第16話:ロボットガール
サイン、てめえのその能面じみた顔を怒れる大魔神のように歪めてやるぜ。
俺は指パッチンで汗くさい看守を呼び出す。
「へい、何でしょうか。坊ちゃん」
人に進化し損なったゴリラが牢獄の中に入ってくる。
「よし、カシム。そこでぼぅっと見物してる女騎士共を犯し抜け!日頃の働きの褒美だ」
「うおおおおっ!宜しいんすか!」
たくっ、発情したゴリラのように見苦しいな、おい…。
「暑苦しく叫ぶな。鼓膜に汗臭くなる。良いって言ったら良いんだよ」
カシムは俺の了解を得たら鼻息を荒くして女騎士共の方へと向かう。
さてと、サインの反応はと言えば…。
おいおい、顔色変えずにゴリラに襲われそうになってる女騎士共を見つめてるじゃねえか。
さっきまでは俺がこいつ等を犯すぞ!と脅してたら歯ぎしりしながら言う通りにしてたのによ。
「おい、これから彼奴等がゴリラに食い散らかされようとしてるんだぜ。何か思うところはねえのかよ?」
「何とも思わない。騎士とは弱者のためにある。彼女達は立派に責務を果たそうしている…」
俺はサイン曰く立派に責務を果たしてるだろう騎士共を眺める。
「止めてぇええっ!」
「こんなの嫌ぁっ!」
立派に責務を果たしてるというんかねえ…。
人の価値観はそれぞれだって割り切れってことか。
けど、そんなはどうでもいい。
サインは聞き捨てならねえことを言ってたからな…。
「騎士とは弱者のため」か…。
そんで弱者って誰のことなんだよ?
「ちょっち聞くけど、弱者って誰のことなのかなあ?サインちゃんよ…」
「貴方…」
やれやれ、直球ストレートでストライクバッターアウトってところか…。
あるいはデッドボールでタンカで運ばれて退場ってとこかねえ…。
俺はハリセンを大きく振りかぶる。
「言ってくれるじゃねえかよ!サイン!」
ハリセンでサインの顔に往復ビンタをかましまくる。
頬が赤く腫れようともサインの顔は顔面麻痺してるんじゃねえかと言うほどびくとも変わらねえ。
まさか奴隷に弱者呼ばわりされるとは思ってもみなかったぜ…。
「げへへっ!いい具合に締まりだぜ、姉ちゃん」
「あぅ!止めて…ああああっ!」
「もっと鳴いてみろよ!俺のこの槍でおめえの子宮を貫いてやるよ!」
喧しい雑音だな…。
「カシム、てめえはもうクビだ…」
「えっ…何ですか、坊ちゃ…」
俺の隣では血に滴ったナイフを握るマリアがいた。
カシムのクビがぽろりと地面に落ち、血の噴水が上がっていく。
「きゃああああああああっ!」
返り血を浴びた女騎士共の悲鳴が上がるが、そんなんどうでもいい。
「サイン、これでも俺を救いたいとほざくのか?部下でさえもゴミみてえに切り捨てる俺を…」
「誰でもが劣悪な環境に陥った場合は自らを狂人とすることで己を保つと言う。貴方もまたその類…」
「ほう、つまり何だ。俺は劣悪な環境に育てられたことで逝っちまうしか術が無かった弱っちいガキだと言いたいわけか…」
サインは俺の問いに迷い無く頷きやがった。
俺はこのサインという女を見誤ってたようだな。
お人好しなんてとんでもねえぜ。
偽善者なんていうヘタレた奴なんかでもねえ。
正しいと思えば、どんなエグいことでも平気で見過ごせる自分の考えを信じて疑わねえ狂信者。
物事の善悪や道徳なんか関係ねえ、ただ自分が正しいか正しくないかの二元論で寛大に受け容れたり容赦無く排除したりするタイプ。
世間一般に悪いと言われることを意識的にやってる俺とは別次元の狂った世界を住んでる女、それがサインだ。
神聖グラディウス皇国を邪教国家と揶揄されてたのも強ち言いがかりだけじゃあなさそうだ。
どうやら俺はとんでもなく逝っちゃってる女のルートに入ろうとしてたわけか…。
まあ、とりあえずはこの女がどこまで強固な精神を持ってるかを軽くテストしねえとな…。
「いいぜ。仮にてめえの言う通りに俺はマリアに誑かされてこんなひでえことをやっちまってる。なぜなら俺はマリアの魅力にやられっちまって言うこときくしかねえほど逝かれちまったわけだ」
「ガルム様、私はその…」
「黙ってろ、マリア。そうさ、俺はマリアの女の色香に惑わされてしまって何でもやるような猿になっちまってるわけだ。そんな俺を救うためにはマリア以上に魅力的で母性溢れる奉仕で籠絡してくれるしかねえぜ…」
俺は靴を脱いでサインの方に右足を向けてる。
「俺の足をてめえの舌で綺麗にしろ。マリアは俺を籠絡させるためにこの程度のことはしょんべンするぐれいにやってくれたぜ…」
まずは下らねえプライドを何処まで捨てれるかのテストだ。
これで少しでも舐めるのを躊躇すれば、この女の狂気も大したことはねえっていうもんだぜ。
さあ、どうする、サイン…。
「分かった…」
まさか、マジかよ…。
サインは躊躇いもなく冷たい手で俺の足を取って、親指を口に含んで赤ん坊のように舐めましてきやがった。
俺の足の指一つ一つを付け根から頭までご丁寧に舐め回し、上目遣いで硝子のような目を向けてくる。
「ぴちゃぷちゅちゅぷ」
意識してるかどうかはともかく淫らな音を立てながらサインは舌で足の甲と裏の隅々までを舐め回し、俺の足を唾液まみれにしちまった。
不覚にも俺のマグナムがいきり立ってきやがったじゃねえか…。
「これで綺麗になった…」
舐め終わったサインは口から唾液の糸を伸ばしながらも何てことねえ目つきで俺を不気味に見据えやがってくる。
「ちっ!そうかよ!」
俺はサインの無感動な面に腹立たしさを覚えながらも次のテストをしようと思った矢先だった。
「反対の足は綺麗にしなくてもいいの?」
「なっ!」
おいおい、マタイ福音書の「右の頬を打たれれば…」ってやつかよ。
サインは媚びうる様子でもなく、単純に「掃除していないところがあったけどいいの?」ってな感じで言ってきてやがる。
プライド有る無し以前の問題だぜ。
こいつはハナっからプライドなんて俗なものを持ち合わせて無かった。
いや、プライドという以前に自分を一切持ってねえんだ。
だからこそ、こいつは「殺す」と言っていた俺を状況が変われば「守る」に変えるってな感じで容易く掌を返すことが出来たわけだ。
さらに言えば、味方だった仲間も状況が変われば躊躇無く見捨てるときている。
この女は狂信的な教えという名のデータを組み込まれたロボットガールだ。
殺気を向けてきたのも何もかもがデータに忠実に従っただけの単なるパフォーマンスに過ぎなかったわけか…。
「やらなくてもいいぜ。逆に汚くなっちまうからよ」
ロボットには悪意も狂気も何も通用しねえ。
ただインプットされたデータに忠実に従う糞面白くねえガラクタだ…。
「今日の講義はこれにて終了。休んでいいぜ…」
「ガルム様…」
マリアは何か言いたげな顔してるが、今は応えてやる気分じゃねえんだよ。
「マリア、新しい看守を後で補充しておけ」
「畏まりました」
だんまりと佇むサインに背を向けて俺は牢獄から出ていく。
「ガルム…」
俺の名を呼ぶサインの声と牢獄の重々しい扉が閉じる音が立ち去っていく俺の背中に嫌な程に響いてきやがった…。
………。