第二話 幼馴染
丹後光輝は朝、教室に大急ぎで駆け込んできた。騒がしい光輝になんだなんだ、と視線が集まったが、光輝だと判断するとすぐにその視線は戻って行った。
「聞け聞け!綾人!」
「聞かん」
綾人は気にせず、つまらなさそうにポチポチとスマホを触っていた。
「あのな」
「お前が聞け」
綾人の話を聞かずに光輝は話を続ける。
「おれの恋が始まっちゃったんだよ」
光輝の前聞いたような言葉に綾人はうんざりとした顔でおえっとした。
「お前もうあきらめろよ」
「ちっげよ!あのビッチじゃねぇよ!」
ビッチという言葉に一気に蔑んだ視線が集まったため、綾人は思いっきり光輝の頭を叩いた。
「暴力すんじゃねぇ!」
「朝から騒がしい」
光輝は叩かれた頭をおさえつつ、涙目で綾人に訴える。綾人はうんざりとした目で光輝を見た。もう帰りたさそうだ
「はぁ、それでさ」
「続けんな」
綾人の訴えも虚しく、光輝は一人で語り始める。
「俺は恋してしまったんだ、あの、幼馴染に」
「おい、お前、俺以外に幼馴染いないだろ」
綾人は若干、自分の身に危険を感じた。しかし光輝の向く先は綾人ではなかった。
「これは今朝のこと」
「おい最初から怪しいが?」
そして勝手に回想シーン
「ねみぃ」
光輝は眠たそうに、ぼりぼり髪を掻きながらリビングに降りてきた。
「ほら、光輝、早くご飯食べちゃいなさい」
「はーい」
「お兄ちゃん」
ここまでの回想シーンを見て綾人は目を見開いて、光輝の胸倉を掴んだ。
「まさかお前、ななちゃんかおばさんに」
「な、はず、ねぇだろ!なんで妹と母に恋するんだよ」
「だってお前じゃん」
「ったく、静かに聞けよ」
そして回想シーンに戻る。
「お兄ちゃん、ちゃんとしてくんない?顔汚いんだけど」
「朝だからしからねぇだろ!」
光輝は妹に暴言を吐かれながら、眼をしょぼしょぼさせ顔を洗おうと洗面所に行こうとした。だが足がもつれた
「うわっ」
眠たく、全く目をあけていなかったせいか、物に躓いた。その瞬間に眼が嫌でも覚めたが、もう遅い。ぶつかる。光輝は抵抗も虚しく、床にぶつかりかけた。しかし
「っ」
光輝にぶつかったのは冷たく硬い床ではなかった。ふわふわした柔らかく温かいもの
「あ?」
光輝は自分を抱きしめたものをにぎにぎ触った。相手からの反応はなく、お互い黙ったままだ。
光輝は恐る恐る顔を上げた、そしてその瞬間トクンときた。もう何年も一緒にいたのに、何年もそんなこと感じたことなかったのに
相手の黒くまんまるな瞳と見つめ合う、なにを考えているか分からない眼だ。
自分よりも遥かに大きな身体は優しさがあった。
光輝は自分を受け止めてくれた相手の名前を呼んだ。
「さるみ・・・」
「ぬいぐるみじゃねぇか!」
「幼馴染だろ?」
「知らんわ」
さるみ、身長2.5m、綿で詰まった大きなぬいぐるみ。昔から光輝の家に置いてあるぬいぐるみで、何度も光輝の家に行っている綾人も知っている子だ。喋るぬいぐるみだとか、呪いのぬいぐるみだとかでもない、ただのぬいぐるみだ。
「もうたるい、帰りたい」
「まだ始まったばかりだろ!今日も!俺の恋も!」
「やかましいわ」
綾人はため息をつきながら体を机に伸ばす。
「俺の幼馴染はほんと頭がどうなってしまったんだろうな」
「なんだ?俺の知らない幼馴染か?俺、知らないぞ」
「お前だよ」
なぜ光輝は自分がおかしいとは思わないのだろうか、前はロボット、今回はぬいぐるみ
どちらも無機物。精神科をおすすめしようか、綾人は本気で幼馴染のことで悩み始めた。
「今日、家族がいなくて二人っきりなんだよ」
「ぬいぐるみとな」
「だから緊張しちゃうだろ」
「お前だけな」
「だから家に遊びにこないか?」
綾人はあまりに嫌すぎてそれ以上は聞かないと耳を塞いだ。
「いかん!」
巻き込むな俺を
「よし、決定な。」
綾人の意見は聞いてもらえない。
綾人は放課後、光輝に引き摺られて光輝の家にやってきた。相手をするのすら面倒くさいので、ソファでくつろいでスマホをいじっているが
光輝は綾人のそんな様子に構うことなく、頬を赤らめ、さるみを持ってくる。
「紹介するよ、綾人、俺の幼馴染」
「知ってるわ」
律儀に突っ込む綾人も人がいいのかもしれない。それか突っ込みせざる状況なのかもしれない。
「さるみ、これ、俺の幼馴染の綾人」
「これいうな、あとどっちも幼馴染なんだよ」
ぬいぐるみと会話する高校生、なんていう茶番なんだろうか
「さるみはふわふわで」
「綿だからな」
「寡黙で」
「綿だからな」
「俺が見つめれば見つめてくれて」
「綿だからな」
「いつも俺の家にいる」
「もはや恐怖だろ」
綾人の突っ込みは光輝には届かず、一人で綿のつまったさるみにデレデレしている。
「それにな」
「まだ続けるか」
光輝の一人語りはまだ続く、黙って光輝に支えられているさるみの眼になんだか恐怖を感じた。
「今朝はボタンを掴んで、行かないでってやってな」
一瞬、ぬいぐるみに恐怖を感じたが朝のことを綾人は思い出した。光輝は朝、さるみに抱き着いていたはずだ。
「それ、ボタンが偶々ひかかっただけだろ」
「違う!ひかっけて止めてくれたんだ!」
やはり偶々であった、ぬいぐるみが動いてたまるか
光輝は高ぶった気持ちを抑えるために息をゆっくり吐きだす。
「ふぅぅぅ、一回お茶にでもしよう。お茶でいいか?」
「牛乳~」
「わがままだな!」
光輝は一人、ぷんぷんとキッチンに飲み物を取りに行った。怒りたいのはこちらだというのに、綾人は一人になるとさるみをみつめた。
「お前も大変だな」
さるみが、えぇほんとと言った気がした、自分までぬいぐるみと会話してどうするんだと自傷気味に笑うと、さるみに近づく
「人もモテないと最終的にはあぁなるんだな。でも流石にどうにかしないとか」
幼馴染を精神科に連れて行くのも、ぬいぐるみを彼女だと自称されるも困る。ならば早々にこの恋を終わらさなければ
「すまんな、さるみお前のためでもある。」
綾人は光輝からパクった光輝のスマホをさるみの下にしかけ、光輝のスマホと自分のスマホで通話を繋ぐ。
準備が整った頃、タイミングをはかったように光輝が戻ってきた。
「お待たせー。これ牛乳な」
「あんがと、ちょっとトイレいくわ」
「へーい」
綾人は平然を装い、スマホをもったままトイレに向かう。
トイレでスマホに耳を澄ませば、光輝の声が聞こえてきた。
「あれぇ、俺のスマホは?」
さて、これで準備は完了だ。そしてスマホに話しかけようしたところで、綾人は止まった。
俺、なにしてんんだろうと。今から綾人はさるみの声マネをする。それは行ってしまえば女声だ、それは屈辱、ばれたら地獄、光輝のためにやっているのにばかにされたら溜まったもんではない。
しかし、しかし、光輝の眼を覚ますためだ。綾人はもう一度、耳にスマホを持ってきた。
『光輝くん』
低っっくい声がさるみから出た。さるみの声なんて光輝も綾人も知らないのだ、なら低くってもいいだろう、光輝を振るのだし
「だれだ!」
『私だよ、さるみ』
「さるみ!!??」
光輝は勢いよくさるみを振り返った。
『あのね、こう「うわぁぁぁぁぁぁ!」』
光輝がいきなり叫び始めたため、耳がキーンとし、反射的に綾人はスマホから耳を離した。
「ぬいぐるみが喋った!!!!!」
綾人はお前がいうかと思ったが、光輝は勢いのまま勢いよくさるみを殴る
「でた!でたよ!幽霊ーー!」
光輝は半泣きで叫ぶと、そのまま外に駆け出していった。
「なんなんだあいつ」
さるみは妹の部屋に移されたそうな




