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第19話:音楽は口よりも雄弁に感情を語る

ストレス解消してスッキリしたとこで…。


「っと、その前にシャワーを浴びねえといけねえぜ…」


身体が血でびしょびしょになっちまってたな。


………。


……。


…。


風呂は命の洗濯とはよく言ったものだな。


今の俺にはガチで当てはまる言葉だぜ。


俺の身体にはまだエリスの匂いが呪いのように染みついてる。


何となく「血の伯爵夫人」て呼ばれたエリーザベトを連想しちまう。


エリーザベトはどういう気持ちで女共を虐殺していったのか?


やっぱ俺みてえに悲鳴を聞いたり血を見たいだけの変態だったのかねえ。


まあ、死者がどう思ってたかは生者が自己解釈するしか術がねえってもんだ。


エリスのお陰ですっかり血の池地獄の風呂になっちまった浴室から出て、ガウンを羽織る。


さてと、ピアノレッスンの時間だ。


………。


……。


…。


ピアノが設置された部屋に足を運んでエアタバコを吸いながらピアノを見る。


学校の階段を思い出すような年季が入った古びたピアノ。


如何にも「エリーゼのために」が勝手に弾かれるんじゃねえかと思うほどだ。


血に塗れた俺に相応しいとも言うべき名器ってやつだな。


俺は椅子に座ってピアノの調律をしていく。


ピアノはヤクザ時代から欠かさず弾き続けてる。


「何故?」と聞かれても「何となく」としか答えらねえよ。


転生した今も何かに駆られるようにピアノを弾いている。


糞オヤジやリディア、マリアにも聴かれねえようにひっそりとな。


ピアノを弾いてるとふと感じられることはある。


それは“違う自分”になれることだ。


“違う自分”とは何なのかは俺自身でも分からねえ。


………。


『お母さんは※※さんのピアノを聞いていると幸せになられるわ』


………。


脳内に耳障りな女の声が呪いのように響いてくる。


「ちっ!忌々しい…」


いや、分かりたくないと言うべきなのか…。


だから、俺は一人でピアノを弾いてる。


誰にも“違う自分”を見させねえために…。


曲目はヨハネス・ブラームス作曲の作品番号117番「三つの間奏曲」


習い事で大抵の奴はベートーベンやショパンを選んでた中で俺だけはブラームスを選んだ。


子供が選ぶような曲じゃねえことから可愛げがねえと言われたが、俺は頑として変えなかった。


お袋も何度も俺に他のガキ共のようにベートーベンやショパンを口うるさく勧めてきやがったけえな。


ブラームスは頑固で堅苦しい作風が特徴の作曲家だ。


そんなブラームスが死ぬ五年前に生み出した晩年の傑作の一つが「三つの間奏曲」


俺はこの曲が大好きだ。


晩年の作品は頑固オヤジのブラームスが死を感じ始めたのか、儚く物悲しい作風になっちまってる。


どうしようもなく悲しく、どうしようもなく死の予感を感じさせてくれるメロディーに俺は溜まらなく惹かれたんだ。


「死は救いなり。生は罰なり」


俺は鍵盤に手を置き、ブラームスを奏でていった。


堅固な聞き苦しいはずのブラームスが解放されたかのような穏やかに満ちたメロディーが響き渡る。


まさに自己陶酔したナルシスト野郎だな、俺は…。


死こそが究極の民主主義。


死こそが完全なる平等。


死こそが…。


「綺麗な音色…けど…悲しい響き…」


「誰だ!」


ピアノの不協和音が響かせる。


この俺の聖域に土足で入りやがった糞野郎の姿を確認して不覚ながらも大口を開けて固まっちまった。


「何でてめえがいやがる!」


一番見られたくねえ奴に…。


「サイン!」


見られてしまったじゃねえか!


昆虫のような冷てえ目を見せて幽霊のように佇んでいやがるサイン。


黒子擬き共は何やってたんだ?


「くっくっくっ…」


そういやあ、サインが接近してることにとんと気づかなかったけえな。


もし、サインがその気だったら俺はもう既に二度目の死を迎えていたわけだ。


こいつは愉快痛快だぜ!


「はははははっ!」


本当にサインはお目出度くも俺のことを弱者として見て、守ろうとしてるわけだったってことだ。


たくっ、てめえはコメディアンの才能があるんじゃねえのか?


ここまで大受けしたのは久しぶりだぜ!


「何が可笑しいの?」


「てめえの馬鹿さ加減に笑えたんだよ。それよりも何故てめえはここにいる?」


大方サザーランド家の内情を調べてたんだろうが、敢えて質問してやった。


サザーランド家の家風というよりは糞オヤジの方針で基本奴隷共には自由行動を与えている。


奴隷如きが何しようともサザーランドもしくはヴァルハラは揺るがねえということで捨て置いてるんだろ。


「美女美少女は押さえつけてると魅力が枯れる」とは糞オヤジの迷言だ。


「私は必ず姉の意志を継いでヴァルハラを打倒する…」


「ほほう、何故そんなことを俺に話すんだ?俺はてめえの姉を殺した家の嫡男だぜ」


俺はサインの告白に笑って答えたが、内心では汗だくだくになっちまう。


こいつは“俺がこれからやろうとしてること”に気づいてるのか?


その上で俺を弱者として守ろうとしてるわけだとしたら厄介極まるかもしれねえな。


「貴方は弱者…誰よりも恐ろしい弱者…私と同じ…」


「てめえと一緒にするんじゃねえよ!」


「あぐぅううううっ!」


俺はスティグマを発動させてサインを伸してやった。


サインが俺と同じだと?


馬鹿も休み休み言えってんだ!


苦しげに喘ぎながらも静謐な瞳で一片も反らさずに俺を見つめてくるサイン。


マジでどうしようもねえ程に俺を苛つかせる女だ!


俺はサインの腹を蹴りを入れていく。


何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も以下無限大に!


「俺はてめえとは違う!酒よりも血が好物で歌よりも悲鳴が大好物で遊ぶよりも殺すことが大好きな逝かれて壊れて狂ってる人間!それがガルム・サザーランドっていう生き物だ!」


「うぐっ…」


サインは苦痛に満ちた顔をしながらそれでも俺から目を反らそうとしねえ。


それに俺はさらにむかついて何度も蹴りを入れてやる。


………。


……。


…。


「はぁ…はぁ…はぁ…」


何度も蹴りつけたのにサインはびくともしねえ。


椅子で担いで殴ってやりてえところだが、非力な六歳児には無理ってもんだ。


忌々しい限りだが、サインの言う通り俺は確かに弱者ってやつなのかと思い知らされっちまう。


こんなことなら果物ナイフを常時携帯しとくんだったぜ。


「聴かせて…」


「何?」


「本当の…貴方の…旋律を…」


このアマ、俺の中にある“違う自分”を見たというのか…。


誰にも見せたことがねえ“違う自分”をよりにもよってこのアマに…。


それに今何て言いやがった?


“本当の旋律”だと?


“本当の俺”だと言いたいことなのか?


「何言ってやがる?本当も何も俺はここにいる。見当違いなことをほざいてんじゃねえぞ、サイン」


「私は貴方の本当の姿を知りたい…」


本当の俺の姿か…。


サインはふらつきながらも立ち上がって俺を見据えてくる。


まさか、この俺を逆調教するつもりなのか?


「はははははっ…」


やれるものならやってみやがれや、サイン。


………。

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