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異世界恋愛短編集

いつか貴方の名前を

作者: 英 悠樹
掲載日:2026/01/25

「この俺、シュターリア王国第一王子、アリウス・ファルス・シュターリアはリーディア・フィル・アーギュミュンデ侯爵令嬢との婚約を破棄する!」



 王宮のホールに響き渡る婚約者の声。それをリーディアは俯きながら受け止める。ざわめきの広がる貴族たちと対象的に、彼女の心に驚きは無い。むしろ、「やはりこうなったか」という思いの方が強い。ここ2年ほどの彼の行動を見ていれば。


 それでもやはり確かめたい。顔を上げたリーディアはアリウスの目をまっすぐに見つめると問うた。



「理由は?」


「真実の愛を見つけたからだ!」


「真実の愛……ですか?」



 問いとも言えない問いが漏れる。言葉に呆れを含んだ棘が混じる。だが、アリウスは気づかないのか、気づかないふりをしているのか、笑顔のまま、近くにいた女性を抱き寄せた。



(ああ、やはりその女ですか)



 抱き寄せられた女はウエーブのかかった豪奢な金髪に勝ち気そうな赤い瞳が煌めいている。その男好きのするグラマラスな肢体を包むのは派手な赤いドレス。宝石を散りばめたその姿は美しさよりも品の無さを感じさせていた。


 ディアンナ・フィル・オストミル。生家であるオストミル男爵家は、アリウスの後ろ盾となっている守旧派の大貴族、リッヒハイム公爵家の腰巾着にして金庫番。元は王都でも有数の大商会を営む家系で、男爵位を金で買ったとも言われる家だった。


 今、王国では守旧派と呼ばれる貴族と開明派と呼ばれる貴族が対立している。


 守旧派とは旧来の領主貴族を中心とした派閥。封建制度の伝統を守り、各領地の独立性を維持しようとするもの。対して開明派とは、中央集権化を進め、強力な国王のもと、より大きな財政支出を可能としようとするもの。こちらは宮廷に務める文官貴族や法衣貴族、貴族家の跡を継げない三男、四男以下で占められた騎士階級などが主体となっていた。


 リーディアの生家アーギュミュンデ侯爵家は、当主が財務大臣として宮廷に務める高位の文官貴族であり、開明派の重鎮。守旧派がバックに付いたアリウスからリーディアが切られるのは時間の問題であった。


 これ以上の問答は無駄と判断したリーディアは優雅なカーテシーと共に退出の挨拶をする。



「アリウス殿下、婚約破棄の件、承りました。今宵はこれにて失礼させていただきます」



 身を翻そうとした彼女に、甲高い、耳障りな声が響く。



「無様ね、リーディア」



 嘲りとともに発せられた言葉は、アリウスに抱き寄せられた女からのもの。たとえ王子の愛妾であろうと、まだ正式な婚約関係にない段階で、男爵令嬢から侯爵令嬢に発していい言葉ではない。だが、ディアンナはまるでもう自分が王妃であるかのように傲慢に振る舞っていた。


 その言葉にリーディアは特段の反応を示さず、ただ頭を下げる。



「アリウス殿下をよろしくお願いします」



 その言葉とともに、もう振り返りはしない。耳の端に届いた盛大な舌打ちの音も敢えて意識から遠ざけた。ただ、こんな茶番の席から早く遠ざかりたかった。







 屋敷に戻ったリーディアは、侍女たちに手伝ってもらって着替えを済ませると自室に向かった。そのまま、ボスンっとベッドにうつ伏せでダイブする。



「ああぁ、最悪!」



 いつかこんな日が来ると予想していたとしても、ダメージが無い訳では無い。彼女がアリウスと婚約したのは10年前。リーディアは9歳、アリウスは13歳だった。


 当時はまだ守旧派と開明派の対立は始まっておらず、二人はゆっくりとその距離を縮めていった。リーディアとアリウス、それに第二王子のリュスタスの3人で遊ぶ姿が王宮のあちこちで見られた。


 アリウスは第一王子であるが側室の子。対して2歳年下のリュスタスは隣国から嫁いできた正妃の子である。本来なら反駁し合ってもおかしくない関係。だが、二人の仲は悪くなかった。


 そんな穏やかな日々の中、優しく笑いかけてくれるアリウスが、リーディアは好きだった。たとえ政略結婚に向けた婚約だったとしても、そこには確かにお互いを思い合う心があったはずなのに。


 関係に変化があったのは3年ほど前。アリウスの母が病死し、失意の彼に守旧派が近づいたのだ。彼の母親の生家が守旧派に近い家だったため。それに対抗し、開明派が第二王子に接近。こうして、当事者二人の考えとは関係なく、周りの人間が二人を担ぎ上げて対立を煽る。さらに2年くらい前からはアリウス自ら積極的に守旧派貴族を取り込むようになった。



「……アリウス、貴方は本当にそれでいいの?」



 こぼれた呟きは、彼女以外誰もいない部屋の中で消えていった。






 1年後、王国は大きく揺れた。守旧派と開明派の争いが王位継承件争いと結びつき、内戦にまで発展したのである。守旧派はアリウスを、開明派はリュスタスを旗頭に、幾度と無く戦場で刃を交わした。


 そして勝ったのは開明派。開明派を率いたリュスタスは守旧派の戦術を尽く見破り、巧みな采配で勝利をもたらした。軍神とまで称えられた彼は戦後、王太子の地位を確立する。


 一方、戦死したアリウスは、既に亡くなっていたにも関わらず、死体を王宮前広場に引きずり出され、火刑に処せられた。この国の信仰では、死後、神の国に行くために遺体は土葬が基本。火葬は死後も報われないものとして死刑囚に対する扱い。彼は死後においてすら辱められたのである。






 それからしばらく経ったある日、王都の片隅にある小さな修道院。その裏庭で一人の修道女が祈りを捧げていた。彼女の前にあるのは小さな石の塚。墓のようにも見えるが、その石には何も刻まれていない。



「その塚は兄さんの墓かい?」



 突然背後からかけられた声に修道女は振り返り、驚きに目を見開いた。



「王太子殿下が何故こんなところに?」


「侯爵令嬢が修道女をやっているのに比べたら驚くようなことじゃないだろう?」



 修道女はリーディアだった。彼女は内戦終結後、程なくして修道院に入ったのである。数瞬、戸惑っていたリーディアであったが、修道服のスカートをつまみ、挨拶をする。



「リュスタス殿下、王太子ご即位、おめでとうございます」



 彼女は修道院に入ったため、リュスタスの立太子の儀に出席していない。それを思い出しての挨拶だったが、返ってきたのは苦い笑み。



「本当は兄さんこそが、この地位にふさわしかったのにね」



 リーディアは戸惑ってしまう。周りに担ぎ上げられたとは言え、二人は戦場でまみえたのだ。リュスタスの知略で開明派は勝利し、彼は軍神と讃えられたでは無いか。だが、その指摘にも彼の反応は鈍い。リュスタスはどこか遠くを見るように視線を上に上げた。



「王宮には鳩が飼われてたんだよ」


「鳩、ですか?」


「そう。騎士団が連絡に使うための伝書鳩が飼われていてね。軍の施設だから君は行ったことがないだろうけど、俺と兄さんは良く遊びに行ってたんだ」


「……」


「良く遊びに行くもんだから卵をもらってさ。大喜びで孵したんだよ。それから二人でその鳩を育てて。二人の間の秘密の連絡に使ったりしたんだ」



 リーディアには話の着地点が見えなかったが、王太子の話の腰を折る訳にはいかない。リュスタスはそのまま、彼女に聞かせているのか、自分自身に話しかけているのかわからぬ調子で言葉を続けた。



「そんなやり取りもしばらく無くなってたんだけどね、内戦が始まってすぐ、その鳩がやって来たんだ。足のメッセージチューブに入れられていた手紙には守旧派の作戦や軍の配置図が載っていたよ」


「それって?」


「ああ、兄さんは俺に守旧派の作戦を教えてくれてたんだ。作戦を事前に知っていれば、その裏をかくことは難しいことじゃ無い。俺が軍神なんて言うのはとんだ買いかぶりだ」



 リーディアは混乱していた。アリウスとリュスタスは敵対していたはず。アリウスは何故、そんな自分の首を絞めるような行いをしたのか。



「アリウス様は何を考えていらっしゃったのでしょう?」


「兄さんの考えは俺にも正確にはわからないけどね。結果だけ見れば、王国は戦前より遥かに良くなっている。兄さんが守旧派を糾合してくれたおかげで、一網打尽にできた。彼ら貴族家を取り潰し、その財産を国庫に入れたことで王国の財政はこれまでに無いほど潤っている。既得権益層が大きく減ったことで内政の改革も進んでいる」


「そのためにアリウス様はわざとリュスタス様と争ったと?」


「さあ、今の話は結果だけ見ればってことだよ。兄さんの考えを正確に知ることはできない。ただ……」


「ただ?」


「兄さんが君との婚約を破棄した日、俺は兄さんを問い詰めたんだ。なんであんなことをしたんだって? 兄さんの答えはただ一言、『リーディアには未来があるから』、それだけだったよ」



 驚きに手で口を覆ったリーディアの目に涙が浮かんでくる。そんな彼女を見ながらリュスタスは話を続けた。



「今回の内戦で兄さんと関係のあった貴族は全て死刑になった。君の代わりに婚約したディアンナ嬢も彼女の父親も。君と君の家は婚約破棄されて無関係になっていたからお咎め無しだったけどね」


「……どうして?」


「リーディア?」



 リーディアの声は震えていた。訝るリュスタスの前で彼女は堪えかねたように声を張り上げた。



「どうして相談してくれなかったの!? 何でこんなバカなこと! 相談してくれれば、貴方を死なせないですんだかもしれないのに!」



 思い起こせば2年ほど前。そこから彼の態度が変わったのだ。積極的に自ら守旧派貴族に関わるようになった。


 それではあの頃から、こんな無謀な計画を温めていたというのか。たった一人で。



「君を巻き込みたくなかった。そういうことなんだろう」


「わかってる! わかってるわよ、そんなこと! ……あ!」



 リュスタスの冷静な指摘にも激昂したリーディアだったが、自らの暴言に気づいて口をつぐんだ。元侯爵令嬢とは言え、王太子に向けていい口の利き方では無かった。だが、謝罪する彼女に、リュスタスは鷹揚に首を横に振った。



「問題ない。君は兄さんの元婚約者であると同時に、俺の友人でもあるんだ。その程度で怒ったりはしないよ」



 俯く彼女を横目に見ながら、彼は視線を墓の方に向ける。



「この墓には兄さんの遺骨が?」


「はい。罪人として処断されましたが、打ち捨てられるのはあまりに忍びなく」


「君にあんな酷いことをしたのに?」


「それでも……アリウス様の笑顔が私は好きでしたから……」


「……そうか」



 リュスタスは跪くと墓に手を合わせた。リーディアもまた、彼の隣に並ぶ。そのまましばらく二人の間に無言の時が流れ──立ち上がったリーディアは切り出した。



「リュスタス様、お願いがあります」


「どんな願いだ?」


「リュスタス様が王位に就いたなら、アリウス様の名誉を回復してあげてください。今は咎人として墓に名を刻むこともできません。でもいつか、許しを得て、彼の名前をお墓に刻むことができたら……」


「約束しよう。俺が王になったなら、直ちに兄さんの名誉を回復する。誓うよ」


「ありがとうございます」


「それより……君はどうする?」


「どうする、とは?」


「いつまでも修道院にこもっているつもりなのか? 兄さんは、君には未来があると言っていた。その未来を修道院ですり潰してしまうつもりか?」



 その問いは真摯にリーディアのことを心配してのものだっただろう。だが、彼女の心はもう決まっていた。迷いのない笑顔とともに彼女は告げる。



「いいえ、私はもう彼の傍を離れるつもりはありませんから」

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