第31話 戦局反転、筋肉に集う者たち
戦場の流れが、確かに変わり始めていた。
ほんのわずかな綻び。
一見すれば、取るに足らない違和感。
だが、その歪みは確実に広がり、
やがて戦場全体へと波及していく。
「押し返せ!!」
ガルドの怒号が、轟いた。
低く、腹の底から絞り出された声。
それだけで、周囲の冒険者たちの背筋が伸びる。
振り下ろされた剣が、魔族の肩口へと深々と食い込み――
そのまま、叩き伏せた。
重い手応え。
だが、それ以上に。
(……鈍い)
ガルドの目が、細くなる。
これまで、寸分の狂いもなく噛み合っていた敵の連携が、崩れている。
呼応するはずの援護が来ない。
配置が、微妙にズレている。
まるで――
誰かの“意志”が、抜け落ちたかのように。
(……やったようだな)
確信に変わる。
これまでの戦いは、すべて見透かされていた。
だが、今は違う。
原因は一つ。
ポウサン。
魔王軍の頭脳。
戦場を支配していた指揮官の消失。
「今だ、前に出ろ!!」
ガルドが踏み込み、叫ぶ。
その声に、騎士団が応じる。
盾を構え、一斉に前進。
冒険者たちも呼応し、魔法と斬撃が噛み合い始める。
さらに――
トロールたちが、大地を揺らしながら突進した。
崩れかけていた戦線が、
一気に押し返される。
その時だった。
ズンッ――
重い振動が、大地を揺らした。
ガルドが振り返る。
そこに現れたのは――
トロール王。
その巨体が一歩踏み出すたび、空気が軋む。
全身に刻まれた無数の傷が、
その激戦を物語っていた。
さらに、その隣。
血を拭いながら笑う男。
ザッコス。
この男もまた、満身創痍。
だが、その目だけは――まだ死んでいない。
「はは……間に合ったみたいですね」
肩で息をしながらも、軽く笑う。
そして。
「遅れてごめんね」
軽やかな声とともに、影が滑り込む。
ロゼッタ。
その背後には、自警団。
無駄のない動きで、周囲の魔族を切り崩していく。
統制された戦い。
もはや、かつての盗賊団の面影はなかった。
ガルドが、わずかに口元を緩める。
「……よくやった」
トロール王が拳を打ち鳴らす。
ドンッ、と地面が鳴る。
ザッコスが肩を回しながら問う。
「状況はどうなってますか?」
「押されていたが――」
一拍。
「ここから逆転だ」
短く、力強い言葉。
ロゼッタが楽しそうに笑う。
「いいね、それ」
四者が並ぶ。
その瞬間。
戦場の空気が、確かに変わった。
※
一方――
別の戦場。
そこは、すでに戦いの跡地だった。
地面は抉れ、焼け焦げ、原形を留めていない。
空気には、なお魔力の残滓が漂い続けている。
その中心で。
三人が、座り込んでいた。
フィオナ。
シエル。
セリアーナ。
満身創痍。
フィオナの鎧は跡形もなく砕け散り、
残された衣類もほとんどが裂けている。
露わになった肌には、無数の傷。
シエルもまた、呼吸を乱し、
もはや立ち上がる力すら残っていない。
セリアーナに至っては、
杖を握ることさえできなかった。
静寂。
そして――
迫る気配。
魔物たち。
数十。
いや、それ以上。
ゆっくりと、包囲が狭まっていく。
「くっ……!」
フィオナが、無理やり身体を起こそうとする。
だが、膝が震え、立ち上がれない。
シエルが、震える手で毒瓶を握る。
「……動けない」
セリアーナが、俯いたまま呟く。
「すみません……魔力、残ってないです……」
絶望が、静かに広がる。
その瞬間。
空気が、変わった。
「……ほっほっほ」
場違いなほど穏やかな笑い声。
三人が顔を上げる。
そこに立っていたのは――
カイシン。
白いローブを揺らし、ゆっくりと歩み寄る。
「四天王を倒すとはのう」
一拍。
「ようやったわい」
三人を見渡す。
その眼差しは、確かに“認めていた”。
「しばらく休んでおれ」
その言葉を聞いた瞬間。
三人の力が、抜けた。
その場に倒れ込む。
カイシンが、一歩前へ出る。
その瞬間。
空気が、支配される。
迫っていた魔物たちが、ピタリと止まる。
動けない。
逃げられない。
「ここからは――ワシの仕事じゃ」
穏やかな声。
だが、その背中は絶対だった。
※
そして――
戦場の最奥。
すべての音が、消えた場所。
竹助内人と、魔王オーマ。
二つの存在が、激突している。
言葉はない。
だが、理解していた。
この戦いが――
すべてを決める。
戦局は、動いた。
仲間は、揃った。
だが。
まだ、終わっていない。
むしろ――
ここからが、本当の戦いだった。




