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第32話 頂き、超筋肉

 戦場の最奥。

 そこは、もはや“戦場”という言葉で括れる場所ではなかった。

 砕け散った大地は幾重にもめくれ上がり、

 露出した岩盤は焼け、溶け、黒く変色している。

 空気は重く、濃く、歪んでいる。

 呼吸をするだけで、肺が軋む。

 まるで、この空間そのものが――

 二つの存在を拒絶しているかのようだった。

 その中心に。

 二人。

 竹助内人。

 魔王オーマ。

 対峙する。

 言葉は、ない。

 必要も、ない。

 筋肉が、理解している。

 目の前の存在が、何であるかを。

 どこまで到達しているかを。

 そして――

 どちらが“上”にいるのかを。

 オーマが、静かに構えた。

 余計な動きは一切ない。

 魔力の気配もない。

 ただ、そこに“完成された肉体”があるだけ。

「……行くぞ」

 低く、短い宣言。

 一歩。

 踏み出す。

 その瞬間。

 視界から消えた。

(――速い)

 違う。

 これは“速さ”ではない。

 距離を、すでに詰め終えている。

 拳。

 振るわれる。

 ドンッ――!!

 竹助が、受ける。

 衝撃が、空間ごと押し潰す。

 遅れて、大地が悲鳴を上げた。

(……重い)

 純粋な質量。

 純粋な出力。

 純粋な筋肉。

 混じり気のない、完成された一撃。

 だが――

 竹助の足は、動かなかった。

 踏み込む。

 床を砕く。

 拳を振るう。

 一直線。

 迷いのない、最短。

 ドンッ!!

 直撃。

 オーマの身体が、わずかに揺れた。

 ほんの、数センチ。

 だが、それで十分だった。

(……届かない)

 オーマが理解する。

 この距離。

 この威力。

 この精度。

 それでもなお、届かない。

「……なるほど」

 静かに、息を吐く。

「やはり、この程度では足りぬか」

 次の瞬間。

 空気が、変質した。

 魔力。

 膨大なそれが、空間を満たす。

 目に見えない圧が、全方位から押し潰してくる。

「私は、筋肉と出会うまで――」

 声は、静か。

「魔法を極めてきた」

 無数の魔法陣が、同時に展開される。

 重なり合い、干渉し、複雑に絡み合う。

 炎。

 雷。

 氷。

 風。

 それらすべてが、オーマの身体へと収束する。

「その理と」

 一歩。

「鍛え上げた肉体を」

 さらに一歩。

「融合させる」

 消えた。

 次の瞬間。

 背後。

 蹴り。

 ドォンッ!!

 竹助が吹き飛ぶ。

 だが。

 倒れない。

 踏み止まる。

 すぐに踏み込み返す。

 拳。

 魔法。

 衝撃。

 交差する。

 ぶつかる。

 削り合う。

 だが――

 竹助の拳が、わずかに上回る。

 オーマが、後退した。

 その事実を、理解する。

「……これでも、届かぬか」

 沈黙。

 オーマが、目を閉じる。

 思考ではない。

 決断。

 その全身に満ちていた魔力が――

 止まる。

 外へ向かう流れが、完全に断たれる。

 そして。

 内側へ。

 圧縮。

 凝縮。

 収束。

 すべてが、筋肉へ。

「私は――」

 ゆっくりと目を開く。

「魔法を極め」

 一拍。

「筋肉を鍛えた」

 拳を握る。

 空間が、悲鳴を上げる。

「だが、お前には届かなかった」

 静かに。

 確実に。

「ならば――」

 さらに圧縮。

 魔力が、消える。

 完全に。

 痕跡すら残さず。

「魔力など、不要だ」

 一歩。

 踏み出す。

 世界が、沈む。

「すべてを、筋肉に変換する」

 その姿は。

 完成していた。

「お前が聖筋肉ならば――」

 一拍。

「“超筋肉”とでも名付けよう」

 ドンッ――!!!

 踏み込み。

 “到達”。

 竹助が動く。

 横へ。

 さらに横へ。

 反復横跳び。

 速度が増す。

 残像。

 分身。

 空間に、複数の竹助が存在する。

 だが――

「無駄だ」

 一歩。

 それだけで。

 すべてが、見抜かれる。

 拳。

 ドォンッ!!

 分身が消える。

 さらに。

 ドンッ!!

 ドンッ!!

 削られる。

 最後。

 本体。

 竹助が、受ける。

 衝撃。

 吹き飛ぶ。

 立つ。

 だが。

 次の一撃。

 ドォンッ!!

 さらに。

 ドンッ!!

 連撃。

 受ける。

 耐える。

 踏みとどまる。

 それでも。

 削られる。

 筋肉が、悲鳴を上げる。

 そして。

 最後の一撃。

 ドォンッ!!!!

 膝が、落ちる。

 支えきれない。

 崩れる。

 そして。

 静かに。

 竹助は、倒れた。

 遅れて。

 仲間たちが、到着する。

 フィオナ。

 シエル。

 セリアーナ。

 ガルド。

 ザッコス。

 ロゼッタ。

 トロール王。

 カイシン。

 誰も、言葉を発せなかった。

 ただ。

 見ている。

 倒れている男を。

「……うそ……」

 セリアーナの声が、震える。

 信じられない。

 信じたくない。

 あの男が。

 筋肉の勇者が。

 負けた。

 世界が、止まる。

 そして――

 絶望が、静かに広がった。

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