッキリと目の前のゴブリンを見据えて言った。


「俺は、窃盗とゴブリンの守護者ドレークの信奉者だ」



そう言い放った瞬間、恭介の頭を何かが撫でるのを感じた。

同時に、頭の中にメッセージのようなものが浮かび上がってくる。


萩谷 恭介

Lv1

種族 ヒューマン

STR(筋力) 2

DEX(敏捷) 2

VIT(生命力) 5

INT(知力) 4

スキル 無し

備考 ミクトニアニの子でありながらドレークの加護を受けるもの



なんだこれは?

恭介が思ったのも束の間、ゴブリン達からは悲鳴とも似つかない叫びが上がった。


「グゴゴッ、馬鹿な!人間が、ドレークを信じるなんて!」「ゴガッ、そうだ!あり得ない!」「嘘にきまってる!」


恭介の言葉を聞いてゴブリンリーダーも当惑したようだった。

擁護したゴブリンは腕を組みながら「そういうこと、だろうと思っていた。ゴガッ」と満面の笑みで頷いている。

ここが分水嶺だ。恭介は畳みかける。


「どうしてないと言い切れる?俺はミクトニアニの子でありながらドレークの加護を受けるものだ」


とうとうこらえきれなくなったのか、木の上のゴブリンが矢を放った。

矢は鋭い音を立て、恭介の頬を掠める。

ツーと、赤い血が流れた。痛みと同時に、死の恐怖が湧き上がる。


「ゴガッ、もう我慢できん!」「殺せ!」「殺せ!」


ゴブリン達が鉈を振り回しこちらへ突撃してくる。

ダメだったか。これ以上何か言う気にもならない。

掠めた矢の痛みと張りつめていた緊張は、一介の高校生に対して生を諦めさせるのに十分すぎるものだった。

目を閉じて終焉を受け入れようとする……が、ゴブリンリーダーの怒声がゴブリン達の動きを止まらせた。


「グォガァ!止めろ!」


ゴブリンリーダーは怒気を込めた表情で周りのゴブリン達を見回す。

リーダーの後を継いで喋り出したのは、憤懣やるかたない顔をしていた、恭介を擁護したあのゴブリンだ。


「グゴッ、このニンゲンが、本当にドレークの、信奉者なら、ゴガッ、このニンゲンは、同胞だ」


「グゴッ、そうだ!同胞を殺すつもりか!」


ゴブリンリーダーはどうやら恭介を擁護する側に回ってくれるらしい。

頼もしい味方だが、それでも周りのゴブリン達は「そんなわけが、ない!」と抗議の声を上げる。

だが、次の一言で不満の声はピタリとやんだ。


「ゴガッ、このニンゲンを、主の下へ、連れていく」


ゴブリンリーダーがそう言い切ると、周りのゴブリン達は次々に「ゴガッ、そうだ、それがいい」と賛同し始めた。

言うが早いか、あっという間に恭介を取り囲むと、森の奥へと歩くように急かす。

なんとか首の皮一枚は繋がったようだ。

しかし、これから先待ち受けているもののことを思うと、喜ぶ気には到底なれなかった。





足が棒のようになるまで歩き続け、これ以上一歩も進めないという頃になってようやくゴブリン達の根城に辿り着く。

洞窟だ。その入り口は恭介が身をかがませなければ入れない程に小ぢんまりとしている。

無論、ゴブリン達は頭を下げたりせずとも悠々と入っていけるのだが。

内部は外からだと想像もつかない広さだ。

扉を開けると別世界に繋がっていたときのような感覚に陥る。

いやそんなことは一度だってないのだが。あくまで例えの話だ。

だが、本来なら鏡の国のアリス的なメルヘンな展開も、周囲がゴブリンしかいないとなると途端にダークファンタジーにしか思えないというものだ。

光を絶やさないよう、至るところで松明が燃えている。

恭介は思わず鼻をつまんだ。

今まで嗅いだこともない激烈な悪臭だ。ここまで臭うのか。

息をするだけで毒を吸い込んでいる気分だ。

こんなところでケガでもしたら破傷風になることは間違いないな。


ゴブリン達に急き立てられ、奥へと進む。

主――ゴブリンロード――は洞窟が盛り上がった中央部分、天然の玉座の上に胡坐をかいていた。


ゴブリンリーダーが前に出て片膝をつく。


「グゴッ、我らの主に、お願いしたい、ことがあります」


ゴブリンロードは閉じていた眼をゆっくりと開く。


「申してみよ」


「ゴガッ、ドレークの、信奉者を名乗る、ニンゲンを、連れてきました」


「なんだと?」


立ち上がり、恭介を視認する。

身長は恭介よりも未だ頭1つ分小さいが、それでも周りのゴブリンよりは随分大きい。

両腕にはブレスレットをはめ、銀色の甲冑に体を包んでいる。

筋骨隆々とした体つきをしており、その威圧感は並のゴブリンとは比較にならない。


「貴様がドレークの信奉者というのは本当か?」


ゴブリンロードの話し方には、他のゴブリンのような独特の吃音がない。

流暢に言葉を操っている。


「そうだ、賢しい種族の偉大なる王よ」


「ふむ……。もしそれが本当であれば、我らは貴様を歓迎しよう。だが、どうやって証明するのだ?

ニンゲンは生まれついたときからその母親とミクトニアニの子となる。ドレークの信奉者にはなれんはずだ」


ゴブリンの敵ではないことを示すため、恭介はでまかせをでっち上げた。

結果として、どうやらドレークの加護を受けたことになったようなのだが。

しかし、それも結局は証明しなければいけないことなのだ。

証明の螺旋は彼らが納得するまでとぐろを巻き続けるのだろう。


「俺はあなた達を賢しい種族であり、共にドレークに使える頼もしい同胞だと思っている。それではいけないのか?」


「グゴッ、そうです、主よ。このニンゲンは、我らを賢しく、偉大だと、言っています」


そう言ったのは先ほども恭介を擁護したゴブリンだ。

それを聞いて、周りのゴブリン達も口々に「ゴガッ、確かに」「ニンゲンだが、悪くない」「歓迎しよう!」と言い出した。

お気楽なものだ。さっきはあれだけ殺そうとしたくせに。

だが、この展開は悪くない。どうやら良い風が吹いてきたみたいだぞ。


「もし貴様がドレークの信奉者だというのなら、貴様にはドレークの加護があるはずだ」


ドレークの加護だと?なんだよそれ。

大体、ドレークというのがどこのどちらさんなのかすら知らないんだ。

螺旋はまだ続いているらしい。恭介は内心で毒づいた。


「生憎手持ちがないんだが、どうすればそれを示すことが出来る?教えてくれ、聡明なゴブリンの王よ」


「簡単なことだ。これをつけてみろ。ドレークの加護を受けているなら効果があるはずだ」


ゴブリンロードはそういうと左腕にはめているブレスレットを外し、俺に手渡した。

綺麗な藍色のブレスレットだ。ずっしりと重い。

ゆらめく火の明かりに照らされて、神秘的に輝いている。

言われた通り腕にはめる。すると、脳内にまたメッセージのようなものが浮かび上がってきた。


萩谷 恭介

Lv1

種族 ヒューマン

STR(筋力) 2+5

DEX(敏捷) 2+5

VIT(生命力) 5+5

INT(知力) 4+3

スキル 無し

備考 ミクトニアニの子でありながらドレークの加護を受けるもの


フッと体が軽くなる。

今までの自分は不自由という名の獄屋に閉じ込められていたのだろうか。

体中に満ちる全能感。今ならここにいるゴブリンを相手にしても余裕で戦えそうだ。

知力も上昇しているが頭がキレるようになったという感覚はない。

だが、そんなのは些末なことだろう。


「凄い……。自分が自分じゃないみたいだ」


「何が変わった?」


「体中が軽くなった。ブレスレットをつけただけで、こんな変わるなんて」


「そうか。ならば貴様も共にドレークに仕えるものであるということだ。歓迎しよう。ニンゲンには少し窮屈な場所かもしれんが、気楽にしてくれ」


ゴブリンロードが手を差し出してくる。

恭介が握手に応えると、周りのゴブリン達が歓声を上げた。


「グゴゴッ、ニンゲンの、同胞だ!」「共に、ドレークに、仕えるもの!」「グゴゴッ、ゴブリンロードと、ニンゲンに、万歳!」


そこから先は早かった。

ゴブリン達に担ぎ上げられ、宴会の席へと連れていかれる。

ゴブリンロードが招集をかけたせいで、洞窟中のゴブリンというゴブリンが集まってきた。

全員醜悪な顔をさらに歪ませて(笑っているのだとは思うがどうにも慣れない)、恭介を歓迎してくれた。

ざっと見渡しただけでも200匹近くいる。

ゴブリン達の食事が口にあうのかと一瞬心配したが、すぐに杞憂だと分かった。

澄んだ水に果実。山菜と、じっくりと火を通した豚の肉。

どうやら食習慣は人間とほとんど変わらないらしい。

味も悪くない。むしろご馳走と言えるレベルだ。

果実は甘く、肉も臭みこそあるものの柔らかく美味い。

腹が減っていた恭介は詰め込めるだけ詰めこんだ。

ここまで食べたのは間違いなく生まれて初めてだ。

洞窟内の異臭は相変わらずのままだったが、ブレスレットをつけてからはそこまで気にならなくなった。

豪快な食いっぷりにゴブリン達が陽気に笑う。つられて恭介も笑った。

なんだ、ゴブリンだって人間とあまり変わらないんじゃないか。




お祭り騒ぎのような食事の後、恭介はゴブリンロードと二人きりで洞窟の中央に来た。

ちなみにブレスレットはこのままつけておいていいらしい。

曰く、「ニンゲンがドレークの信奉者になるなど、我らの同胞になるなど聞いたことがない。今日はめでたい日だ」とのことだそうだ。


「キョースケよ。これからお前には俺とともにゴブリンの指揮をとってもらうことになる」


ゴブリンロードが言うには、これから恭介にはゴブリンロードの片腕となってもらいたいらしい。

ゴブリンは普通スリーマンセルで動く。

そんな彼らの警備ルートや狩りの手順、冒険者たちと戦うときの動き方に関して、人間である恭介の知恵を借りたいそうだ。

片腕とは言っても種族が違う以上、明確な上下関係に組み込まれるわけでもないとのこと。

一時は殺す殺さないの瀬戸際だったのに、いきなり大抜擢だな。


「今日会ったばかりの奴にそんなことを言っていいのか?それも人間に」


「構わん。我らは敵には容赦しないが、同胞は手厚く迎え入れる」


一瞬、ころ合いを見計らって裏切り、街へ戻ろうかという考えが頭をよぎる。

街で受注したゴブリンの討伐依頼はまだ有効だろう。

あの受注書はゴブリンと出会ってからすぐ、万一の事態に備えて地面の中に埋めている。

いざとなれば見つけ出せるはずだ。

そんな邪な思い付きは、しかしすぐに棄却された。

大体、恭介は既にゴブリン達の陽気さを知ってしまっている。

今更敵対する気にもなれなかった。


「そうか。……分かった。俺はこれからあなたと共に戦おう。小さいが賢しい種族の偉大なる王よ」


ゴブリンロードと再び握手を交わす。

ゴブリンと共闘するなんて聞いたら、この世界の人間はなんと思うだろうか。

討伐対象に指定しているくらいだ。きっとあの街の冒険者たちと殺しあうこともあるに違いない。

だが知ったことか。俺は元々この世界の人間じゃないんだ。

勝手に連れてきやがって。好きにやらせてもらうさ。

そう内心で呟く恭介の中には、ゴブリン達に対する奇妙な仲間意識が芽生え始めていた。





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