嘘
その女性には、ずっと好きな人がいた。
「久しぶり、亮介」
「久しぶり、愛梨。何年ぶりだっけ」
「亮介がこの町を出たのが大学二年の時だから、もう五年になるかな」
セミロングの茶色い毛を川風に揺らしながら、愛梨という女性は友との再会を喜んだ。向かいに立つ亮介と呼ばれた若い黒髪の青年は、随分と大人びた印象の幼馴染を見て少し照れている様子だ。
「どう、そっちは。仕事は順調?」
愛梨の質問に亮介は、夕日に照らされ朱に染まる川を眺めつつ、淡々と答えた。
「そこそこだよ。毎日怒られてるけど、少しずつ評価もされてきた」
「そう。よかったね」
「愛梨は? 保育士になるって夢、叶ったんだろ」
問い返された愛梨は頷く。
「毎日大変だよ。でもまぁ、なんとかやってる」
「そっか。俺が町を出るって言った時、お前すごくショック受けてたから大丈夫かなと思ったけど、元気そうで何より」
亮介は笑った。愛梨も、口角を少しだけ持ち上げる。しかし瞳には、途方もない悲しみが宿っていた。
「結婚するんだってね」
愛梨の声に、感情はない。
「誰から聞いたんだよそれ」
「秘密」
亮介は頭を掻きながら、しかし小さく首肯した。
「まだ日にちとかは決めてないけど、挨拶は済ませた。お互い、もう少し仕事が安定したら藉も入れるつもり」
「よかった。亮介みたいなやつでも拾ってくれる人がいて」
愛梨は努めて明るく言う。その言葉が同時に、彼女の心に突き刺さった。
「はぁ? うっせーな。余計なお世話だ! お前こそそんなんだと行き遅れるぞー」
「べつにあんたに心配されなくても平気ですー」
その時愛梨は、わざと胸に垂らしたペンダントをちらつかせた。指輪をチェーンに通しただけの簡易な作り。しかし亮介はそれを見て、何かを察したようだった。
「なんだ、お前もいんじゃん。安心したよ」
愛梨は、空を見上げた。込み上げるものを懸命に堪えるために。これは決して、ばれてはいけない。
「あんたに心配される筋合い、ない」
「いやー、これで俺もなんの憂いもなく帰れるよ」
「もう行くの」
亮介は河原を歩く。愛梨は追いかけない。
「明日から仕事なんだ。ゆっくりしてけなくてごめん。またいつか」
「さようなら」
愛梨は、亮介の背が見えなくなるまでじっと睨みつけていた。
「バカ。帰るってなによ。ここがあんたの、帰る場所でしょうが」
小さく小さく吐き捨てて、首に下げたペンダントを引きちぎり川に向かって思い切り投げる。
もう彼女の、堰となるものはなにもない。
足元の草が、ピンと水を弾いた。
久しぶりの更新になりますこちらのシリーズ。四作目ですね。ある曲を聴いたら、そのイメージで書かねばと言う気持ちになり一気に打ち込みました。
それでは、また。
2016年 5月16日(月) 春風 優華