溢れる涙
投薬治療が続いていたKさん。
ある夜、Kさんが
『暇だ。』
とメールしてきたので、僕は
「オリンピックでも見なさい。」
と返事をしました。
ロンドンオリンピックがあった年でした。もうだいぶ昔のように思えます。
僕たちは、
「今の柔道の判定、おかしくない?」
とか、
『日本、勝った!』
とメールでやり取りしていました。
二人離れてはいましたが、僕は好きな人と一緒に同じ時間を過ごしている幸せな気持ちになれて、楽しかったです。
そして、お盆休みを過ぎた頃、僕は
「体調どう?」
とメールをすると、
『お盆の間、外泊許可が出て家に帰ろうとしたけど、途中で足が痛くなって救急車でまた戻ってきた。』
とKさんから返事がありました。
僕は驚きました。大丈夫か聞くと、今はもう病室に着いて落ち着いたとのことでした。
外泊のことを言ってくれなかったのは彼らしいといえばそうなんですが、途中に立ち寄ったコンビニで無理をして足が痛くなったとのこと。
久しぶりに外に出て気持ちも晴れやかになって、いろいろ欲しい物や買いたい物があったのでしょうね。
そして、それから2か月ほど経った十月下旬の土曜日。
僕は前のお見舞いからは一か月振りくらいで、いつも通りに病院へ向かいました。
ここ数日間、Kさんにメールをしても返事が返ってこなかったので少し心配していました。
病院に着くと、Kさんの病室の扉は少し開いたままになっていました。僕は静かに扉を開けて中へ入りました。いつもよりも薄暗い部屋の中には見知らぬ男性がいました。
Kさんのお父さんでした。
僕は、とっさにただならぬ雰囲気を感じました。
心電図の線を体につけて、ベッドの上に座り少し屈んだ姿勢で向こう側を向いて、お父さんに背中をさすられているKさん。
ピッ…、ピッ…、と一定のリズムで機械の音が鳴っていました。
彼は僕の気配に気づき、こっちを振り向きました。
そして、小さな声で、
『最悪…。』
と言いました。
彼の病状が最悪だと教えてくれたのか、僕にそれを見られたことが最悪だったのか、わかりません。
とても苦しそうでした。
僕は愕然として、その場に立ち尽くしました。
背中をさすられていたKさん。Kさんが少し落ち着いた頃、お父さんは廊下に出られました。僕も後について廊下に出ました。
お父さんから聞いたところ、ここ数日でKさんの体調が急変して、看護師だけでは診きれないので一日中両親が付き添っていること。
命が危険な状態になっていること。
お父さんは、泣きながらそう教えてくれました。
病室に戻って、お父さんが
「吐きたいんか?」
と言ってKさんの背中をさすりました。
その時、Kさんが振り返って、僕にこう言いました。
『僕は死にましぇん。僕は死にましぇん。』
有名なドラマのワンシーンのセリフでした。
とても辛い状態だったと思うのに、僕にいらない心配をかけたくないという気持ちなのか、いつものようにおどけてみせてくれた彼の姿に、僕は涙が溢れてきました。