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第2話 荒れた畑に筋肉を

神殿の空気は、先ほどまでとはまるで違っていた。

 床には砕け散った水晶板の破片。

 神官たちは慌ただしく動き回り、ざわめきが広がっている。

「もう一度測定を!」

「別の水晶を持ってこい!」

 セリアーナはその様子を見て、落ち着かない様子でカイシンを見上げた。

「カイシン様……本当に大丈夫なんでしょうか」

 老神官は腕を組んだまま、竹助を観察している。

「……ふむ」

 しばらくして、新しい測定水晶が運ばれてきた。

 先ほど壊れたものより、ひと回り小さい。

 神官が竹助に言う。

「タケスケ・ウチト様。もう一度測定を行います」

「水晶に手をかざしてください」

「問題ない」

 竹助は静かに手を伸ばした。

 指先が水晶の上にかざされる。

 淡い光が広がった。

 神官は慎重に結果を確認する。

「魔力……」

 眉をひそめる。

 もう一度見る。

 そして三度目。

 神官の喉が鳴った。

「魔力……ゼロ」

 神殿の空気が凍りついた。

「え……?」

 セリアーナが声を漏らす。

 神官はゆっくりと顔を上げた。

「タケスケ・ウチト様」

 重い沈黙。

「あなたは――勇者失格です」

「えぇぇぇぇ!?」

 セリアーナの悲鳴が神殿に響いた。

 だが、当の本人は落ち着いていた。

「問題ない」

「問題あります!」

 神官が思わず叫ぶ。

「魔力ゼロでは魔法が使えません!」

「魔王軍と戦うことなど不可能です!」

 竹助は首を傾げた。

「なぜだ」

「え?」

「筋肉がある」

 神殿が静まり返った。

 セリアーナが恐る恐る聞く。

「えっと……魔法は?」

「不要」

「武器は?」

「不要」

「じゃあどうやって戦うんですか?」

 竹助は拳を握る。

 筋肉が静かに隆起する。

「筋肉に不可能はない」

 再び沈黙。

 セリアーナは頭を抱えた。

「カイシン様……どうしましょうこの人……」

 カイシンは竹助をじっと見つめていた。

「……面白い」

「え?」

 神官が振り向く。

 老神官は静かに言った。

「魔力ゼロ」

「だが水晶を破壊」

「聖装備も破壊」

「空気が爆ぜた」

 顎に手を当てる。

「興味深い」

 神官は困惑する。

「しかし勇者ではありません」

「神殿を出てもらうしか……」

 その時だった。

 カイシンが言った。

「私が同行しよう」

「え?」

 神官が目を丸くする。

 セリアーナも驚いた。

「えぇ!?」

 カイシンは竹助を見る。

「魔力ゼロの勇者」

「前例がない」

「観察したい」

 セリアーナが慌てる。

「観察って!?」

「弟子じゃ」

「私もですか!?」

 竹助は静かに頷く。

「問題ない」

「問題あります!」

 こうして三人は神殿を出ることになった。

 数日後。

 三人は冒険者の町――ロウゼルへと辿り着いた。

 街の中央には、巨大な建物がそびえている。

 冒険者ギルド。

 中に入ると、酒と鉄の匂いが混ざった空気が広がっていた。

 様々な冒険者が依頼書を見たり、武器の手入れをしている。

 受付の女性が声をかけてきた。

「いらっしゃいませ」

「冒険者登録ですか?」

 茶髪をポニーテールにまとめた女性。

 受付嬢のリーナだ。

「いかにも」

 竹助は胸を張る。

「通りすがりの筋肉だ」

 リーナは一瞬固まった。

「……え?」

 セリアーナが慌てて言う。

「すみません! 私もよく分かってません!」

 リーナは軽く咳払いをした。

「で、では測定を行います」

 しかし測定は、順調とは言えなかった。

 魔力測定。

「魔力……ゼロ」

 リーナが眉をひそめる。

 次に筋力測定。

 竹助が装置を握る。

 ミシッ。

 バキン。

 装置が壊れた。

 敏捷測定。

 壊れた。

 耐久測定。

 壊れた。

 リーナは困惑した。

「こ、こんなことは初めてです」

「どうした」

 奥から大柄な男が歩いてくる。

 ギルド長――ガルドだ。

「測定不能です」

 ガルドは竹助を見た。

 しばらく観察する。

「……」

 そして言った。

「ランク付けできないな」

 セリアーナが叫んだ。

「ですよね!?」

竹助に与えられた、最初の任務。

それは、あまりにも平凡だった。

「荒れた畑を……耕していただきたいのです」

依頼主は、神殿近郊の農夫だった。

魔物被害と日照りにより、畑は固く、ひび割れ、鋤も入らない状態になっている。

「…これはひどいですね」

セリアーナは畑を見渡しながら呟く。

カイシンが竹助に声をかける。

「力加減が重要な作業じゃぞ」

「理解している」

竹助は静かに頷いた。

「筋肉は、繊細だ」

農夫は少し安心した。

竹助が、畑の端に立った。

靴を脱ぎ、地面に足を下ろす。

「……準備運動は必要か?」

「え?」

次の瞬間。

タン、タン、タン、タン――!!

竹助は、畑の上で反復横飛びを始めた。

「え?」

農夫の声は、そこで途切れた。

竹助の足が着地するたび、

ドンッ、ドンッと低い衝撃音が響く。

だが、土は砕けない。

潰れない。

むしろ――

「……柔らかく、なっている?」

カイシンが呟く。

踏み込む角度。

反発を殺す着地。

筋肉による、精密な衝撃制御。

竹助の反復横飛びは、耕作そのものだった。

いや、それ以上だった。

畑全体が均一に揺れ、

固く締まっていた土は、空気を含み、ふかふかに変わっていく。

「ば、馬鹿な……鋤より均一だ……」

農夫は震えていた。

数分後。

竹助は止まり、息一つ乱していない。

「終わった」

畑は、見事に耕されていた。

理想的な土壌。

水はけも、通気性も完璧。

セリアーナは唖然とする。

「……す、すごい……!」

農夫は感動に目を潤ませ、急いで種袋を持ってくる。

「で、では……種を……」

農夫が畑に種を撒く。

その瞬間。

ズズズ……

土が、わずかに脈打った。

「……?」

芽が、出た。

早すぎる。

「ちょ、ちょっと待って……」

芽は茎になり、葉が広がり、一気に成長を始めた。

「えええ!?」

野菜が育つ。

だが――様子がおかしい。

大根は、腹筋のような筋が浮き出ている。

人参は、明らかに力こぶを作っている。

キャベツは、葉が重なり合い、大胸筋の隆起のようだ。

「……筋肉に、呼応している……?」

カイシンが呆然と呟く。

竹助は腕を組み、頷いた。

「種も、鍛えられたようだな」

最後に収穫されたカボチャは――

堂々とマッチョポーズを取っていた。

「グッ……」

見えないはずの力こぶが、確かに主張している。

農夫は、野菜を手に取り、しばらく沈黙した後、正直に言った。

「……すごいけど……」

全員が息を呑む。

「……使いづらいなぁ……」

切ろうとすると、包丁が弾かれる。

煮込もうとすると、煮崩れない。

何より、野菜がやたら自己主張してくる。

「俺は……食材だ……」

「調理前のストレッチは済んでいる……」

誰も笑わなかった。

ただ――困惑していた。

竹助は畑を見渡し、静かに言った。

「過剰だったか」

「い、いえ! 収穫量は過去最高です!」

農夫は慌てて首を振る。

「ただ……次は……もう少し、自然な感じで……」

「理解した」

竹助は深く頷く。

「筋肉は、時に加減が必要だ」

彼は空を仰ぐ。

「プロテインが多すぎたのは……畑の方だったな」

その日、村は史上最大の豊作を迎えた。

同時に――

“筋肉作物”という、新たな農業問題が誕生した。

 その頃。

 ロウゼル冒険者ギルド。

 会議室。

 ガルドが腕を組んでいた。

 リーナが報告書を読む。

「畑が一瞬で耕され」

「野菜が筋肉化」

 沈黙。

リーナが呟く。

「…意味が分かりません」

 ガルドが遠くを見つめる。

「…俺たちでは理解できない世界があるということか」

 この日。

 ロウゼルのギルドに、新しい依頼分類が誕生した。

 ――筋肉案件。

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