第3話 騎士は筋肉に出会う
ロウゼル冒険者ギルド。
昼時の酒場スペースは、いつも通り騒がしかった。
冒険者たちは酒を飲み、依頼書を眺め、思い思いに過ごしている。
その中で、最近よく聞こえる言葉があった。
「筋肉案件」
「また増えたらしいぞ」
「畑の次は井戸掘りだってよ」
「意味が分からん」
笑いが起きる。
だが――
ギルドの扉が開いた。
ギィ……
会話が止まる。
入ってきたのは、一人の女だった。
白銀の鎧。
腰には王国騎士団の紋章。
金髪の長い髪を揺らし、まっすぐ受付へ歩く。
その背後には、数名の兵士が続いていた。
整然とした隊列。
明らかに一般兵ではない。
ギルドの空気が変わる。
リーナが姿勢を正した。
「い、いらっしゃいませ」
女は低い声で言った。
「王国騎士団所属」
「フィオナ・レイグラント」
周囲がざわつく。
王国騎士団。
王国最強の軍事組織だ。
フィオナは周囲を見回した。
「確認したいことがある」
リーナが頷く。
「はい」
「“筋肉案件”についてだ」
リーナが頭を抱えた。
「やっぱり来ましたか……」
奥からガルドが出てくる。
腕を組みながら言う。
「俺が作った」
「作らないでくださいって言いましたよね!?」
フィオナは気にしない。
「報告は王都にも届いている」
「畑が一瞬で耕された」
「野菜が筋肉化した」
沈黙。
「……何をした」
その時だった。
セリアーナが手を挙げる。
「はい!」
「破壊してません!」
「耕しました!」
フィオナの視線が向く。
「あなたは?」
「補助神官セリアーナです!」
「で、こっちが――」
振り向く。
竹助は椅子に座っているーーように見えた。
空気椅子。
わずかに椅子から浮いている。
そして、微動だにしていない。
腕を組み、静かに目を閉じている。
フィオナが言う。
「あなたが」
「タケスケ・ウチトか」
竹助は目を開けた。
ゆっくり立ち上がる。
その動作は、筋肉そのもの。
「いかにも」
一拍。
「通りすがりの筋肉だ」
セリアーナが頭を抱える。
「またそれ言う!」
フィオナは剣を抜いた。
澄んだ音が響く。
「模擬戦を申し込む」
ギルドがざわつく。
「騎士団長クラスだぞ……」
「相手が悪い……」
竹助は拳を握る。
「問題ない」
カイシン
「…面白いことになったのう」
*
ロウゼルの訓練場。
即席の観客席のように冒険者たちが集まっていた。
中央に立つのは二人。
フィオナが剣を構える。
「私は、王国騎士団フィオナ・レイグラント」
「騎士として、測らせてもらうぞ」
竹助は拳を構える。
筋肉が静かに膨らむ。
「筋肉に」
「不可能はない」
フィオナが踏み込んだ。
鋭い斬撃。
だが。
竹助は動かない。
拳が、わずかに動く。
ドンッ。
空気が揺れた。
衝撃波。
フィオナが一歩下がる。
「……拳圧」
※
その時だった。
遠くで悲鳴が上がった。
「火事だ!」
通りの向こう。
建物から煙が上がっている。
フィオナは振り向く。
「消火!」
兵士たちが走り出す。
水桶が運ばれ、人々が慌てている。
だが炎は強かった。
竹助が言う。
「下がっていろ」
フィオナが振り向く。
「何?」
竹助は炎の前まで歩く。
まるで、熱など存在しないかのように。
肩を回す。
拳を引く。
そして――
振り抜いた。
ドォンッ!!
衝撃波が爆発した。
炎が吹き飛ぶ。
燃えていた空気そのものが、押し潰された。
火は一瞬で鎮火した。
静寂。
誰も声を出せない。
フィオナが呟く。
初めて、口元がわずかに緩んだ。
「……やるな」
竹助は振り向いた。
「筋肉に、不可能はない」
フィオナは剣を下ろす。
しばらく竹助を見つめる。
そして言った。
「認めよう」
周囲がざわつく。
フィオナは真っ直ぐ竹助を見る。
「あなたは危険人物だ」
セリアーナが青ざめる。
「え!?」
フィオナは続けた。
「だが」
「王国に必要な力でもある」
剣を収める。
「王国騎士団として」
一拍。
「あなたを監視する」
セリアーナ
「やっぱり!」
フィオナ
「同行する」
竹助は頷く。
「問題ない」
セリアーナが叫んだ。
「増えた!?」
カイシンが小さく笑う。
「……面白い」
こうして。
竹助の旅に、新たな同行者が加わった。
王国騎士。
フィオナ・レイグラント。
彼女はまだ知らない。
この男が――
世界の常識を筋肉で覆す存在であることを。




