第6話:人殺しと殺し屋は違う
俺の自室は今、机が四つある。
一つは俺の机、残る三つは女共の机だ。
配置としては小学校の教師と生徒が向かい合うような形にしている。
当然、教師は俺で生徒は女共だ。
マリアに副担任あるいは助手として隣に立ってもらっている。
何故、わざわざこんな形にしてもらったかというとまずは形からいこうというやつだ。
俺は教壇で密かに作って置いたハリセンを叩いてガンとばしてやる。
「よし、てめえ等にはこれから殺し屋を目指す上で色々と勉強してもらう。まずは基礎編っていうやつだな…」
三人娘、いや、サインを除く二人の小娘共の唾を飲み込む音が聞こえてくる。
サインは相変わらず動揺しねえな。
まあいい、とりあえず講義を進めるとしよう。
「いいか、殺し屋と人殺しは違う。人殺しは結果として出来上がる偶然の産物だ。けど、殺し屋は必然でなければいけねえ。確かな技術と緻密な計画に基づいて標的を始末していく。これこそが殺しのプロだ!てめえ等が目指すものはそういう類のもんだ。人殺しのようなガキのお遣いじゃねえことを覚えておけ!」
俺はマリアに用意してもらった黒板代わりの板に人の図を書いていく。
さらに身体に心臓や脳といった内臓も描いてみせる。
「おっし、まずはコサイン。何処が人の急所になるか言ってみろ」
俺はハリセンをツインテイルのコサインに向けて名指す。
「心臓と頭でしょ。そんなの子供でも分かることよ」
コサインは相変わらず文句垂れるような口調だな。
俺は無言で近づいてコサインの頭をハリセンでぶっ叩く。
コサインの頭にスパーンと小気味の良い音を響いてきやがった。
このハリセンはおもいっきり叩いても怪我させることもねえし、何よりもこの小気味の良い音が俺のストレスを発散させてくれるから便利だぜ。
それにしても何故ハリセンというギャグみたいなお仕置きにしたかというとスティグマは強烈過ぎるお仕置きだからだ。
反抗する度に一々発動させて藻掻き苦しんでもらったら訓練が滞ってしまうからな。
スティグマは飽くまで切り札のお仕置きとして控えることにするつもりだ。
「な、何するのよ!」
「黙らっしゃい!てめえが生意気な口を叩いたからだ!それに子供でも分かることだと?馬鹿野郎!てめえ等が目指す殺し屋は子供でも分かることしか知らねってのか?」
「だったら何だって言うのよ!」
俺はやれやれと肩をすくみながらも黒板に書いている人体図にハリセンを指してやる。
「ここに描いている袋みてえな物がある場所全部がそうだ。確かにコサインの言う通り、頭にある脳と心臓は急所であることに間違いねえ。そして、何故この二つが急所として有名なのかはナイフとかで一突きしてやれば、即死するからだ」
「あの…いいでしょうか?」
タンジェントがおどおどと質問しようと声を出してくる。
臆病な感じだが、好奇心はどうやらあるようだな。
好奇心の有る奴はよく伸びるってもんだ。
「質問を許す。何だ?タンジェント」
「他の場所は即死ではないとすれば、死ぬのに時間がかかるということなのでしょうか?」
「良い質問だ。いいか、ここに書いてある袋はどれもが大量の血が集まっているもんだ。人間は全身に血が流れていることによって身体を維持しているもんだからな。そして、身体にある血の三割ほどが無くなれば死に至ってしまう」
「そこが傷つけば、血が沢山流れてしまうわけなの?」
コサインが割り込むように質問してきやがった。
むかつくが一々お仕置きしていたら講義が進まんからスルーしておいてやるか…。
「その通りだ、コサイン。大量出血すればあっという間に三割の血を失って死に至る。だけど、死ぬには少し時間がかかってしまう。だからこそ手っ取り早くぶっ殺すために心臓と脳を狙うわけだ」
多分、これくらいのことは何となく分かっているのだろうが、プロは「何となく」では駄目だ。
基盤となる確かな知識を持っていて、それを理解した上で仕事しないとプロとは言えん。
それにいざというときには応用力が発揮できなくなる。
「何となく」で仕事を成り立たせる奴は天才だろう。
だが、俺が育てる殺し屋に天才はいらない。
俺が求めているのは地味で堅実に黙って人を殺せる殺し屋。
ソロだろうが、チームだろうが任務を黙ってきっちりこなす仕事人が俺の理想だ。
俺はハリセンで黒板を叩いて小気味良い音を小娘共に聴かせていく。
「まずは腎臓、小便を作るための内臓だ。そして、これが肝臓、身体の中の毒素を解毒する作用がある内蔵だ。それと二つ同じもんがあるのが肺、呼吸するために必要なもんだな。このいずれもが傷つけば多量出血間違いなしの致命傷に陥ってしまうわけだ。それと上手くぶっ刺してやれば脳や心臓のように声を上げることもなく即死させることも可能となる。いいか!今俺が喋ってることをてめえ等の机に置いてる紙にちゃんと書き写しておけよ。今度試験をするからな」
「早く言ってよ!それを!」
また、コサインが文句垂れてきやがっているな…。
「あの…後で私が見せてあげるから…」
タンジェントは癇癪を起こすコサインを必死に宥めている。
この三人をチームとするならタンジェントをリーダーにすべきだろうかねえ。
それにしても面白くないのはサインだ。
サインは言わずとも黙々と俺の言ったことをメモしてやがる。
スティグマの件といい、この女はほとんど動揺する面を見せてこねえ。
「マリア」
「はい、ガルム様」
「サインの背景について洗ってこい」
「畏まりました」
サインについてはマリアに調べてもらうとするか…。
「それと肺はぶっ刺すと呼吸困難に陥るから悲鳴を上げさせないためには効果的だな。悲鳴を上げさせずに標的が気づかない内に始末するのが暗殺の匠の技っていうもんだ」
とりあえず、こいつ等には徹底的にガリ勉してもらおうか…。
そんでもっていずれは実践編で実技テストもやらせてやるぜ…。
………。