第30話 筋肉は理を超える
戦場の一角。
怒号と衝突音が交錯する中で、ザッコスの視線はただ一点に注がれていた。
(あそこだ……)
視線の先。
戦場の流れから、わずかに外れた場所。
動かず、ただ全体を見渡している男。
ポウサン。
指先のわずかな動きで、兵の配置が変わる。
戦線が押し返され、あるいは崩れる。
あれが、この戦場の中枢。
(あいつを落とせば――)
流れは変わる。
「トロール王!」
ザッコスの声に、巨体が応じる。
二人は迷いなく、一直線に駆け出した。
だが。
その進路を塞ぐように、魔王軍の予備隊が展開される。
整然とした隊列。
無駄のない動き。
「くそ……!」
ザッコスが歯を食いしばる。
「もう少しなのに……!」
その時だった。
横から鋭い突撃が入り、敵陣が崩れる。
「――遅れたな」
聞き覚えのある声。
「お前たちも来たのか」
ロゼッタ。
そして、その背後には山の自警団。
かつての盗賊団とは思えないほど洗練された動きで、予備隊を押し止める。
「指揮官だろ」
ロゼッタが短く言う。
「私たちも狙ってる」
一拍。
「ここは任せろ」
その言葉に、迷いはない。
「いけ!」
ザッコスとトロール王は、即座に駆け出した。
※
距離が縮まる。
あと、わずか。
ポウサンの前へ。
だが、その瞬間。
違和感が走る。
(……動かない?)
ポウサンは、逃げない。
構えない。
ただ――立っている。
次の瞬間。
足元が、光る。
魔法陣。
「――っ!!」
ドォンッ!!!!
爆発が二人を飲み込む。
ザッコスとトロール王が、地面へ叩きつけられる。
「ぐっ……!」
身体が、軋む。
ポウサンが、静かに言った。
「愚かな」
一歩も動かず。
「私が、ただ立っているだけに見えたか」
周囲には、すでに構築済みの魔法陣。
踏み込んだ時点で、敗北は確定していた。
「止めを刺してやる」
さらに複雑な術式が、展開されていく。
終わる――
その時。
「――ほっほっほ」
場違いなほど穏やかな声が、戦場に響いた。
※
大賢者カイシン。
白髪の老賢者が、ゆっくりと歩み出る。
ポウサンの魔法陣が、即座に発動する。
だが。
カイシンが、指を軽く動かす。
――消える。
術式が、成立する前に崩壊した。
「……!」
ポウサンの目が細くなる。
即座に再構築。
速度を上げ、精度を上げる。
だが。
パキン。
再び、消滅。
ポウサンは止まらない。
今度は逆に、カイシンの魔法陣へ干渉する。
構築された術式が――消える。
ザッコスが息を呑む。
(……相殺してる……?)
見えない領域で、魔法がぶつかり合う。
構築。
破壊。
再構築。
速度も、精度も、常識を超えている。
カイシンが、穏やかに言った。
「ほっほっほ」
「魔法構築と魔法陣の原理、理解しておるようじゃの」
一歩、踏み出す。
「ここまで魔法に精通している者は、初めて見たのう」
一拍。
「ワシ以外では」
ポウサンの表情が、歪む。
さらに速度を上げる。
だが――
カイシンは、変わらない。
指を鳴らす。
その瞬間。
ポウサンの術式が、根本から崩壊した。
「なっ……!?」
理解が追いつかない。
「なめるな、若僧」
静かな声。
だが、圧倒的。
カイシンが手を上げる。
空間に、無数の魔法陣が展開される。
桁が違う。
そして――
同時発動。
光が弾ける。
衝撃が走る。
世界が、一瞬だけ白く染まる。
静寂。
ポウサンは、立っていなかった。
※
ザッコスが、大きく息を吐く。
「……終わった、のか……」
その時。
ロゼッタが駆け寄ってくる。
「やったのかい!?」
ザッコスは、カイシンを見上げた。
一拍。
「……最初からやってよ」
カイシンは、くつくつと笑う。
「ほっほっほ」
「若い者の見せ場を奪うのも、無粋じゃろう?」
その言葉に、ザッコスはため息をついた。
だが。
その表情には、確かな安堵が浮かんでいた。
戦場は、まだ終わっていない。
だが――
確実に、一つの流れが変わった。




