第20話:汝の敵を愛せよ
サインがふらつきながらも俺に近づこうとしてきている。
何て言うか、追い詰められた犯人に対して「危害を加えたりしない!約束する!」なんて嘘丸出しの説得をするネゴシエーターのようだな。
まあ、俺はどんな熱狂的かつ狂信的な布教者に逢おうと宗旨替えなんてしねえし、更正なんて世界が滅亡しても有り得ねえよ。
さてと、藤崎詩織なんて目じゃねえ程の超絶鉄壁ヒロイン?であるこの俺をサインはどう堕とすつもりなのかねえ…。
「貴方は何故、本当の自分を晒さないの?」
ほほう、“本当の自分”という所から攻めてきたわけか。
俺のピアノを聞いて、いつもと違う俺を見たことで生じた決定的な疑問だよな。
「本当の自分とか言ったな、サイン。だったら、俺の本当の自分って一体何なのか分かるのか?」
質問を質問で返してやった。
てめえには絶対に理解出来ねえ領域だろうよ。
俺は既に1度目の人生を終焉させて、2度目の人生を謳歌してるなんて余りにも馬鹿馬鹿しい真実だからな。
立場を変えて、そんな戯言をほざく輩がいたら即刻“あの場所”へと強制送還ものだぜ。
「それは分からない。けど、何かを狂おしいほどに渇望しているのは分かる。望んでも決して得ることが出来ない何かを…」
「なるほど、さすがは英雄の妹というだけあって大した洞察力じゃねえかよ。けど、飽くまでそれは“何となく”の領域を出ねえもんだ。その程度は感受性豊かなガキでも辿りつけるだろうよ。てめえはガキなのか?大人なら大人らしく理路整然として答えを導きだしやがれや…」
俺とサインの間に心地よいような沈黙が流れてきてる。
別に銃や刃物で構え合ってるわけでもねえのに西部劇で早撃ちする寸前のような緊張感を漂わせてやがるぜ。
そうか、これは俺とサインの決闘による張りつめた空気が流れてるんだ。
「くっくっくっ…」
そんでもって俺はこの緊迫した空気を楽しんでいるわけだ。
さあ、次はどう答える、サイン…。
「姉さんは言っていた。言葉よりも音楽は悠然と感情を語りかけるものだと…。初めて聴く音楽だけど、六歳児が弾くような分かりやすい曲ではなかった。そして、悲しくも憧れを抱いたような旋律。私もまたピアノは嗜み程度には習っている。だから、分かる。貴方の本当の自分が垣間見えたことを…」
「言ったはずだぜ。それは“何となく”だ。だから、理路整然と…」
「感情を理路整然と語るのは不可能、これは私の経験に基づいたカン。私はそのカンを頼りにして戦場を生き抜いてた。だから、今回も私のカンを信じる」
戦場で培ってきた確かなる信頼性が伴ったカンを“何となく”なんて流すことは確かに出来ねえわな…。
ここまでは及第点をくれてやるぜ、サイン。
「なるほど、戦場で培ったカン、いや、洞察力と言うべきなのか。確かに“何となく”じゃあ片づかねえよな。で?それがどうしたんだよ?」
だが、飽くまでてめえはスタートラインに辛うじて立てたに過ぎねえ。
ここから先は俺のワンサイドゲームだぜ。
「俺の“本当の自分”を見つけたからどうした?今の俺は偽物だから入れ変われってか?はははははっ!だったらそれは無理なご相談ってやつだぜ!どっちもこれ以上に無いほどにガルム・サザーランドなんだよ!」
ただ、俺の内面を見たからって何が出来るっていうのかねえ。
専門家ってのはな、原因を見つけてその後にどう対処出来るかなんだよ。
原因を見つけるだけだったら専門書を多少かじった程度の素人でも可能だぜ。
「別にどうもしない。私はただ貴方のことが知りたかっただけ…もし、貴方を変えたいと思うのだったら、貴方の全てを受け容れ、認めた上でやるべきこと…」
「くっくっくっ…俺の全てを受け容れて、認めるだと?寝言は寝て言うもんだぜ、サインちゃんよ…」
こいつは俺がさっきまで何してたかを知っての上で言ってきてるのなら多少認めてやらんでもねえが、無理っしょ。
鼻歌交じりにエリスを解体していたさっきまで俺を思い出して笑みを浮かべる。
こんな俺が許されるとしたら死刑制度が廃止された国でもねえ限り無理っていうもんだ。
ノーベル平和賞のマザー・テレサでさえも俺の所行を知れば便所虫ぐれえに嫌ってくるに違いないぜ。
「貴方が何を考えているのかは大体分かる…けど、それで貴方に対する姿勢を変えるつもりはない」
「ご立派なこった。だったら、俺が今後てめえの同僚を派手にぶっ殺しても変わらねえのかよ…」
「肯定する。私は元軍人、命令とあれば女子供も殺してきた。親しい友人すらも敵になれば殺してきた。そんな私が貴方の所行で変わることはありえない。いいえ、そんな資格は私には無い」
このアマ、自分の境遇を俺と重ね合わせてやがるわけか…。
所詮、俺のやってることは軍人であるてめえの行いと変わらねえとほざきやがるのかよ…。
「何度も言わせるな!俺はてめえとは違う!てめえは命令でやってるんだろうけど、俺は俺の意志でやってるんだ!流れるままにやってるてめえと一緒くたにされたと思うと吐き気がするぜ!」
「確かに命令を与えられたから行った。けど、行うのは私の意志。私は私の意志で任務を遂行した。だっから、私は貴方の全てを受け容れ、認めた上で言うわ。間違っていると…」
「てめえの物差しで俺の善し悪しを決めてるんじゃあねえよ!だったら何だ?俺が間違ってると言うなら正してくれるわけか?毎日有り難いお説教をくれるってのかよ?」
「私が貴方を愛してみせる」
返す言葉を失うどころか一瞬身体がくらっときやがってしまった。
魂を抜き取るスタンド使いとギャンブルしてたら確実にコインに変えられていたかもしれねえな。
それにしても“汝の敵を愛せよ”ってか…。
無口系、狂信者、シスコンの次は聖女様の真似事とは、どこまでてめえは属性を増やせば気が済むんだよ。
今までの所行の中で俺は何処でサインにフラグを立てちまったんだろうかねえ?
「正気か?てめえは…」
「私は何時だって正気…貴方は正気では無いの?」
「さあ、どうだろうかねえ…」
俺が正気かどうかなんて、そんなことは俺自身が知りてえぐれえだ。
とりあえず、サインはなんちゃってシスター・サインもしくはマザー・サインとなって俺を愛してくれるらしいな。
ていうか一番不味いイベントを発生しちまったじゃねえかよ。
これはもう“弱者”なんて生易しい立場の域をとっくの昔に越えちまいやがってるぜ。
だが、予定通りマリアの部隊から“弱者”を引き抜いてサインのアキレス腱になってもらうことには変わりねえ。
何としてもサインの愛の矛先を反らさねえと本気で逆調教されかねないぜ。
いっそのことサインをぶっ殺せば早いんだろうが、そんなことは俺のプライドが断じて許さねえよ。
俺の暗殺者育成士の腕前が三流であることを思い知らされることが我慢ならねえからな。
「ガルム…」
「何だ?」
「ピアノを聴かせて…」
このアマが…。
「てめえの悲鳴でも聴いてろ!」
「あぐぅうううっ!」
俺はスティグマをサインにぶちかまして部屋を後にした。
またしてもサインのお陰で二度寝すらも出来なくなっちまいやがったぜ。
何処までも忌々しい女だ、サイン…。
………。