第32話 頂き、超筋肉
戦場の最奥。
そこは、もはや“戦場”という言葉で括れる場所ではなかった。
砕け散った大地は幾重にもめくれ上がり、
露出した岩盤は焼け、溶け、黒く変色している。
空気は重く、濃く、歪んでいる。
呼吸をするだけで、肺が軋む。
まるで、この空間そのものが――
二つの存在を拒絶しているかのようだった。
その中心に。
二人。
竹助内人。
魔王オーマ。
対峙する。
言葉は、ない。
必要も、ない。
筋肉が、理解している。
目の前の存在が、何であるかを。
どこまで到達しているかを。
そして――
どちらが“上”にいるのかを。
※
オーマが、静かに構えた。
余計な動きは一切ない。
魔力の気配もない。
ただ、そこに“完成された肉体”があるだけ。
「……行くぞ」
低く、短い宣言。
一歩。
踏み出す。
その瞬間。
視界から消えた。
(――速い)
違う。
これは“速さ”ではない。
距離を、すでに詰め終えている。
拳。
振るわれる。
ドンッ――!!
竹助が、受ける。
衝撃が、空間ごと押し潰す。
遅れて、大地が悲鳴を上げた。
(……重い)
純粋な質量。
純粋な出力。
純粋な筋肉。
混じり気のない、完成された一撃。
だが――
竹助の足は、動かなかった。
踏み込む。
床を砕く。
拳を振るう。
一直線。
迷いのない、最短。
ドンッ!!
直撃。
オーマの身体が、わずかに揺れた。
ほんの、数センチ。
だが、それで十分だった。
(……届かない)
オーマが理解する。
この距離。
この威力。
この精度。
それでもなお、届かない。
「……なるほど」
静かに、息を吐く。
「やはり、この程度では足りぬか」
※
次の瞬間。
空気が、変質した。
魔力。
膨大なそれが、空間を満たす。
目に見えない圧が、全方位から押し潰してくる。
「私は、筋肉と出会うまで――」
声は、静か。
「魔法を極めてきた」
無数の魔法陣が、同時に展開される。
重なり合い、干渉し、複雑に絡み合う。
炎。
雷。
氷。
風。
それらすべてが、オーマの身体へと収束する。
「その理と」
一歩。
「鍛え上げた肉体を」
さらに一歩。
「融合させる」
消えた。
次の瞬間。
背後。
蹴り。
ドォンッ!!
竹助が吹き飛ぶ。
だが。
倒れない。
踏み止まる。
すぐに踏み込み返す。
拳。
魔法。
衝撃。
交差する。
ぶつかる。
削り合う。
だが――
竹助の拳が、わずかに上回る。
オーマが、後退した。
その事実を、理解する。
「……これでも、届かぬか」
※
沈黙。
オーマが、目を閉じる。
思考ではない。
決断。
その全身に満ちていた魔力が――
止まる。
外へ向かう流れが、完全に断たれる。
そして。
内側へ。
圧縮。
凝縮。
収束。
すべてが、筋肉へ。
「私は――」
ゆっくりと目を開く。
「魔法を極め」
一拍。
「筋肉を鍛えた」
拳を握る。
空間が、悲鳴を上げる。
「だが、お前には届かなかった」
静かに。
確実に。
「ならば――」
さらに圧縮。
魔力が、消える。
完全に。
痕跡すら残さず。
「魔力など、不要だ」
一歩。
踏み出す。
世界が、沈む。
「すべてを、筋肉に変換する」
その姿は。
完成していた。
「お前が聖筋肉ならば――」
一拍。
「“超筋肉”とでも名付けよう」
※
ドンッ――!!!
踏み込み。
“到達”。
竹助が動く。
横へ。
さらに横へ。
反復横跳び。
速度が増す。
残像。
分身。
空間に、複数の竹助が存在する。
だが――
「無駄だ」
一歩。
それだけで。
すべてが、見抜かれる。
拳。
ドォンッ!!
分身が消える。
さらに。
ドンッ!!
ドンッ!!
削られる。
最後。
本体。
竹助が、受ける。
衝撃。
吹き飛ぶ。
立つ。
だが。
次の一撃。
ドォンッ!!
さらに。
ドンッ!!
連撃。
受ける。
耐える。
踏みとどまる。
それでも。
削られる。
筋肉が、悲鳴を上げる。
そして。
最後の一撃。
ドォンッ!!!!
膝が、落ちる。
支えきれない。
崩れる。
そして。
静かに。
竹助は、倒れた。
※
遅れて。
仲間たちが、到着する。
フィオナ。
シエル。
セリアーナ。
ガルド。
ザッコス。
ロゼッタ。
トロール王。
カイシン。
誰も、言葉を発せなかった。
ただ。
見ている。
倒れている男を。
「……うそ……」
セリアーナの声が、震える。
信じられない。
信じたくない。
あの男が。
筋肉の勇者が。
負けた。
世界が、止まる。
そして――
絶望が、静かに広がった。




