そっと、ギュッと
Kさんが病室で見せた、哀しそうで寂しそうな表情。
僕は家に帰ってから、その様子を思い出していろいろ考えていました。
何か月も病院に入院する寂しさ。
今までのような生活ができないもどかしさ。
体の痛みに耐える辛さ。
痩せたり、髪の毛が薄くなる悲しさ。
美味しいもの、食べたいものが好きなだけ食べられない歯がゆさ。
自分の体への不安や、将来、車椅子生活になるかもしれないと聞いていたことへの不安。
僕は、たまにメールをしたり、月一回ほどのお見舞いに行っていたにも関わらず、彼のそういう気持ちにどれだけ応えられていたのか…。自問自答しました。僕は、彼の寂しさや不安に、全く心を寄せてあげられていなかったと気付きました。
お見舞いには来なくていいとメールをしてきた彼が、同僚を通じて来て欲しいと言ったり、僕に『いつ来ますか?』とメールしてきたり、携帯電話で僕の写真を撮ったりしたこと。
彼なりの精一杯の表現だったのだと思います。あまのじゃくで、照れ屋で、いじらしい性格の、あのKさんが。
でも、僕はお見舞いに行っても、いつも会社の話や仕事の話。
早く体をぷにぷにしたいとか、一緒にお風呂に入りたいとかしか考えておらず、彼の体や病気を上辺では心配していたつもりでしたが、本当に心配してはいませんでした。
他の同僚よりお見舞いに行っている回数が多いとか、彼とメールをしているとか、そういうことで意味のない優越感に浸っていたのかもしれません。
僕は、自分自身に愕然としました。彼に謝りたい気持ちでした。
次にお見舞いに行った時、僕は決意しました。
彼の不安な気持ちに、僕なりに応えてあげようと。
僕は勇気を出して、ベッドの上に腰かけているKさんの傍に近づき、彼の手を僕の両手で掴み、心を込めてギュッとしてあげました。
次に、痛みが出ないように、座っているKさんの体を軽くそっと抱きしめてあげました。
Kさんは、右手を顔の前に持ってきて、
『うぅ~。』
と、泣く仕草をしました。
たぶん、今までいろんな辛いことがあったのだと思います。手術も何時間もかかると聞いていたし、痛みがひどいと夜も眠れないことがあったと思います。
そう言えば、たまに、
『眠れない。』
と一言、僕にメールをすることも何度かありました。その時も、僕はそれほど重くその言葉を受け止めていませんでした。
僕には、Kさんの代わりに痛みを引き受けることもできない。手術を受けることもできない。
僕にできることとしたら、こうやって励ましたり、一緒に不安を分かち合うことくらい。
まだ僕にも照れくさいものがありましたが、少し彼の気持ちに近付けたことが嬉しく、これからは彼に対して今までよりも優しい気持ちになれそうに思えた瞬間でした。