第1話:ガルム
文字数少なめで
………。
眩しい。
何処だ、ここは?
「あなた、私の可愛い坊や起きたわよ」
「おお、そうか!」
二人の男女が俺をじろじろと見てきてやがる。
男は黒いスーツに銀髪をオールバックにした紳士風の出で立ち。
整った堀の深い顔立ちの中に暗い感情を潜めている油断ならない野郎だ。
女の方はファンタジーに出てくるような貴婦人のようなドレスを身に纏い、紅い口紅に綺麗な金髪を腰ま伸ばした綺麗な女だった。
男女のペアのことはともかく俺は確か殺し屋に始末されたはず。
それが今、俺は生きている。
それに身体が動けねえ。
ここは何処だ?
「ほほう、活きのいい赤子を産み落としたな。リディアよ」
三十過ぎの油の乗ったダンディなオヤジが生暖かい息を吹きかけて俺の顔を覗き込んでくる。
息が臭い!
俺に近寄るんじゃねえ、ダンディな糞オヤジが!
「あらあら、泣いてもますわよ。本当に元気な子ね」
もう一人俺の顔を覗き込んでくるのは飲み屋でママやってそうな綺麗な熟女だ。
野郎の臭い息と違って、美女の吐息はどの香水にも勝る匂いだな。
もっと俺の顔を覗き込んで綺麗な顔を見せてくれ。
くそっ、身体さえ動けば速攻でベッドインなんだけどな…。
けど、女の目をよく見てみるとただ者じゃねえのが分かるぜ。
一見、男好きするような艶やかで優しそうな笑みを浮かべてはいるが、目がぬいぐるみの目玉のように光が無い。
絶対に殺しをやってる目だな、あれは。
これでも下っ端とは言え、元ヤクザの構成員だったんだ。
目を見れば、どれだけ修羅場を潜ってきているのか分かるってもんだ。
それよりも現状を把握しなければな…。
「あなた、この子の名前はどうしますの?」
「そうだな。ここは闇の家に相応しい名といこうではないか。この子の名前はガルム。ガルム・サザーランドだ」
おいおい、ガルムって北欧神話に出てくる猟犬の名前じゃねえか!
けど、妙に馴染む名前だな。
元ヤクザの下っ端構成員である俺にある意味相応しい名かもしれんぜ。
息の臭いダンディな糞オヤジの癖になかなかのネーミングセンスだな、褒めてやるよ。
「うふふっ…あなたがつけた名前を気に入ったみたいよ」
熟女は艶やかに光る唇を俺の頬に押しつけてくる。
見れば見るほど良い女だぜ。
こんな糞オヤジにはもったいねえな。
糞オヤジは俺を宝物を扱うように抱き上げてくる。
「ふはははっ!ガルム!お前も大きくなったらリディアのように美しく強い殺し屋を育て上げ、ものにしてみせるのだぞ!」
「あらあら、あなたったら…」
糞オヤジは正常人が聞いたら確実にいっちゃってる人扱いにされるようなことを平気でほざいている。
それを包容力有る笑顔で受け止めているリディアと呼ばれた美熟女。
どうやら俺はアニメやラノベで出てくるような転生というやつを体感しているようだな。
こんな逝かれた言葉を恥ずかしげも無く吐けるのはそれが常識になっている世界だからだろう。
俺にとっての非常識が常識となっているようなファンタスティックでグロテスクな世界。
しかも糞オヤジが吐いた逝かれた言葉の内容を吟味して察するに俺の前にいた世界の道徳なんざ糞でしかない弱肉強食の世界だと見た。
俺はその弱肉強食の世界を生きている野郎共のガキとして生まれ変わったというわけなのか…。
「ガルムが嬉しそうに笑っているわね」
「将来が期待出来るかもしれないな」
上手く立ち回っていけば、裏の世界で生きてきた俺にとってこの上なく心地良くなるかもしれないな…。
そのためには歩けるようになるまで待たんといけねえ…。
下っ端として地味な仕事をしてきた俺としては待つことは何て事はねえさ。
どのみち今の俺は他人に縋るしか能が無いただのガキだ。
下の世話だって喜んで受け入れてやるよ。
とりあえずはこの美熟女の御奉仕を堪能しながら数年をだらだら過ごすとするか…。
「立派に育つのだぞ!ガルムよ!」
糞オヤジ、てめえはさっさと仕事をして俺の養育費でも稼ぎやがれってんだ!
………。