蕎麦
Kさんは、いろいろな知識や雑学にも詳しい僕の兄のようで、世話の掛かる弟のようで、もちろん、大好きな恋人のようで、不思議な存在でした。
手紙を渡してから数日後、僕はまたお見舞いに行きました。
Kさんは、
『手紙、母親に見られた。』
と僕に言いました。
「お母さん、どんな感じだった?」
僕が聞くと、
『なんか、微妙な感じだった。』
「そっか~。」
僕は、手紙をご両親に見られるのは覚悟していましたし、見られてもいいと思って彼に渡しました。
愛してるとか、触れていたいと書いていたので、お母さんは、あれ?と思われたかもしれません。
でも、手紙には僕の心からの気持ちを書いたつもりだし、僕が毎日のようにお見舞いに来ていることもご存じだし、もし聞かれたら、正直に恐れずに言うだけだと思っていました。
しばらくして、お母さんが来られて僕は挨拶しました。
お母さんの僕やKさんへの態度は、いつも通りに見えました。少し構えていた僕は、やや肩透かしを食ったような感じでした。
Kさんは、口の中が化膿して痛みがあって、汁物を食べると沁みるということでした。
その日の夕食は蕎麦でした。
『これなら食べられそう。』
そのようにKさんが言いました。
ベッドに寝て少し体を起こしていたKさんですが、汁物は一人ではうまく食べられないため、お母さんと僕は箸やフォークを使って、口に蕎麦を運んで食べさせました。
僕が運んでいく蕎麦に合わせて、彼が口を開いて食べてくれる。そんなことに、僕はささやかな幸せを感じていました。
お母さんは、僕のKさんへの気持ちに多少は気付かれていたと思いますが、そういう話は全くされませんでした。
ただ、僕が帰ろうとしたら、ほらほらとお母さんに促されて、
『ヒロピーさん、いつもありがとう。』
と、Kさんが僕に言いました。
彼が感謝の言葉を言うのはかなり珍しいので僕は少し驚きましたが、僕は笑顔で二人に挨拶して帰りました。お母さんからの気持ちもなんとなく伝わってきました。嬉しかったです。




