第三話:もう一人の孤高と交錯する視線
1. 採集完了と別離の宣告
レイジ(伊達ソウジ)と『きらきら☆乙女連盟』の共同金策は、ついに完了した。採集を始めてから二日目の昼。嘆きの森の幻影草は全てレイジのインベントリに収められた。
「これで、契約は終了だ」
レイジはユノたち五人の少女に背を向けたまま、冷徹に言い放った。彼の声には、解放感も、感謝も、何ら感情は含まれていなかった。ただの事実の伝達だ。
ユノは、悲しそうに肩を落とした。
「え……もう、終わりなんですね」
「契約は、幻影草の採集完了まで。あなた方には感謝する。おかげで効率が上がった。だが、これ以上の関わりは無用だ」
アリスが前に出る。
「でも、レイジさん! 私たち、あなたからもっと色々なことを教わりたいんです! 私たちのギルドに来てくれたら……」
「来ることはない」レイジは即答した。「私のプレイスタイルに、ギルドは存在しない。別れろ。これ以上、私に話しかけても無駄だ」
彼は一歩を踏み出し、森の奥へと続く、人目のない道を歩き始めた。少女たちの後ろ髪を引くような呼び声も、彼は完璧な効率で無視し続けた。
(これでいい。ノイズは排除された。私の静寂は守られた)
ソウジは、自身の判断の正しさに満足していた。彼にとって、彼女たちとの二日間は、ただの「効率的な時間」として処理され、過去のデータに過ぎない。
2. 異質のソロプレイヤー
レイジが嘆きの森を抜け、初期都市ステラリスへ向かう街道を歩き始めて数分。街道沿いの岩影に、一人で佇むアバターの姿を発見した。
そのアバターは、レイジと同じように、黒を基調とした装備に身を包んでいた。性別は女性。彼女はレイジのような暗殺者タイプではなく、全身を重厚な鎧で覆っている。その装備は、都市の鍛冶屋で売られているものとは明らかに異なり、複雑な装飾と、光を吸収するような深い黒色をしていた。
彼女はレイジの接近に気づいているはずなのに、動こうとしない。ただ、レイジの視線が向けられた瞬間、彼女のフードの奥から、鋭い視線が返ってきた。
レイジ(ソウジ)は、直感的に彼女が並のプレイヤーではないと察した。彼女の周囲には、極めて稀少な高レベルモンスターの残骸が散乱しており、その処理の跡も、レイジと同じく無駄がない。
(あの装備、あの殺気の制御。ステラリス周辺にいるアバターではない)
レイジは、彼女を避けるためにルートを変更しようとした。ノイズは極力避ける。それが彼の原則だ。
しかし、彼女は一歩踏み出し、レイジの進路を遮った。
「レイジ、で合っているか?」
彼女の声は、低く、落ち着いていた。レイジとは違い、感情の起伏は少ないものの、冷たいというよりは、研ぎ澄まされた刃のような鋭さを持っていた。
レイジは立ち止まった。
「そうだ」
「噂は聞いている。『FFO』のトップランカー、絶対零度の観測者、レイジ。誰とも組まず、最短距離で最強を目指す孤高のプレイヤー」
彼女はそう言いながら、レイジを値踏みするように観察する。
「私はアヤ。私もソロプレイヤーだ。この『エターナル・アース』において、現時点での最強は私だと言われている」
レイジは初めて、彼女に対して興味を覚えた。彼の視線は、彼女の強固な鎧の隙間、そして武器の持ち方に集中する。
(防御と攻撃のバランス、完璧だ。モーションの予測ができない)
「その最強が、初期エリアの境界で何をしている」
レイジの問いに、アヤはフードの下で微かに笑ったように見えた。
「確認だ。私と同じ孤独な道を歩むプレイヤーが、どれほどのものか、確かめてみたかった」
アヤは、腰に下げた巨大な両手剣に手をかけた。その剣は、黒曜石のように鈍い輝きを放っている。
「そして、私はもう一つ、確認したいことがある。君の周りで騒いでいたあの集団。君のプレイスタイルからして、ああいう集団と関わるはずがない。なぜだ」
彼女の言葉は、まるでレイジの行動を全て見透かしているようだった。そして、その疑問は、レイジの最も避けたいノイズに関わるものだった。
「私には関係のないことだ。私の目的には、あなたも、あの集団も、無関係だ」
レイジはそう言って、再びルートを変えようとした。しかし、アヤはそれを見逃さなかった。
「無関係? だが、彼女たちが君を先生と呼んでいたのは聞こえたぞ」
アヤの視線は、レイジの冷たい瞳を真正面から射抜いた。
「君は、誰かに頼られることを、本当に嫌っているのか? それとも、ただ、逃げているだけか?」
その言葉は、レイジの最も効率的で論理的な思考回路には存在しない、個人的な感情を突きつけるものだった。
レイジは、アヤという新たな、そして異質なソロプレイヤーの出現に、自身の静かな計画が再び乱されつつあることを悟った。彼の求めていた安寧は、遠ざかる一方だった。
契約は完了した。あの一群との関わりは完全に断ち切った。にもかかわらず、新たなノイズ、それも極めて強烈なノイズが発生した。
アヤ。彼女の戦闘技術、装備、そして周囲を完全に制圧する気配は、私と同等か、あるいは上回る可能性がある。そして何より、彼女は私の行動を観察し、私の内面に関する不要な推測を投げかけてきた。
「逃げている」だと? 全ては効率に基づいた、合理的な選択だ。他者の感情や期待に縛られるのは、非効率の極みだ。彼女は、私の持つ「絶対零度」のプレイスタイルを、ただの弱さだと解釈しようとしている。
私は彼女との接触を極力避けたい。彼女は、私が求める静寂とは、全く異なる種類の「孤高」を持つプレイヤーだ。彼女の存在は、私の計画における最大の障害になるかもしれない。
だが、彼女の持つ「最強」という言葉。それは、私にとって無視できない要素だ。私は、彼女を敵対者として認識し、彼女の能力、プレイスタイルを、極限まで分析する必要に迫られている。
静寂は、またも遠のいた。




