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第6話 筋肉は盗賊を更生する

温泉宿の一室。

夜の静けさが、部屋の中にも満ちていた。

窓の外では風が木々を揺らし、かすかに葉擦れの音が聞こえる。

その中で――

シエルは椅子に座らされていた。

拘束された手。

だが、その視線は鋭いままだ。

簡単に折れるような人間ではない。

向かいに立つフィオナが、静かに口を開く。

「……改めて聞く」

「お前の所属は?」

シエルは一瞬だけ目を伏せ、そして答えた。

「……ロゼッタの盗賊団」

空気が、わずかに張り詰める。

セリアーナがごくりと喉を鳴らした。

「や、やっぱり……」

フィオナ

「拠点は?」

沈黙。

答えない。

その頑なさは、ある種の誇りのようにも見えた。

その時だった。

ギィ、と扉が開く。

竹助が入ってくる。

上半身裸のまま。

セリアーナ

「だから服を着てください!?」

竹助

「問題ない」

フィオナ

「問題ある」

シエル

「問題あるでしょ……」

沈黙。

竹助は、ゆっくりとシエルの前に立った。

見下ろす。

ただ、それだけ。

だが。

空気が変わる。

圧。

逃げ場がない。

シエルの呼吸が、ほんのわずかに乱れる。

「……何」

竹助は言った。

「筋肉が言っている」

「お前は、悪ではない」

セリアーナ

「またそれですか!?」

だが。

シエルの表情が、わずかに揺れた。

「……私は盗賊だ」

竹助は首を振る。

「違う」

一歩、近づく。

「使い方を知らないだけだ」

沈黙。

長い沈黙。

視線が揺れる。

やがて。

シエルは小さく息を吐いた。

「……山の奥」

「砦跡」

「そこが拠点」

セリアーナ

「話してくれました……!」

フィオナが頷く。

「助かる」

シエルは目を逸らした。

「……どうせ勝てる」

一拍。

「ロゼッタでも」

その言葉には、信頼と諦めが混じっていた。

翌日。

山奥。

空気が重い。

岩に囲まれた砦跡が、視界に現れる。

荒れた焚き火。

散乱した武器。

そして――

視線。

「止まれ!」

盗賊たちが武器を構える。

その中心。

一人の女が立っていた。

赤髪。

長い髪を後ろで束ねている。

しなやかな体。

だが、ただ細いだけではない。

無駄のない筋肉。

“使える身体”。

そして。

余裕のある立ち姿。

ロゼッタ。

彼女は腕を組み、ゆっくりと口を開いた。

「へぇ……」

「よくここまで来たね」

その声は落ち着いている。

焦りも、怒りもない。

ただ、状況を楽しんでいるような声音。

視線がシエルへ向く。

「シエル」

「捕まったか」

シエル

「……悪い」

ロゼッタは小さく笑った。

「いいさ」

「生きて帰ってきただけで上出来だ」

その一言に、セリアーナが少し驚いた顔をする。

仲間を責めない。

それだけで、この女の器が見える。

ロゼッタの視線が、竹助へ移る。

じっと。

観察するように。

「アンタが噂の“筋肉”か」

竹助

「いかにも」

一拍。

「通りすがりの筋肉だ」

セリアーナ

「それやめません!?」

ロゼッタがくすっと笑う。

「ふふ……」

「嫌いじゃないよ、そういうの」

だが、次の瞬間。

空気が変わる。

「囲め」

盗賊たちが一斉に動く。

武器を手に、突撃。

だが――

竹助は動かない。

剣を、指で止める。

斧を、腕で受ける。

突進を、腹で受ける。

「なっ……!」

「効かねぇ……!?」

竹助は静かに言う。

「力の入れ方が、雑だ」

腕を取る。

捻る。

崩れる。

一人。

また一人。

また一人。

あっという間に。

全員が地面に倒れていた。

沈黙。

ロゼッタだけが立っている。

彼女は、笑っていた。

「……なるほどね」

「これは確かに、面白い」

竹助は盗賊たちを見下ろす。

「筋肉が、泣いている」

ロゼッタ

「……は?」

「力があるのに、使い方を知らない」

「無駄だ」

その言葉に。

盗賊たちが、わずかに顔を上げる。

ロゼッタは黙って聞いている。

竹助は続ける。

「鍛え直す」

沈黙。

ロゼッタが口角を上げた。

「……やってみな」

訓練が始まった。

腕立て。

スクワット。

反復。

単純だが、逃げ場のない鍛錬。

最初に倒れたのは、盗賊たちだった。

「む、無理だ……!」

「腕が……上がらねぇ……!」

だが。

その中で。

一人だけ、まだ動いていた。

ロゼッタ。

息は荒い。

だが止まらない。

「……っ、はぁ……!」

腕が震える。

それでも、下ろす。

上げる。

下ろす。

上げる。

セリアーナが呟く。

「……すごい……」

フィオナも目を細める。

「あの女……」

カイシンが頷く。

「根性が違うのう」

竹助は静かに見ていた。

そして。

わずかに頷く。

「悪くない」

その一言に。

ロゼッタが、ほんの少しだけ笑った。

夕暮れ。

焚き火。

武器は置かれていた。

代わりに――

掛け声。

「背中を丸めるな!」

「効いてる……!」

「これが……筋肉……!」

全員が、必死だった。

シエルはその光景を見ていた。

静かに。

どこか、安堵したように。

翌日。

盗賊団は解散した。

代わりに生まれたのは――

街道警備・自主筋肉団。

別れ際。

ロゼッタが、ふと笑った。

視線が――

フィオナ。

セリアーナ。

シエル。

そして、竹助へと移る。

「……若いっていいわね」

フィオナ

「何を言っている!?」

セリアーナ

「そ、そんなんじゃないです!」

シエル

「バカを言うな」

ロゼッタは肩をすくめる。

「素直じゃないねぇ」

そして。

竹助を見る。

「アンタ」

「また会おう」

一拍。

「次は、ちゃんとやろうじゃないか」

竹助は頷く。

「望むところだ」

ロゼッタは背を向けた。

その背中は――

どこか、満足そうだった。

こうして。

最も危険だった盗賊団は――

最も安全な存在になった。

筋肉によって。

そして。

シエルは、そのまま竹助たちに同行することになった。

更生の証として。

――筋肉の道を、歩むために。

その日の夕方。

ロウゼル冒険者ギルド。

重厚な木の扉の奥――ギルド長室。

ガルドは、腕を組みながら報告書を読んでいた。

静かな部屋。

紙をめくる音だけが響く。

隣では、受付嬢リーナが控えている。

「……読みますよ」

リーナが確認する。

ガルドは無言で頷いた。

リーナは報告書に目を落とす。

そして、わずかに眉をひそめた。

「……これ、誰が書いたんですか?」

ガルドは答える。

「カイシン様じゃないか?」

一瞬、間が空く。

リーナはもう一度、報告書を見る。

「……読みます」

小さく息を吸い、読み上げる。

「依頼内容――盗賊団の討伐」

「結果――」

一拍。

「戦闘なし」

「死者なし」

さらに一拍。

「筋肉、増量」

沈黙。

リーナがゆっくり顔を上げる。

「……この語彙力……」

もう一度、紙を見る。

「カイシン様は……どうされてしまったのでしょうか……」

ガルドは腕を組んだまま、静かに言う。

「……分からぬ」

リーナが顔を上げる。

嫌な予感。

ガルドは続ける。

「だが」

一拍。

「筋肉ということだ」

リーナ

「ガルド様もですか!?」

ガルドは報告書を閉じる。

そして、ゆっくりと呟いた。

「……討伐の定義を、見直す必要があるな……」

リーナが即座にツッコむ。

「見直さなくていいです!!」

ガルドは真剣な顔のまま続けた。

「敵対勢力を排除し」

「被害を出さず」

「なおかつ戦力を増強する」

一拍。

「……理想的では?」

リーナが頭を抱える。

「結果だけ見ればそうですけど過程がおかしいんですよ!!」

ガルドは腕を組み、深く頷いた。

「Aランクより上のランクが必要だ」

決断。

「新ランクを追加する」

リーナの動きが止まる。

「……新ランク?」

ガルドは迷いなく言った。

「――新ランク、“筋肉”」

沈黙。

リーナ

「そんなの増やさないでください!!」

その日。

ロウゼル冒険者ギルドに、新たなランクが誕生した。

――ランク筋肉。

剣でもない。

魔法でもない。

ただ一つ。

筋肉のみで評価される領域。

到達条件、不明。

査定基準、不明。

だが――

確かに存在していた。

そして後に、こう呼ばれることになる。

――最も意味が分からない、最強のランクと。

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